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ひとりじゃなくふたり  作者: 三山 千日
番外編 『兄弟』と四季

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48/52

おでん、初挑戦しない?/後篇

前回更新から季節が変わってしまうほど間が空いてしまい、申し訳ありません。

今回のお話は前中後篇の後篇です。


 ◇◇◇ ◇


 外は晴れてるし日も出てるけど、風が強いせいで一段と寒く感じる。ニット帽を目深に被り、鼻先をマフラーに埋めて防寒してもまだ寒い。

「今日は特段、冷えるな」

 玄関を締めた『兄貴』も俺と似たような格好をしてる。端から見れば不審者っぽいかも。


 防寒着でモコモコになった『兄弟』ふたりで、おでん種を求めて寒空の下を歩く。

 自宅から最寄りスーパーまでは徒歩十五分。最初は背を丸めて歩いてたけど、寒さのあまり早足になってたからか、少しずつ体が温まってきた。


「外気に触れる顔は寒いけど、服の中はそうでもないかも」

「防寒着で寒気をシャットアウトしている上に、運動で体温が上がったからな」

 それでも『兄貴』はまだ寒さを感じているのか、猫背のままだ。モソモソとダウンジャケットの襟を立てながら、寒さに小さく唸ったと思えば、ハッとした顔で俺に向く。


「今の俺達は、家で留守番をしているおでんと同じ状態だな」

「うん? あー、どゆこと?」

「布で幾重にも包まれたおでん鍋と、防寒着で着膨れた俺達は共に、"保温状態"だろう」

「まあ、そーだね」

「お揃いだ」

「……おう」

 あたかも凄いことを閃いたみたいな反応をしたわりには、随分とかわいいこと言わん? 平和じゃん。


 ところで、くだんのおでん鍋だが、先の会話のとおり、今も無事、毛布に包まれて保温調理中だ。

 『兄貴』が過去に遭遇したという甘酒の悲劇の原因を一つずつ丁寧に解説したことで、保温調理の認識を新たにしてくれて助かった。おかげで今、おでんはぬくぬくと保温された状態で俺たちの帰りを待ってるんだからさ。


「保温されているということはだ、俺達が寒い思いをして帰宅してもまだ、おでんは温かいままということだな」

(何、当たり前なこと言ってんの、コノヒト? あ、さては)


「『兄貴』、帰ったら、おやつにおでん食おうって考えてね?」

 話の流れ的にそうなんだろうな。案の定、『兄貴』は無駄に凛々しい顔をして頷いた。

「なんなら、熱燗をつけてもいいと思っているぞ」

「気が早ぇよ。まだ空が明るいだろうがよ」


 こりゃあ、おでん種を少し多めに追加しとかにゃ、晩メシまで保たないんでないか?



 ◆◆◆ ◆


 スーパーマーケットに着いて、いの一番に向かったのは目的のおでん種が置かれていそうなチルドコーナーだ。

 待望(のわりに入れ忘れていた)餅巾着を真っ先にカゴに入れ、豆腐と油揚げも入れる。


「巾着と油揚げ、よく考えりゃ同じ物か」

 ふと、カゴの中の油揚げと餅巾着を見比べた『弟』が、ポツリと呟いてから餅巾着を棚に戻した。

「これ目当てで出て来たのにいいのか」

「だってさ、見てみ、この餅巾着。小っちぇーじゃん」

 ここしばらくの物価高のせいか、はたまた単純に自分達が理想とする餅巾着のイメージが大きいからかは定かでないが、言われてみれば確かに小さい。

「だが、棚に戻したところでどうなる。ないことに変わりないじゃないか」

「ないなら、餅買い足して、自分で作りゃいーんだって。それだけで、理想のデカさの餅巾着がいくらでもできるだろ」

 うん。『弟』よ、それは餅巾着好きの発想だ。



「餅は後で買うとして、次は生麩だっけ。……なくね?」

「見当たらないな。そうか、生麩はメジャーではないんだな」

 各種おでん種が並ぶ練り物コーナーを二人で探すも、目的の品は見当たらなかった。

「俺はなくても構わないぞ」

 モチッと柔らかな食感が好きではあるが、ないのならば仕方がない。早々に諦めた俺の隣で、『弟』が「これじゃダメなんかな?」とあるもの目掛けて腕を伸ばす。


「ちくわ麩はあんじゃん。ほれ」

 『弟』が差し出したのは、真空パック詰めされた、ナルトにも竹輪にも見える白い棒。

「これも生麩……なのか?」

「さあ? この棚でよく見るけど、食ったことはねえな。試してみる?」

「まあ、いいか。いいのか?」

 これまでの人生で食べる機会のなかった未知の食材・ちくわ麩は果たしておでんにどのような影響を与えるのか。

 だが、思い返せば、今日のおでんは初挑戦の具が何種類かあるのだ。そこにまた新たな具が加わるだけ。偶には食の大幅開拓をしてもいいではないか。


「この際だから、他に気になるおでん種にも挑戦してみないか。鶏手羽元が美味しいと聞いたことがある」

 職場の誰かかテレビで見たかの記憶は曖昧だが、話の内容は所々で覚えている。

「骨から出汁が出るから旨味が増すとかなんとか」

「いいね。それも試してみようぜ」

 いとも容易くおでん種が増えていくではないか。一体、本日のおでんの総量はいかほどになるのだろう。


(単純計算で、今日中に食べきるのは無理だな。だが、まあ)

 家にいるのは俺一人なわけでなし。大鍋いっぱいのおでんができたなら、『兄弟』ふたりで何日でも食べればいいのだ。

 できたても一晩経って熟成したおでんも、きっとふたりでならば楽しく食べられるだろうさ。



 ◇◇◇ ◇◇


「育ってんね」

「太ったな」

 買い物から帰宅して、おやつがてらにおでんを食べる気満々の『兄貴』の要望により、おでん鍋は哀れおくるみを剥がされ、冷え切った部屋の空気に晒された。パカ、と蓋を開けて中を覗き込んだ感想がコレである。


 俺も『兄貴』もどれを指しての感想かなんて明言しちゃいないが、たぶん……いや、絶対に同じものを注目してた。

 おでん鍋の一番上、試しに入れたちくわ二本がブクブク太って、その存在を示してる。

(主張が激しすぎん?)

 俺たちが家を空けて一時間と経ってない。なのに、このちくわの成長ったら、目を見張るものがある。最後に見たのは鍋を火から下ろした直後だけど、元のサイズの二割増しってとこ? なかなか伸びしろを感じさせてくれる成長度だ。


「おやつ、このちくわ食う?」

 大根とかの他の具はもうちょっと味を染み込ませたいところ。消去法とはいえ、このちくわなら今すぐ食べてもよさそうだ。けど、『兄貴』は首を縦には振らなかった。

「こいつがどれだけ肥えるか見届けたい」

 だと。

 うんまあ、私生活ではぼんやりとしてマイペースすぎるあまり、一年半ほど一緒に暮らしてもいまだにどんなものに興味関心があるのかも、何に触発されるかもちょっとわかんねえ『兄貴』が面白がってるっぽいからな。『兄貴』に付き合って、俺の分のちくわも鍋に居座らせてやるか。



「じゃあ、今は何食うよ?」

「そうだなぁ」

 間延びした返事は熟考のせいか、別のことに思考が向いているのか。おでん鍋の中を見詰める『兄貴』は一旦、そのまま好きにさせて、自分は買ってきた鶏手羽元と他の鍋を取り出した。

 鶏手羽元をおでん種にするのなら一応、下茹でしてやった方がつゆも濁らんでいいだろうし。


「決まったら、好きに取ってってなー」

「わかった。だが、その前に、ちょっと失礼。少し横にズレてくれ」

 流しで鍋に水を張る俺をどかせた『兄貴』が、おもむろに俺の足許にしゃがみこむ。

 流し直下には鍋が収納されている。『兄貴』はどうやら鍋に用があるらしい。ゴソゴソ身動ぎして収納から取り出されたのは、小さな片手鍋だ。

「え、マジでかんぴんつけるん?」

「今日が休日で、おでんがそこにあるなら、燗をつけねばおでんに悪いだろう」

「いや、知らんがな」

 目の前に山があれば登らずにはいられない登山家と酒好きが融合しちまったみたいなこと言われてもな。


 『兄貴』は鶏を湯がく俺の隣で湯を沸かしつつ、さっき買っておいた日本酒をお銚子に注ぎ、湯せんにかける。その動作のスムーズなことったらない。

「そーゆーの、飲み助っつーんだぞ」

「お銚子一本なんて、かわいいものだろう。社会人のちょっとした贅沢だ」

 今度は爺ちゃんみたいなこと言ってら。


「よし、決めた。おやつは大根とコンニャクと結び昆布だ」

「えー、まだ味染みてないって」

「だからこそだろ。まだ味の薄い若い具をぬる燗と楽しむんだ」

「言い方、おっさん臭」

 半ば呆れながら、大根とコンニャクを多めに入れといたことに安堵した。



 ◆◆◆ ◆◆


 結論:おやつに熱燗など飲むものじゃない。


 まだ明るい内だからとほんの少し飲むだけに留めたのだが、それでも酒気は食欲を狂わせるようだ。気付けば、練り物以外のおでん種を全種類食べていた。『弟』の俺を見る目が白い。


「で? どれが一番うまかったん?」

 俺にこれ以上、具を減らされないよう、布にくるまれた鍋を抱えて死守する『弟』が訊く。

「意外にもじゃがいもがうまかった」

「お、わかってんじゃん!」


 おでんのじゃがいもは初めてだったが、所詮、芋は芋だと侮っていた。

 しかし、煮崩れることなく中までしっかりと火の通ったじゃがいもは、口に入れればほっくりとしているのに、咀嚼するとねっとりとした食感に変わる。

 滋味深い芋の味もつゆにとても合うが、何より芋特有の大地を彷彿とさせる風味が魚介系のつゆにマッチしていた。


「ロールキャベツも良かったな。熱を通して甘くなったキャベツに、つゆと芯のウインナーの肉汁と塩気が合わさった時の、渾然一体となったうまさが絶品だった。白ワインが飲みたくなる味だ」


 熱々のロールキャベツと、それを食べた直後の、舌に残る肉汁の味と風味を思い出すとつい、ワインが恋しくなる。

(熱燗も良いが、冬の冷気でキンキンに冷えた白ワインもおでんと合うだろうな)

 ほろ酔いの頭で夢見心地に想像するも、向かいで鍋を抱え直しながらこちらを睨む『弟』に気付き、肩を竦めた。


「いや、すまん。今は飲みません」

「や、別に、『兄貴』がいつ飲もうが、つい食いすぎようが構わねーよ。そんくらいおでんが上出来だってことだし。ただな、これ、まだ作りかけの段階だから」

 ――要はちったあ自重しろ。


 怒ってはいないが呆れた様子の『弟』に、もう一段階、肩をキュッと竦めてうなだれて「悪かった」と謝罪する。

 我が家の厨房係を怒らせたら、美味い飯がお預けになってしまう。それだけは勘弁だ。



 ◇◇◇ ◇◇◇


 食卓には卓上コンロに載ったおでん鍋。練り辛子も山盛りの飯も『兄貴』の熱燗も準備万端だ。

「よし、ご開帳ー」

 蓋を開ければ、おいしい匂いと共にホワリと真っ白な湯気が上がり、徐々におでんが姿を表す。

「「おおーっ!」」


 朝から仕込み、途中、『兄貴』に結構な量食われたものの、追加の種と練り物も忘れることなく加わることで無事、おでんが完成した。『兄貴』が風呂に入ってる間に炊いた練り物とちくわ麩も、ちゃんと入れた時よりもふっくらしてる。

「うーまそー」

 これは感嘆しちゃうって。



 いただきますの前に、まずはおでんをよそうかと取り箸を手に、獲物を探す。

「それにしても、育ったな」

 そう呟いて『兄貴』が取り箸で持ち上げたのは、序盤から鍋に入れられたちくわだ。おやつの時よりも成長してる……というか、ぷわぷわに膨れてる。


「蓋を開けたときが一番大きかったんじゃないか?」

「確かに。けど、あれ? 見る間に萎んでってね?」

 箸で挟まれた途端に、くったりし始めた古参のちくわは、取り皿に移された後は力なく皿の上で横たわっていた。

 『兄貴』に倣って自分も古参のちくわを取ってみたが、やっぱりふやけすぎてるらしく、すぐにへなちょこな見た目に変わっていく。なんとも哀れな様相になっちまったもんだ。

(このふやけたちくわ、どんな食感なんだろ)

 おでん種、まずはどれからいくかの定番は各々にやって変わるだろうけども、今回ばかりは好奇心が先に立つ。


「「いただきます」」

 ふたり揃って声を上げ、俺が箸で取るのはふやけたちくわだ。

 はぐりっ! 一口でいく。

「あふっ! はふっ! 熱ー!」

 あちち、アチ。舌を焼くような熱が口いっぱい支配して、涙目で耐える。

「~~~っ!」


 はふはふ、と大口を開けて冷気を取り込もうったって、その程度じゃ煮えたぎったちくわは冷めない。目を白黒させて、金魚みたいに口を開閉すること数秒。

 やっと適温に冷めたちくわを咀嚼すれば、ふにゅりと、食感どころではない柔さで、いともたやすくちくわは千切れた。辛うじて、噛んだって言えるのかな。歯がなくても噛み切れそうだけど。ちくわからはおでんのつゆがたっぷり溢れてくるけど、食感としてはなんとまあ、ふぬけているという他ない。


「とうだった? 古参のちくわ」

 一口大に切った大根を吹き冷ます、かしこい『兄貴』が訊いてくる。

「炊き始めが重役出勤になる意味がわかった」

 練り物は炊けば炊くだけつゆを含んでかさばって、いいだけのさばるし、際限なくふやけちまうんだな。ちくわは食べる十五分前くらいに鍋に入れりゃ、十分だわ。


(いい勉強になったんじゃね)

 熱々のちくわのせいで、口の中は大火傷だけどな。高い授業料じゃねーか。



 ◆◆◆ ◆◆◆


 『弟』が古参のちくわにがっかりしているその前で、俺は大根に舌鼓を打っていた。


 大根はおやつにも食べたが、その時よりも更に美味くなっている。

 後で鍋に追加された鶏肉と練り物がいい仕事をしてくれたようで、旨味が増し、奥深い味わいに仕上がっていた。

(濃いめのつゆが染みた具と熱燗なんて、最高だな)

 清酒を燗につけることでより広がるふくよかな香りと、キリと輪郭際立つ鋭い辛さが、熱々のおでんによく合うこと。極楽とはこれこのことを言うのだろう。


 だが、ひとつ、ふたつ、とおでんを食べ進める内に、舌に残る熱と旨みと脂を冷や(常温)で洗い流したくもあった。

(待てよ。冷やも良いが、ワインもありだな。このおでんなら、白と赤、どちらも合いそうだ)


「いいな、おでん」

 プルリ、ザクリとした歯ごたえが堪らないコンニャク、海藻特有の微かな渋みとコリッとした食感の結び目が楽しい昆布を堪能してから、ぐい飲みを傾けつつひとりごちる。

 おでんと酒で口も胃もぬくもって、心地良い。



「『兄貴』、鶏手羽も食べてみ。絶品」

「どれ」

 『弟』に促されるまま、指先を汚すことになるものの骨の一端を摘まんで支え、箸の先で肉を裂くと、ホロリと身が骨から外れた。

「脂がわりと出たな」

 身にも骨にも、皮から出た脂と肉汁がまとわりついている。

 マズイ。これは絶対に、口に入れた途端に頬が緩むヤツだ。


 いざ、身を口に含むとまず、ツルリとなめらかに滑る皮が舌に触れ、次いでホロホロなのにジューシーな身が噛み合わされた歯の間で上品な旨みを溢れさせた。

 鶏なんて、出汁が出た後は淡白で硬い肉に成り下がるだけではないのかと高を括っていたが、全然違うじゃないか。おでん鍋に沈めた鶏手羽元がこんなに美味くなるなんて、予想だにしなかった。


「文句無しに絶品だな」

 出汁も出るし、身も小さな欠片まで美味いなんて、絶品と言わずしてなんと言うのか。

 うまいな、としみじみ呟くと、『弟』が満面の笑みで大きく頷いた。

「な! な! 鶏手羽、おでん種の定番に決定だろ」

 同じ美味いものを共有できてはしゃぐ『弟』、尊い。



(さて。鶏とくれば、次はこれかな)

 取ったのは、先にも味見をしていたトマト。

 炊く間に裂けた皮から箸の先を入れ、汁気たっぷりの実を一口大に切って、よく吹き冷ましてからパクリ。

 今回のものは酸味をあまり感じないトマトだったが、動物系の出汁とは違う、青みのある爽やかな風味が先に食べていた鶏の味とよく合う。


(ここですかさずジャガイモ)

 豊かな土壌で育まれた素朴で滋味深く、ねっとりとした食感がクセになるジャガイモを多めの回数、咀嚼する。

(んー、最高!)

 もう、何も言うことなし。

 最強コンボの余韻に浸りつつ、本日初めてその美味しさに目覚めたウインナー入りロールキャベツを皿に取る。


「おでんもオマエもオマエの友達も畏るべしだな」

「なんそれ?」

「友達が薦めて、それをオマエが上手く調理したおでん種はどれも大当たりだったろ。恐れ入るよ」

「フハッ! だろ?」


 俺が食べたがった油揚げや豆腐、餅巾着をあっという間に平らげ、トマトに眉を顰めて小首を傾げたり、ちくわ麩を団子みたいと評しながらも美味そうに咀嚼していた『弟』が屈託なく笑った。



 ◇◇◇ ◇◇◇◇


 朝から家一番の大鍋を出して、俺の定番と『兄貴』の定番、友達のオススメのおでん種を炊いてった。

 調理自体は下茹でしたり湯を掛けたりした食材をつゆで炊くだけって単純なもんだけど、何せ、品数が多いから結構手間が掛かる。


 鍋につゆを注いだとき、プカリプカリと頼りなく表面に浮かんで漂う種に、「こんなんでちゃんとおでんになるのか」ってちょっと不安になったんだよな。

 炊いてく内にちょっとずつサマになって、途中、『兄貴』の酒の肴になっちまったりもして。

 けど、『兄貴』はまだ味が薄いであろうおでんをバクバク食ってたから、「具が減る」って文句言いつつ、炊き始めたばかりの頃に感じた不安が和らいでホッとしたんだ。――『兄貴』が本当にうまそうに食べてるなら失敗は絶対ないんだって。


 半日かけて炊いたおでんは、俺が知ってるおでんのようでちょっと違った。

 母ちゃんと爺ちゃんと食べてた頃からあった具もなかった具もいっしょくたで、つゆだってどこにでもある市販のつゆに、おでん種から出た味も溶け出て複雑になっててさ。


 定番の大根と餅巾着はやっぱり鉄板だなとか、ダチが絶対入れろっつったトマトを『兄貴』は気に入ってたけど、俺にはちょっと良さがわかんなかったり、『兄貴』の定番らしい油揚げと豆腐がうまかったり、ジャガイモを『兄貴』と取り合ったり。

 なんかさ、今日のおでんは"懐かしい"と"新発見"がごっちゃ混ぜで面白かったな。



「おでんって凄いよなー」

 大口を開けて半分に切った玉子を頬張り、飲み込んだ後で吐息と一緒に感嘆した。

「どうした? 酔ったか」

 勢い余って、思いのほか大きくなった声に、『兄貴』が苦笑いする。

「飲んでねーから酔ってねーわ。いやさ、きょうのおでんは知ってる具も初めの具もあって、味がゴチャゴチャすんのかなって予想してたんだ。でも、味はちゃんとまとまって、好きな味になってくれてる」


 "おでん"と一言で言っても、地域や家庭によって種もつゆも付けるものも違うらしい。今回、初めて自分で作ってみようってなって、本やいろんな人に聞いて知ったんだ。

 おでんに強い思い入れがある人は『こうでなきゃダメ!』ってこだわりもあるんだろうけど、料理としてはわりと自由な食べ物なんだよな。

 自分にとっての定番に、いろんな人のオススメを加えたり、自分たちの好みの具材を増やしたり減らしたり、味の塩梅を多少変えたところで、大きな失敗もせず、うまい具合に整ってくれる。そんで、今みたくおでん囲んで、誰かと楽しく過ごせるんだ。


(それってさ――)

 こんなたとえは変かもだけど、聞いてくれるのは他の誰でもない、『兄貴』だからいいか。


「俺、おでんみたいに懐が深い人になりたいな」


 やば。言ってから恥ずかしくなってきた。

 照れ隠しで、皿に残ってた玉子にかぶりつく。半分とはいえ固茹での玉子は容赦なく口を占拠して、しっかり噛んで飲み込まないと、しゃべろうにもしゃべれない。そうやって、口をモゴモゴとさせて俯くのを照れじゃなくて、玉子のせいにする。

 玉子に苦戦する振りをする俺を見て、『兄貴』はまた苦笑した。



 ◆◆◆ ◆◆◆◆


 ――おでんのように懐が深い人になりたい。


 おでんが理想だと語ったかと思えば、慌てて玉子を口に放り込み、うまく飲み込めなくて四苦八苦する『弟』が微笑ましい。

 クサいことを言ってしまったと照れたか、理想をおでんにたとえたのは変と感じたか。いずれにしても、かわいいじゃないか。


「いいんじゃないか」

 『弟』に理想を語らせるくらい、今日のおでんはコイツにとって上等なものだったのだろうから。

(けれどな、俺はもう、オマエが十分に理想を叶えてると思うんだがな)


 正直、今日のおでんは固定観念に縛られ易い俺にとっては冒険だった。

 『おでんとはこうでなければ』と凝った思考を持っていたはずの自分が、だが、こうして色んな具材に挑戦しながら楽しく食事ができている。

 それは恐らく、『弟』が作ったおでんだからできたんだろう。


 元は違う土地、違う家庭で育った『弟』。

 だから、「おでんを作る」と言われても、その内容には少なからず相違があるのは覚悟していた。――『弟』の家で作られていたおでんに、俺や本や友人らからのレシピを取り込んだのだから、それは俺の定番のおでんであるわけがない、と。

 諦念ではない。ただ、これまでの定番を更新しようと気持ちを切り替えただけ。


 それにこのおでんは、朝から『弟』がじっくり時間を掛けて、丁寧に仕込んだのだ。自分の定番を固持してまで、無碍にするなどという愚を犯していいわけがない。

 そして、おやつにまだ味が染みていないおでんを食べ、完成したものを口にしている今、ふと思ったんだ。

 ――このおでんは、俺達『兄弟』の暮らしそのものなのだと。



 別々に生きてきた俺達が、クソ親父の一存で出会うこととなり、そして、自分達の意思で共に暮らし始めた。

 ほんの数日前まで他人同然だった『兄弟』による、新しい土地での新生活だ。緊張も不慣れゆえの不便もあったが、それでも楽しくやっていると感じられたのは、『弟』のおかげだと俺は思っている。


 突然できた『兄』を受け入れてくれたから。

 『弟』が年の離れた『新米の兄』なんて扱いに困る存在にも臆さずに接し、いつも気遣ってくれていたから、俺自身の生活の質は独居の頃と比べれば信じられないほど豊かになった。生活にゆとりができたから、俺も多少なりとも『弟』を支えることができたと思う。

 どんな環境にいようとも、誰と過ごそうとも『弟』は柔軟に対応し、調和に努め、新たに得た知恵や力を活用して豊かさを求めてきた。本人は難しいことを考えず、自分が暮らしやすくなるよう、自然と動いていたようだけれど。

 自分も、自分のまわりにいる人も楽しく過ごせられるように、得られるものはどんなものでも取り入れ、上手く活用する器用さと度量の大きさを『弟』は持っている。


(それは、オマエの思うおでんとよく似ているんじゃないか)



 じっくり煮込まれて飴色になった大根に箸を入れれば、身はいとも容易く割れた。噛む度につゆが溢れて舌を軽く焼く。

(そういえば、この大根もコイツの人脈と人懐っこさの賜物だ)

 『兄弟』共々交流のある老夫婦からのお裾分けだと思い出す。


「オマエがいつも頑張っているから、俺はうまいおでんにありつけるんだな」

 舌に残る大根の熱を酒で流しつつ告げたらば、「酔ってんな」と苦笑が返された。

「うまいと思ってくれてるんなら嬉しいよ。だって、しばらくはおでんが続くからな」

「……?」


 何だ? 今、聞き捨てならないものが聞こえなかったか。

(まさか)


「なあ、朝、下茹でしてた大根。まさか、あれ全部、おでんになったのか?」

 朝見た時は、大鍋を埋めるほどあった大根は何処へ?――恐る恐る訊ねる。


「そ。全部(ぜーんぶ)、おでんになったよ」

「ぜっ?! だが、食べた分と今、鍋にある量を見ても、あれ全部のようには思えないが」

 脚ぐらいのサイズの大根と他の具材がこの鍋に収まっているようにはとても見えない。

 しどろもどろになって『弟』と鍋を交互に見ると、相手は無駄に鹿爪らしい顔で頷いた。


「だろうよ。だって、練り物入れるときに、半分以上の大根が溢れちゃったから別に取ってるもん」

 ――そんなわけで、もうしばらくは毎食、おでんが出てきます。

「お、応」


 ついさっき、『弟』は自らが理想とするおでんの通りになっていると感心したが、少し訂正しよう。

 コイツはおでんのようにあらゆるものを許容する度量の大きさがあるが、同時に煮込むと暈が増えていくおでんの練り物のように、調子に乗りすぎるきらいがある。


(今度の弁当、箱いっぱいに大根が詰まってたらどうしよう)

 ふっと思い付いてしまった嫌な予感に、慌てて首を横に振り、弁当箱を満たす飴色のイメージを洗い流すべく、ぬるくなった酒を呷った。

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