第3話 聖女はおしゃれに歓喜する
玉座で暴れた者として、私たちは厳重な警備の中で控え室に送られた。
私、何もしてないのに。
柄にもなくふてくされてしまうのは、結局あのあとテオに近づけなかったからだ。
元から不仲な教会と貴族だけど、代表者はもっと仲が悪いらしい。
思いっきり距離を置かれてしまい、姿を見ることすら叶わなかった。
「お早いお帰りで」
「それ、嫌味?」
玉座の間にいたのはほんの十分程度だ。
お茶も飲めない時間だと思っていたのに、部屋に置かれた菓子皿は空っぽになっていた。
教会の素朴なお菓子と違ってきらきらつやつやですごく美味しそうだったのに。
じとりとネネを睨んでみると、素知らぬ顔でお茶を置かれた。
「教祖様はどうされましたか?」
「向こうの控え室で、外交官とか政務官とかとお話だって」
「ほんの数時間で決断できるお話ではないでしょうに」
「だよね……って、ネネ、あそこにいたの?」
仮にも神託の開示という場に、侍女が同席できるものなのか。
そうは思っても、今は事情を知ってくれているほうがありがたかった。
「聖女と勇者が契りを結び、種を成せ……ですか。神様もずいぶん直接的なことで」
「そうなの? 言ってる意味が全然分からないけど」
世界樹と言ったり、種と言ったり。
それに聖女と勇者がどう関係しているのか。
その場の空気に圧倒されたというのもあるけど、やっぱり理解はできていない。
「一発ヤってややこをこさえろということです」
「ヤ? やや?」
「失言でした。ようするに、婚姻を結び子孫を設けろということです」
こんいん……こん、いん?
聞いたことのある音が、意味を求めて頭の中をくるくる回る。
あの言葉は、もっと分かりやすい言い方があったはずだ。
小さなころに夢を見て、すぐに消えたと思っていたもの。
唐突に駆け戻ってきたものは、私の気持ちと身体を一気に追い立てた。
「え……えぇっ、け、けけ、結婚っ!?」
「朽ちた世界樹の代替えとして、聖女と勇者の子孫はうってつけでしょう。
それぞれ強い神聖力と魔力を持つ身、つじつまは合っています」
「つじつまって!? ううん、じゃなくて! 私とテオが、け、っこん、するの!?」
「少なくとも、創造神はそう申しているようです」
しれっと言い放つネネと違い、私の頭は大混乱だ。
だって……子どもの夢みたいなものとは違い、それは現実味がありすぎるから。
心臓がどっきんどっきんと音をたて、顔に火がついたように熱い。
どんどん湧き出る気持ちにじっとしていられなくて、じたじたと足踏みをしてしまう。
「もちろん、教会も貴族も猛反対でしょう」
「あ……そう、だよね」
冷静な一言にしゅんとしてしまうけれど、姿すら見られなかった昨日と比べたら雲泥の差だ。
創造神様は聖女と勇者が結ばれることを望んでいる。
それを一蹴するほどの案はそう簡単には出ないのでは?
怒り悩む教祖様には申し訳ないものの、この神託は私に味方してくれることだろう。
クッションをぎゅうっと抱きしめて噛みしめていると、扉がココンとノックされた。
入ってきたのは大勢の女中たち。
見慣れない姿は王宮仕えらしく、黒色の上等なワンピースを着ていた。
「一時間後、玉座の間にお集まりくださいませ。
聖女様におかれましては、こちらの衣装にお着替えをお願い致します」
そう言った人の手には、対極の色の大きな布。
何かと思ったものを広げられると、思わず歓声を上げてしまった。
「わぁ、ドレスだぁ! ネネ、すっごくきれいだよ!」
「そうですね。まるで……いえ、なんでもありません」
生成り色と白色がここまで違うなんて。
そっと触れた布はつるりと滑らかで、淡い日差しを柔らかく受け取っている。
そこかしこに飾られたレースはどれも繊細で、それだけで美術品のようだ。
初めて見る一級品のドレスを前に、乙女心が疼かないはずがない。
うきうきしながら言われるがままに袖を通すと、まるで誂えたかのようにぴったりだった。
腰から下にふんわりと広がるシルエットは、一枚布の聖衣では考えられないものだ。
光を集めるかのようにつけられたビーズはガラスではなく宝石なのか。
動かなくてもきらきら光る姿は、きっと素朴な私を引き立ててくれるに違いない。
難を言えばものすごく動きづらいことか。
一歩踏み出したら踏んづけてしまいそうな裾は、私の背の低さを見誤ったのかもしれない。
ドレスのあとはお化粧だ。
ほんのりおしろいをはたくくらいだけど、私にとっては新鮮な体験だ。
初めて唇に紅をのせてもらうと、なんだか大人になれた気がした。
鏡の中の私は聖女というより、いいところの淑女に見えるだろう。
こんな格好をさせてくれるなんて、赤鼻の王様もいいところがある。
お礼を言う機会はあるだろうか。
そう聞いてみようと思ったら、それより先にネネがずいっと身を乗り出した。
「わたしの同席は可能ですか? 介添えが必要でしょう」
「……許可します」
女中と侍女という関係性はよくないのだろうか。
バチリと火花が散った気がするけど、さっきみたいな争いは起こらないらしい。
正直、教祖様と二人は気まずかったからありがたい。
最後に薄布のヴェールを頭に被せられてから控え室を出ると、たくさんの近衛騎士が待ち構えていた。
「……っ、…………!」
物音一つ聞こえなかったはずなのに、どこからか激しく言い争うような声が聞こえる。
この近くとなればきっと教祖様の控え室なのだろう。
ちらりと近衛騎士の様子をうかがうと、ニコリと微笑まれた。
「教祖様はのちほど合流されるとのことです」
よほど議論が白熱しているんだろう。
呆れを共有できるかとネネに目を向けると、黙ってドレスの裾をさばいてくれていた。
私がどじを踏まないか不安なのかもしれない。
二度目とあって気が抜けていたことにも気づいたんだろう。
せっかくおしゃれをしてもらったんだ。
ぐっとお腹に力を入れ、近衛騎士に取り囲まれながら足を進めた。