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ひとりじゃなくふたり  作者: 三山 千日
番外編 『兄弟』と四季

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39/51

マッサージは初めてですが

楽しみにしておられる方がいらっしゃいましたら、本日の更新が遅くなってしまい申し訳ありません。


今回は季節のお話ではなく、日常のワンシーンです。

 ◇


 『兄貴』が自分の肩に手を当てたり、腰を叩くのを見て、しばし思案。

 なんとはなしに天井を見上げ、顎を掻き、腕組みをして小首を傾げて、小さく小さく唸る。

(どーすっかな)



 ◆


 肩こりが気になる。あと、腰も少し痛い。運動不足とデスクワークの弊害だな。年のせいとはまだ言いたくない。

(ラジオ体操とかストレッチの習慣を取り入れて、体を解すべきか)


「なあ、『兄貴』」

 長期的に続けられそうないい運動がないか考えていると、いつになく神妙な声で呼ばれた。

 なんだ、どうした?

(……は?)



 ◇◇


 声を掛けられて振り向く『兄貴』が、俺の手を見た途端に、怪訝な表情から警戒感を露わにした顔に変わる。

 そうだよな。両手を胸の高さに上げて、手をわきわき動かしてたら、そりゃあ警戒するよな。

 まあ、それはそれとして。


「マッサージ受けてみない?」

 わきわきわきっと開閉する手に、『兄貴』があからさまに引きつった。



 ◆◆


 なんだ、その手の動きは。本当にマッサージをする気なのか? 違うことしそうな動きだぞ。こりを解すというよりも贅肉を揉む気じゃないだろうな?

 しかし、なんで突然マッサージの話が出たんだ?

 『弟』の申し出への疑問は尽きないが、とりあえず――


「遠慮します」

 丁寧語で断っておく。



 ◇◇◇


 マッサージ拒否されちゃった。しかも丁寧語で。ガチのやつじゃん。


「んもう! もったいねーよ、『兄貴』。俺のマッサージは受けた母ちゃんを唸らせたのに。今も爺ちゃんが生きてたら、爺ちゃんも絶対唸った」

「……唸るほど痛いんですか?」

 だからなんで丁寧語?



 ◆◆◆


 捕まった。マッサージしたくてたまらん小僧に捕まって、今は問答無用でうつ伏せに寝かせられてる。

「勘弁願えませんかね」

「はーい、やるよー」

 聞く耳持たずか。何がコイツをここまでヤル気にさせるんだ?



 ◇◇◇◇


 まずは首の付け根。

(うん、こってるな)

 親指を軽く押し込んで具合を見てから、うなじを指で摘まむように軽く、優しく揉む。


「ええ? 気持ちいい……だと?」

 そんな、信じられんみたいな声で言われても……。

「『兄貴』は拷問でもされると思ったん?」



 ◆◆◆◆


 肩から肩甲骨に沿って指圧された後、次は首の付け根から腰まで背骨を指でなぞったり、背骨に沿って緩く指圧される。


「ん? ここかな」

「ん?」

 背骨に何かあるのだろうか。『弟』がボソリと小さく呟いたかと思えば、確認するように背骨のある一部分を入念に指の腹でなぞる。


「飛び出てる」

 おいおい、恐ろしいことを言っているが。飛び出てるのは本当に背骨なのか?


「背骨にさー、こういうちょっとした歪みを見つけると大抵、その近くにコリの親玉があるんよ。んー、ここか?」

 腰の一部分にグッと指を押し込まれると、ジンと痛みを感じた。

 そこだ。痛気持ちいい。


 痛い部分を適度な力加減指で指圧されたり、手の側面でリズミカルに叩かれる。

(うっ! 今、指が触れた所、コリッて言った。これが凝り? こんなピンポイントで凝りを捉えただと?)


 程なくして一ヶ所に集中したマッサージが止まった。

 コリを圧すのは一分と満たなかったのに、指が肌から離れた途端、患部にジンワリと心地良い感覚が広がった。

 いや、なんだこれ。クセになる心地よさなんだが?


「あとさ、こういうコリって、なんでかもう片側にもあんだよ。ああ、ほらここ」

「ハ、右ほどではないが、確かに痛い。うぅ、気持ちいい」

「片側の腰痛を庇うからかねえ。それにしても、『兄貴』の腰、こりすぎ。揉み返し来ると困るから、今日はごく軽めにしておくなー」

「はい」


 ――『弟』よ。齢十五にして、どこでそのマッサージの知識を得たんだ?

 腰を押される間、その疑問が頭の中をずっと巡っていた。



 ◇◇◇◇◇


 以前、母ちゃんのマッサージをよくしていたからかな。コリを見つけるのは上手いんだ、俺。

 でも、コリをみつけて闇雲に押しても不思議とあんまり効かないんだよ。

「コリを押す角度があってさー、あ、これ?」

「ん゛ー、そこ。もう少し強めで」


 最初、マッサージを拒んでたヤツの出す声じゃねーんだけど? というか、断られても、俺が強引にマッサージしちゃったんだけど、『兄貴』はヨソでも嫌なことだとしても流されるままに受け入れちゃうのかな? 大丈夫かね、この人??


「『兄貴』、俺が言うのもなんだけど、嫌なことにはちゃんと抵抗せんとカンよ?」

「突然、なんの話だ? 嫌なら断るし拒むぞ、ちゃんと」

 『兄貴』の心身のために、是非ともそうであってくれ。



 ◆◆◆◆◆


 人にマッサージされるのが気持ちいいとは知らなかった。

 いや、これは『弟』の腕がいいのか。何故、ここまでピンポイントに痛い所を突けるのか。

(うわー、腰痛が酷いと感じる部分、凄くゴリゴリ言ってる。だから"コリ"と言うんだろうか)

 腰を当たってるのに足までビリビリする。


「ウッシ! こんなもんかな」

(え! もう終わりなのか?!)

 もっと指圧を頼みたい。だが、『弟』をこき使うのは気が引ける。名残惜しいが仕方ない。

「ありがとう。気持ちよかった」

 のっそりと起き上がれば、マッサージされた部分が明らかに軽い。

 何が起こったんだ? 俺は何をされた?


「あの……どちらでマッサージを学ばれたのですか」

「だからなんで、丁寧語?」


 俺は今までマッサージを受けたことはない。コリが酷い時はストレッチをしたり、低周波治療器を使うことはあるが効いたようには思えなかった。

 マッサージも大した効果が望めないのだろうと高を括っていたのだが、今、初めてマッサージを受けてみて、その認識が誤りであったことを知る。

(まさかマッサージがここまで気持ちよくて、こんなにほぐれるものとは思いもよらなかったな)

 いや、恐れいった。



「さっきの口振りでは、お母さんにもマッサージをしてあげたのだろう? だが、それだけの経験で、ここまで上達するとは。オマエは天才か」

「マッサージの前と後でそんなあからさまに反応違うのどーなん? それにそこまでうまいってわけでもないんだろうけど……。ま、体がちっとは楽になったなら良かった」



 ◇◇◇◇◇◇


 実のところ、俺がマッサージをした人は母ちゃんだけじゃない。昔は爺ちゃんにもよくマッサージを頼まれたんだ。


 ――おう、一丁頼む。

 こんな感じの爺ちゃんの一声で、マッサージをしてはいた。けど――

「俺、ガキの頃、爺ちゃんにもマッサージしてはいたけどさ、それはさっきみたいなマッサージじゃないよ。ただの足踏みマッサージ」

「確か、背中の上で足踏みするんだよな」

「そうそう」

 子どもじゃあ技量もないし、こった背中と腰を揉んでも押しても力が足りない。だから、爺ちゃんの要望と指示による、背中で足踏みマッサージ。


「効くのか? そういえば、アジア圏でそんなマッサージを施すところもあると聞くな」

「そうなん? けど、俺がしてたのは効くのかな? 爺ちゃん的にはしないよりはマシだったみたい。爺ちゃんは他にも、月に何度か鍼灸院に通っててさ。俺はマッサージをそこで覚えたんよ」


 覚えたっつっても、鍼の施術前に軽く施すマッサージを何度か見せてもらっただけ。あとは冗談で、俺も肩が凝っているのか先生に聞いたら、どれどれって肩の筋を摘ままれたことがある。力加減はそこで知ったのだ。


「でもさー、爺ちゃんがいた頃に何度か試してもダメだったんよな。どうやっても力足りねーの」

 結局、俺はマッサージで爺ちゃんの体のコリをほぐしてはやれないままだった。


「ちょっと大きくなって力も少しは付いたからって、母ちゃんにお試しでマッサージしたら、ありがとうって喜ばれてさ。それからはよく頼まれたな」


 ――うーん、気持ち良かったー!

 母ちゃんはそう言ってくれたけど、あれが本音かお世辞かは今もわからない。

 覚えているのは、俺がマッサージした後、爺ちゃんも母ちゃんもニコニコしてたってことだけ。

 けどさ、それでじゅーぶんじゃね?



 ◆◆◆◆◆◆


 『弟』は俺と違って、かつての話をよくする。

 その話には必ず、早くに死別することとなった『弟』の家族が登場するのだけれど、彼らの生前の行いをこの子の口から聞く度に、彼らの存在に深く感謝した。

 何故なら、『弟』の思い出話には彼らが『弟』に与えてくれた確かな愛情をたくさん感じられたから。


 マッサージの思い出にしたってそうだ。

 彼らは小さな『弟』でもできることを頼み、感謝の気持ちと言葉を伝えた。マッサージをした『弟』に彼らが述べた感想は、きっと本当のことだろう。

 その言葉のやりとりが、互いに触れたぬくもりが、当時の親御さんの苦労を思わす体中のこりの感触が、彼らの生きた証が、今も『弟』の中で思い出として存在する。

 そして、彼らが『弟』に与え、彼の中に残ったものは今現在も『弟』の心を支え、真っ直ぐな人間に育ててくれているのだ。


(俺にマッサージをしたことも、いつか思い出になるのかな)

 それが『弟』にとっていい思い出かはわからない。だが、彼の記憶に俺が少しでも多く残るのであれば、それは俺にとっては嬉しいことだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇


 心なしかいつもより明るい表情で、幾分か軽くなったらしい肩を回す『兄貴』を見て、まだ元気だった頃の爺ちゃんと母ちゃんを思い出す。

 それから、手と指に残っている『兄貴』のぬくもりと背肉の感触を確認するように眺め、手を開閉した。


(二人と全然違ったな)

 俺が今までにマッサージをした『兄貴』も母ちゃんも爺ちゃんも、性別とか年齢がまったく違うから、触れた感じが違うのは当たり前なんだけどさ。


 爺ちゃんはもっと肉が付いてて、コリは岩みたい。

 母ちゃんは折れるんじゃねーのってビビるくらい、背が薄くて腰が細かった。肩こりが特に酷かったんだよな。

 『兄貴』の背中は引き締まってるけど、全体的に凝っている。そんで、体温は低め。

 三者三様。けど、みんな、頑張ってる人の背中だった。



 ふとした瞬間に、体中の凝った部分に触れる『兄貴』の姿は、これまでもよく見掛けたんだ。その度に、同じ動作をする爺ちゃんと母ちゃんの姿を思い出して、頭の中にマッサージの字がチラついた。

 シロートのマッサージでよけりゃ、俺がちょっと指圧なり肩もみなりしてやれるんだけどなって。

 けど、俺が『兄貴』に触れていいのかなって、妙な遠慮があって、うまく言い出せなかったんだ。



「フハッ!」

「なんだ、急に笑い出して」

「や、さっき、マッサージ受けないかって訊いた時のこと思い出して」

 胸の高さに手を構えて、手をワキワキさせるあのポーズ。照れ隠しとマッサージを拒否されても冗談で済ませられるようにああしたけど、改めて思い返すと、自分でもヤベー奴だって思うわ。


「俺のポーズも『兄貴』のドン引きもウケる。フッ、フハハッ」

 ケタケタと思い出しが止まらなくて、ふと見たら『兄貴』を腹を抱えて俯いてた。肩が震えてるからこっちも笑ってるんだ。

 同じことを振り返って、揃って笑う。それって、楽しいし、嬉しいな。



 しばらく二人で笑った後、目尻に溜まった涙を拭いて、それから『兄貴』を呼んだ。

「なあ、俺はシロートだから強くは言えんけどさ、さっきの調子でよけりゃ、いつでもマッサージしていいよ」

「ありがとう。正直、肩こりで頭痛がすることもあったから、そう言って貰えると助かる」

「頭痛? ヤバイじゃん。病院は?」

「前に行ったが、やはり肩こり由来の頭痛だった。そろそろ、体を解す運動でも始めようかと思っていたんだが、マッサージで随分と楽になった。だから、また今度、頼むな」

「任せとけ……とは言うけどさ」

 こりって、ただ硬くて重くてちょい痛いのかと思ってたけど、ヨソにまで響くとか厄介なのな。


「やっぱ、マッサージだけじゃなくて運動の習慣もいるんじゃね?」

「まあ、体のことを考えると」

「じゃあさ、今度……はいつになるかわからんから、明日! 散歩がてら二人で町内探索しようぜ」

「二人で? 俺の運動に付き合うつもりか」

「そ。ひとりよりふたりの方がいろんな発見ができるし、楽しいだろ」

「まあ、な」

 納得したように頷いた『兄貴』が、おもむろに俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「俺達はひとりじゃなくふたりだから、自分の手が届かない箇所もマッサージしあえるし、楽しさも嬉しさも倍感じられるんだな」

 掻き回されてボッサボサになった髪を手ぐしで直しながら、俺はやけに嬉しそうな『兄貴』の言うことに、うんうんと頷いた。

 ま、つまり、そーゆーこと。

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