本命とは縁遠くとも大いに楽しむ
少し遅くなりましたが、時節柄、今回更新分はバレンタインデーのお話です。
◇
店で、テレビで、ラジオで、学校で、ちらほらと聞く季節のイベント。
浮かれたハートが目立つこの時季、男はチョコを手に取りづらくなる……らしい。
俺はフツーに買うけども。
スーパーの菓子売場、いつも買う板チョコにハートマークが描かれていた。
(バレンタイン、近いもんな)
それくらいは思うけど、だから何ってハナシ。問答無用で板チョコをカゴに入れる。
だって、バレンタイン関係なく、俺は今、ホットチョコが飲みてーんだもん。
◆
先日、コンビニで節分豆とずらりと並ぶ巻き寿司を見たと思えば、間もなくしてチョコレートが目立つ所に置かれるようになった。
商いをなりわいとする人はこの時季、忙しそうで何よりだ。
節分もバレンタインデーも俺には興味がないけれど。
コンビニの菓子売場、菓子に無関係そうな"%"が並ぶという、やや面白げな一角にて。
(ハイカカオのチョコレートって、果たして何パーセントが一番うまいんだろう?)
手に取ろうとしたチョコレートに、浮かれたハートが描かれているのを見つけ、思わず手を引っ込めた。
◇◇
店の催事場にはキレイでうまそうなバレンタインチョコがいっぱいあるけど、それは眺めるだけだ。
(ほー、チョコ一粒でいつもの板チョコ一枚分の値段か)
お高ーい。贅沢ー!
チョコに限らず、店で売ってる品物は材料とか手間とかブランドとか諸々の要素で価格を決めるのだと『兄貴』が言ってた。
それって、お高いチョコにはその価格に見合うだけの理由があるってことだ。たとえば、高級な材料を使用してるとか名のある職人が関わってるとか特殊な製法で作られてるとか。
(そういう凄そうなチョコを貰ったことはないけど、うまいんだろうなー)
まあでも、俺はこの、腹の足しにならなそうなちっこい一粒のチョコよりも、安価でそれなりにうまくて量も満足な一枚の板チョコで十分だ。
◆◆
バレンタインデーの名の下に、郡をなして世に現れるチョコレート。
贈答品ならではの贅沢な価格を目にする度に、なんとはなしに思うのは価値について。
つい先日、品物の価格にはそれに見合う理由があることを『弟』に説いた。
催事場に置かれるバレンタインチョコの多くが高価なのは――時季ものとして付けられた箔は置いておいて――それだけの理由と価値があることを教えると、それまで適当に相槌を打って聞いていた『弟』が、何やら思案顔でホットチョコレートを一口飲んでからこう言う。
「じゃあ、バレンタインにお高いチョコを贈る人にとってその相手って、贈ったチョコに見合うだけの価値があるってこと?」
「まあ、大まかにはそうなるな」
相手に見合う贈り物は、バレンタインチョコに限らず贈答品でも言えることだ。だから俺は軽く頷いたが、ふと考えた。
――どんなに価値があろうと、チョコはチョコ。
チョコレートと等しい価値の相手とはこれ如何に。
――贈る方の持つ相手の価値と気持ちは様々だろうが、それを口に入れればいずれ消えてしまうものに代用して贈るとは、なんて儚く皮肉めいたことか。
そのように考えてしまったことを、当時飲んでいたホットチョコレートの味と共に思い出す。
我ながら、イイ性格だなと呆れつつ、菓子売場を後にする。
◇◇◇
バレンタインデーの今日、チョコを貰った。
一個は同級生から。まあ、料理が得意なミカ(男)なんだけども。
ミカは姉ちゃんの命令……いや、頼まれたから大量のチョコを作ったんだと。なんでも特大サイズのチョコにナッツとドライフルーツ散らしてかち割ったんだとか。なにそれ楽しそう。
俺が貰ったのはその時の余りで、他の友達にも男女関係なく配ってた。
二個目はクラスの女子から男子に。有志が集まってチョコを作ったらしいんだけど――
「サトちゃんよ、チョコに付いてたカードなんだけども」
「『ホワイトデーはパティサトへ』って、お前んちのケーキ屋のチラシじゃん」
「ぼくが一番聞きたいんだけど」
俺と安達で貰ったチョコに付いてたメッセージカードをサトちゃんに見せると、ケーキ屋の息子はやっと貰えたチョコが自分ちのものと初めて知ったらしく、非常に不服げだった。
「今、姉ちゃんからチョコの感想集めてこいってメッセージ来た」
なるほど。女子達がチョコ菓子作りに、パティサトの菓子職人のサト姉が一役買ったわけか。
(店の宣伝と男子の反応を知るチャンスを逃さずものにするとか、商人兼職人っぽいな)
不本意ながらそれでも律儀に感想聞きにいくサトちゃんにちょっと同情。
◆◆◆
バレンタインデーにチョコレートを貰った。贈り主は同僚数名で1箱。
ゼムクリップを入れるくらいしか再利用方法がなさそうなかわいい大きさの箱に、小さなチョコレートが二個。
典型的な義理チョコである。
休憩がてらコーヒーのお供にするもよし、いっそコーヒーに入れてもいいかもしれないが――
(家に持って帰ろう)
聞き覚えのあるメーカーのチョコレートだ。滅多に食べることもないから、『弟』と分けよう。
◇◇◇◇
仕事から帰った『兄貴』はいつも通りだった。紙袋も持ってないし、カバンが膨れた様子もない。
「チョコ、貰わんかったん?」
「同僚から義理で貰った。ほら」
手のひらに載る小箱を見せられ、なるほど義理、と妙に納得する。
(高そう。駄菓子じゃないところにまあまあな信頼関係を感じる……かも?)
大人の事情はよくわからんが。
「『兄貴』ホワイトデーなんか用意するん?」
「贈答用の箱入りクッキー」
クッキー缶じゃなく、個別包装される箱入りというところに社会性を感じた。
◆◆◆◆
食後のデザートだと出されたホットミルクと手作りチョコレートに一瞬、困惑する。
「お前が食べるべきものなんじゃないのか」
手作りチョコなんて本命用だろ。
「一個はミカが『兄貴』にもって。もう一個は義理堅く商魂逞しい女子達によるものです」
「ああ、パティサトさんの……なるほど」
おもむろに見せられたお返しの案内カードで、このチョコレートの事情を大まかに察する。何やら女性陣の逞しさを見せられたようだ。
同級生女子代表から貰うチョコレートもまた、お返しは倍返しなのだろうかが、やや気になる。
「『兄貴』、贈答用のチョコってうまいのな」
「気に入ったのなら、これもやる」
会社で貰ったチョコレートを一つ食べた『弟』が感じ入ったように言うものだから、自分の分も差し出す。
「や、『兄貴』の分はちゃんと食べな。んで、ちゃんとお返ししねーとな」
お前は本当に義理堅いな。
◇◇◇◇◇
いやー、いいもん食った。
しかし、こういうののお返しってどうすんのがいいんだろ。パティサトで買ってもいいけどさ。いっそのこと――
「『兄貴』、一緒にお返し選びせん? んで、うまそうなヤツあったら、俺らの分も買おうぜ」
イベントを楽しんだモン勝ちじゃね?
◆◆◆◆◆
お返し選びに誘われて、まあいいかと頷いた瞬間、『弟』がスマートフォンを取り出した。
「早いな。もう探すのか」
「忘れない内にしねーと」
しかし、そんなに早くホワイトデー用の品物を扱った通販があるのだろうか?
「お! あった、これうまそう」
いやはや、バレンタインデーが絡むとなると、どいつもこいつも逞しいものである。
「こっちのもいい、あれも捨てがたい」
「お前、自分用のクッキー缶しか選んでないぞ。俺は箱入りのでいいからな」
このまま放置すると、部屋中クッキー缶だらけになりそうだ。
『兄弟』ふたり、チョコレートをかじり、ホットミルクを飲みながらスマートフォンを覗き込む間に、夜は刻々と更けていくのだった。
本作はバレンタインデー当日に某所にて公開していましたが、現在、当該記事は削除しています。




