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ひとりじゃなくふたり  作者: 三山 千日
番外編 『兄弟』と四季

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餃子もくもく/後篇

長らくお待たせいたしました。

今回のお話は前中後篇の後篇です。

 ◇◇◇ ◇


「食べたいから。それ以外にないだろう」


 追加の手作り餃子を皿に取り、今度はポン酢で食べ始めた『兄貴』がこともなげに言う。

「おぉ、今度のは焼き面のカリカリ度が増してる。これはフライドガーリックとラー油とか、山椒味噌でもうまいぞ、きっと」


 普段の『兄貴』は一口が小さく、丁寧に咀嚼して食事をする。なのに、餃子に関しては上品なコイツにしては珍しく、一口で頬張ることにしているみたいだ。

 取り皿に取った分は矢継ぎ早に平らげてしまい、決まって最後に酒を呷って吐息する。

 自棄とか無理にって感じはまったくなく、あたかもこれが餃子を食べる際の流儀ですと言わんばかりに豪快に食べ進めていた。



 そんなこんなで一列の手作り餃子を瞬く間に制覇した『兄貴』は、そこで初めて別皿に取っていた出来合いの餃子に箸を向ける。

 少し冷めてしまった棒餃子の皮は、焼きたてほど香ばしさはないらしい。『兄貴』が歯を立てても、俺が食べたときみたいな、カリッと軽やかな音はちょっとしか聞こえなかった。


「冷めたろ」

「まだ温かいぞ。俺は猫舌だから、これくらいが丁度良いんだ」

 さっきの勢いはどこへやら。棒餃子は一口かじっては発泡酒を飲んでいく。


「ここの餃子店にはいつも、同期と行くんだ」

 『いつも』とわざわざ付けたことに、俺は頭の中に疑問符を浮かべた。

「一人では行かんの?」

「今日が初めてだ。棒餃子は一皿三本なんだが、このとおり、味が濃いから俺は一本で満足してしまってな。一皿でも持て余すから、相手に食べるのを手伝ってもらうんだ。今日はオマエがいてくれて良かったよ」


 『兄貴』が次に食べたのは厚皮餃子。それも半分かじって、皿に置いた。もくもくとゆっくりと噛み締めた後で、喉仏が上下に動く。

「味は良いんだがなぁ。皮が厚い分、よく噛まないと喉に詰まりそうなんだが、そうすると、すぐ満腹になる」

 厚皮餃子半口につき、発泡酒は一口。やや不満そうに食べかけの餃子を眺める『兄貴』がボヤいた。


「いいじゃん。一皿五個で満腹なら申し分ないだろ」

「よくない。餃子がすぐに胃を占拠するから、酒が大して入らないんだ」

「いいだろうがよ、それで」

 満腹になって、酒の摂取量を抑えられるなんて、いいことだらけなのに、『兄貴』はそうは思ってないらしい。つまらなさそうに半眼にして「よくない」と呻く。

「俺の決めた酒と餃子の黄金比率から外れてる。逆に、こっちの一口餃子はわんこそば状態で食べてしまって、酒を飲むタイミングが掴めなくていけない」

「えぇー、酒と餃子の比率ぅ?……めんどくさ」

 なんつーか、酒が絡んだときの『兄貴』が、餃子にめっちゃうるさいのだけはわかった。



 残りの厚皮餃子を頬張る『兄貴』が、ヒマワリの種を頬袋に詰め込んだハムスターっぽいと思いつつ、ホットプレートの上に並ぶ出来合いの餃子を見遣る。

「さっきは散々な言い様だったけど、今日、買ってきた餃子、『兄貴』の好きなやつなんだよな」

 訊くと、顎が疲れてきたのか、眉間にシワを寄せて口を動かしていた相手が、口を押さえて頷いた。

「たまに食べたくなる」

(そのわりにはどれも、ちょっと食っただけでもうよさげな顔してんだけどな)


 さっきの『兄貴』の話から察するに、店で出される餃子の量は『兄貴』にとっての"ちょうど良い"がなくて、一人で食べようにも持て余してしまうんだろう。

 それでも今日は無性に餃子が食べたくなった上に、俺が何でもいいから買ってきなって煽ったもんだから、ここぞとばかりに"一人だと持て余す餃子"を思い付く限り買ってきたんだ。――俺とふたりなら全部食べきれると確信して。

(なんだよ。それならそうと言ってくれたら、俺も作る餃子の量、もうちょっと控えたのにさ)


 で、こうして出来合いも手作りも一斉に焼いたら焼いたで、『兄貴』は『食べたいから』って理由で手作り餃子ばっかりバクバク食ってるし。

(……変なやつ)

 『兄貴』も変だけど、好んで買ったものじゃなくて、自分の作った餃子をうまそうに食ってる『兄貴』の姿を見て、ちょっと嬉しいと思っちゃう俺も大概だよな。



「なあ、さっき、『酒と餃子の黄金比率』とか言ってたけど、俺が作った餃子はどうなん?」

「オマエのか」

 一口餃子をスナック感覚でヒョイヒョイと口に放り込んでいた『兄貴』は、空になった皿を脇に避け、また手作り餃子を取って食べ始めた。


「わりとイイ線いってるぞ。量はともかく、餃子単体の大きさは良い塩梅だ」

「そりゃ、市販の皮使ってるからな」

 今回、作った餃子は二個載せれば豆皿がいっぱいになるサイズだ。皮の大きさで言えば、手のひらよりほんのわずかに大きいくらい。

 中に詰める餡の量で多少は出来上がりのサイズが変わるだろうが、家庭で作る餃子としてはこんなもんじゃないか。


「味はどうよ」

「おいしいぞ。材料の比率や味付け、焼き方については研究の余地はあるだろうがな。だが――」

 一個、タレを付けずに食べた『兄貴』は、ゆっくりと咀嚼して味わった。

「これはタレありきの味付けなんだろう? そのままで食べるには味が優しすぎる。それでも今日、用意された餃子の中で、味も大きさも一番好きだ。だから、これを優先に食べている。飽きないんだ」

「そりゃあね。飽きるわけないっしょ」


 最初から大量に焼いて食べるつもりで餃子作ったんだからな。

 味を濃くしたら何口かで飽きしちまうし、タネに使う肉の比率を多めにしたら、俺は平気だけど『兄貴』が胃もたれになっちまう。今の俺が作って食いたい餃子は、そういうんじゃない。


「だって、俺、『兄貴』と食べたくて、餃子焼いたんだもん」


 今日一日で感じた、つまんない思いも惨めな気持ちも野菜と一緒に小間みじんにしてジュウジュウに焼いちまったんなら、後は嫌なことを何もかも忘れて食うに限るだろ。

 ひとりで食べるばかりじゃつまんなくても、『兄貴』となら楽しいに決まってる。だから、二人でバクバク食い続けられるような餃子を作りたかったんだ。



(わかってるよ、ちゃんと)

 今日の俺はただツイてなかったってだけて、いじけてるってことくらいさ。だって、他でもない、自分のことだし。

 餃子を大量に作ったのだって、ウサばらしでしかない。

 餃子しかない晩メシに、『兄貴』なら文句言わずに食べてくれるだろって、当然のように巻き込んだのなんて、甘え以外の何ものでもないだろうよ。

 挙げ句、店の旨い餃子と自分の手作りを比べて妙な劣等感を覚えるとかガキすぎ。

 自分から『兄貴』を巻き込んどいて、俺の餃子を食ってくれる様子見て、他に旨い餃子があるのにって変な罪悪感抱いたり、拗ねたりしてさ。

 で、『兄貴』はそういう心情をきっと全部見透かしてんだろうな。

(ダセェな俺)



 ◆◆◆ ◆


 『弟』は基本的に器用だが、こと、身内に甘えることに関しては不器用だ。更に厄介なことに、長年に渡る苦労から我慢することに慣れてしまっている。

 だから、コイツはどんなに鬱憤を溜めてもうまく取り繕ってしまえるから、傍目からはその胸に溜め込んでるストレスに気付き難い。

(そんなところ、似なくていいのに)

 『弟』が似てしまったのはさて、誰のことやら。


 二本目の発泡酒を求めて席を立ち、向かった台所から『弟』を盗み見る。

 俺が買った餃子を平らげたアイツは、食べ進める速度を緩めることなく、自作の餃子を食べていた。

 苦労に関しては我慢強い子ではあるが、胃袋においては無理をしないヤツだと確信している。

 以前、食べ残しは良しとしないが、食べ過ぎて腹を壊すのも食物と胃への冒涜だと力説していたし、『弟』が病気以外で吐き戻したことはないから、無茶をすることはなかろう。


(あの調子なら、蒸しものを持って行っても構わないか)

 とはいえ、餃子を二〇ばかり食べた今、飲酒で満腹中枢が多少麻痺してはいるが、俺の腹はほどよく満ちている。

 焼売は今からでも保存が利くから避けてもいいが、他はどうだろう。冷蔵庫に押し込まれた、焼く前の手作り餃子も今は保留でいいのではないか。



(フッ、本当に餃子だけの食事になったな)

 発泡酒を取り出す時に見た、冷蔵庫の一角を占拠する生餃子を思い出して、苦笑する。


 俺が買ってきた餃子は、俺の餃子を食べたい欲望の大きさを表していたように思えるが、『弟』がこさえた餃子は単なる餃子欲ではなさそうだ。

 今日、アイツに起きたという、小さな不幸の数々。それにより生じた鬱憤の程度を表したのか、或いは常日頃より感じていたストレスの蓄積量か。いずれにせよ、何らかの方法で晴らさねばならないほどの憂さを『弟』は抱えていたのだ。

(そういう日もあるよな)

 原因は何にせよ、集中力に欠けてケアレスミスを連発することもあれば、ガス抜きに突飛のないことをしたくなるときだって。


(かわいいものだな)

 フラストレーションのガス抜きが暴力や破壊衝動に向くことがないのが、まずかわいい。

 アイツのお手製餃子を優先して食べる俺を見て、居心地悪そうにしていたのも粗方、俺を己のガス抜きに巻き込んだ――八つ当たりをしたと、負い目を感じているっぽいのもかわいい。

 最初から巻き込むつもりだったのが、あの餃子の味――俺の体を気遣った野菜多めの薄味でモロバレなのも、健気でかわいい。

 その味が買ってきた餃子よりよくないと、主観のみで拗ねているのもかわいいなんて。

 何から何までかわいいと、そう素直に伝えたら、アイツはきっと怒るだろうな。



 ◇◇◇ ◇◇


 ホットプレートの中では第二陣の――冷蔵庫で寝かせておいた分の半分ほどの量の――餃子が焼かれ、それができるのを待つ間、蒸し器で温めた蒸し餃子を食べる。


「うわ、これウーマー!」

 餃子っつーけど、食感も味も焼き餃子とはもう別モンじゃん。焼いたものとは違う、水分をたっぷりと含んだ皮のムッチリ食感が堪らん。

(なんだろ? 和菓子の求肥とかくず饅頭に通じるようで、別物みたいな)

 中のエビのプリッと弾力のある食感と濃厚な味も脱帽モンで、やみつきになりそうだ。

 今までは店で蒸し餃子を見て、気にはなっても、値段と量を焼き餃子と比較して、そっと棚に戻してたけど、こんなに旨いならちょっと気持ち揺らいじゃうかも。


 小籠包も中のスープがスゲー! 味、濃いー!

 もう、これをご馳走と言わんかったら、何をご馳走っつーんだよ?


「『兄貴』、ヤベー。蒸し餃子も小籠包も無限に食えそう」

「そうかそうか。これだけ食べてもなお、まだ食べられるのか」

 皿にこんもりと盛られた蒸し餃子、小籠包を間髪入れずに食べてる俺の向かいでは、『兄貴』が放心状態で酒を飲んでる。


「オマエがそんなに気に入ったのなら、今度、それを買った店に食べに行くのもいいかもな」

 中華ちまきとゴマ団子もおいしいんだぞ、と微笑むも、その手は蒸し餃子に伸びることはおろか、箸を持とうともしない。

 これはもしや――



「ひょっとして『兄貴』、もうギブ?」

 蒸し器の中身は『兄貴』が酒と一緒に食卓に持ってきてくれたけど、シュウマイだけ台所に置いてかれてたから、もしかしてとは思ったんだ。

 案の定、相手は酒をチビチビ飲みながら、こっちから目を逸らすように遠い目をして微笑んだ。

 

「モウイイカナー」

 ああ、『兄貴』。この国に生まれて二十ン年、ずっと流暢な日本語で話してたろうがよ。何、いきなり片言になってんだよ。


 しかしさ、満腹になるの早くね? 蒸し器に餃子、まだまだ残ってんだけど。

「なあ、今焼いてる餃子、まだ食えそう?」

「……」

 無言。微笑みつつ無言。目ぇ、泳いでるじゃん。わかりやっす!

「オレハ、モウイイナー」

「ごちそうさまにはまだ早いってー」


 ジュウジュウパチパチ、ホットプレートからはそろそろ餃子が焼き上がる音がしてて、その音を挟んで俺たちは「まだいける!『兄貴』ならできる」「無理デース!」とアホで不毛なやりとりを繰り返す。

 それがなんだか楽しくて、ホットプレートから香ばしすぎるにおいが漏れ出ているにもかかわらず、どちらからともなくクツクツと笑い出して、とうとう腹を抱えて爆笑した。


 餃子で満たされつつある俺の腹の中にはもう、今日ずっと苛まれていたしょーもないミスへの苛立ちと惨めさはなくなっていた。



「もう吹っ切れたか」

 ヒーヒーとひとしきり笑ってたのが落ち着いて、ホットプレートの上でちょっと焦げた餃子をひっくり返していた『兄貴』が訊ねる。

「うん。おかげさまで、もう忘れた」

「そいつは何より」

 一つ二つ、それからちょっと逡巡して三つ目の餃子を皿に取った『兄貴』は、俺を諭そうとする爺ちゃんにちょっと似た目で俺を見た。


「オマエはもっと俺に甘えていいんだぞ。我慢なんて長くするもんじゃないんだ。鬱憤を溜め込んだ腹が、具を詰めすぎた餃子のようにはち切れる前に、なんでもいいから俺に話してくれ」


(一緒だ)

 今の『兄貴』は爺ちゃんと一緒。

 ガキの頃、爺ちゃんちで留守番ばっかしてた寂しさで、無茶ばっかやってた俺を心配して叱った爺ちゃんと同じ目だ。

 爺ちゃんはいつだって俺に、「無茶をするな」と叱り、「寂しけりゃあ、まずは俺んトコ来い」って諭して、そんで――


(そうだ。最初に爺ちゃんに叱られた後、二人で餃子作ったっけ)


 ――腹空かしてるからつまんねえこと考えるんだ。   こういうときは、うまいもん食うに限るんだよ。


 爺ちゃんはそう言って、焼きたての餃子を俺の皿に山盛り載せたんだ。



 ◆◆◆ ◆◆


「フハッ」

 俺は真面目な話をしていたのに、当の『弟』は破顔して笑った。

 我慢しすぎて憂さを溜め込むことを餃子に喩えたのを、冗談のように捉えてしまったか。

「ごめんごめん」

 戸惑いつつも釈然としない俺の顔を見て、『弟』が右手を軽く上げた。


「なあ、『兄貴』。今度、餃子をたらふく食べたくなったらさ、一緒に大量の餃子、包んでくれん?」

 突拍子もない頼みではあるが、『弟』にとっては話の流れをぶった切ったつもりはないのだろう。

「食べきれる量ならいいぞ」

「なら、今日と同じ数でいいな」

「おい」

 今日、焼いた手作り餃子の四分の一も食べていないのに満腹になった俺を前に言えることか? 冗談が過ぎる。


「平気だろ。餃子なんて、なんぼ作ったっていいって、爺ちゃんが言ってたし」

「お爺さん?」

 悪びれぬ様子で『弟』が軽く笑い、そして不意に上げた祖父の話。


 『弟』が『爺ちゃん』と呼ぶ人は、今のところ一人しかいない。コイツの母方の祖父で、育ての親でもある人だ。

 俺は生前の彼に会ったことはないが、芯の通った頼もしい人であろうことは、その人が育てた『弟』を見ていればわかる。

 もう叶わないとはわかっているが、一度は会ってみたかった。


 そんな人の存在が今、このタイミングで上がったということは、『弟』とお爺さんとの思い出に重なる"何か"が、あったということ。そして、『弟』の反応から鑑みるに、おそらくその"何か"は俺がした真面目な話のようである。

(まったく。仕方のないヤツだ)

 根っからのお爺ちゃん子は、どうやらずっとそのままらしい。


(まさか、鬱憤が溜まったら餃子を大量生産するよう、お爺さんから教わったんじゃないだろうな)

 そう勘ぐらせてしまうくらいには、『弟』の餃子の包み方は堂に入っていた。


(いいさ。それでコイツが上手くガス抜きできるのならば、俺はいくらでも付き合おう)

 それがコイツの祖父から引き継いだ、『弟』の家族としての特権なのかもしれない。



「あ、閃いた」

「何?」

「今度、定時退社したいときは、"どうしても『弟』と餃子を大量生産しなければならないから"と理由をつけるとするか」

「やめよう? やめて」


 酔いが回りつつある中で吐いたしょうもない冗談に呆れ顔で応える『弟』は、もうすっかりいつもの調子だった。

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