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ひとりじゃなくふたり  作者: 三山 千日
七週間後の憂鬱

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33/51

謎の女と難しそうな話 new!

 ◇


 ――永代供養なさいな。

 それは鶴の一声だった。


(エータイ供養?)

 聞き覚えはあるけど、なんだったっけ? "供養"っていうくらいだから、前にお寺さんで聞いたかもしんないけど、その内容までは覚えてないな。


「は?」

 クジさんの提案から一拍置いて、返した『兄貴』の声はあまりにも低い。

 尻上がりの一音が意味する隠しきれない反感から、彼女の提案があまりロクなものでないことだけは理解できた。


(てか、それよりも、『チガヤ』ってなんだ)

 エータイ供養よりも、クジさんが『兄貴』に向けた単語の方が気になる。


 クジさんにそう言われた『兄貴』は即座に彼女を見たから、十中八九、『兄貴』の呼び名なんだろう。

 でも、『兄貴』が苦々しげな顔で反応したこの単語はさ、コイツの本名と掠りもしない。


 本名ではない上に、単語自体が聞き慣れない。

 何らかの意味がある単語なのか、この字に宛てる漢字はあるのか、これを『兄貴』の呼び名に選んだ理由とか、皆目見当もつかない。

 わかることと言えば、クジさんは『兄貴』を徒名で呼べるような間柄らしいってことだ。



 ◆


 永代供養――同世代の人間よりは早めに身内との死別を経験した手前、何度か耳にしたことがある言葉。

 要は故人の遺骨を遺族ではなく寺院や霊園に管理、供養してもらうことだが、長期間に渡る故人の扱いに絡むため、どうしても繊細な話題になってしまう。

 少なくとも、観光旅行の行く先を決めるようなカジュアルなノリでするような話ではない。


 永代供養を利用する人は、俺がパッと思い付く限りでは、頼れる身寄りがない人とか、墓の管理が困難であったり、墓の後継者がいない人くらいだが、勿論、それだけではなく、それぞれ故人や家族の意向や事情もあるだろう。

 だが、余程の事情がない限り、遺族ないしは故人との縁者が単独もしくはほんの少数での協議の結果、他の親族の賛同も得ずに独断で『では、永代供養にしましょう』と決めていいものではなさそうだ。――クソ親父のような面倒な親族がいる場合は特に。



(正直な話、クソ親父については永代供養でもいいんじゃないかと、何度か、脳裏を掠めはしたんだがな)

 クソ親父が生前、色々と身勝手な振る舞いをしたせいで、生家からほぼ見放された存在であるのも、そのしわ寄せを自分が少なからず受けているのも確かなのだ。


 菩提寺をアレが自ら選び、墓も自身で用意したとはいえ、この先、何十年にも及ぶ供養を、認知されずとも血の繋がりはある俺が担わねばならない。その事実もそれを押し付けた"あちら"に対しても、理不尽と感じることがないわけではなく。



(俺の抱える鬱屈をこの人は見透かしたのか。……まさかな)

 彼女の真意はどうあれ、法要を執り行っている今、この場で提案されることでも、即決できる案件でもない。

 かといって、今後、こういう話をこの人を交えてする機会があるかどうか。

(いや、とうに、アレとの縁を絶ったこの人の意見をどうしても聞かないといけないわけではないんだけどな)


「ゴホン」

 迷いは軽い咳払いで、半ば強引に心の奥底に沈める。

あの人()から任された手前、暫くはまだこのままでいようと思います」


 責務とまでは思わない。だが、既に鬼籍に入ってはいるものの、あの男に多少の恩を売るくらいはしてやってもいい。

 ――どうせ、俺が執り行うのは今日のような寂しい法事なのだし。



 ◇◇


 クジさんが持ち出した"エータイ供養"の話は、『兄貴』によりやんわりと却下された。

 そうだよな。一応、クソ親父の墓の管理やら法事関係は『兄貴』が"あっち"から一方的に一任されたとはいえ、なにやら大事そうなことをこの三人だけでおいそれとは決められないだろうし。


 言い出しっぺのクジさんは、『兄貴』の選択に「そう」と素っ気なく返すのみ。提案を断られて、気分を害した様子は見たところない。

 クジさんって、あれだ。風に吹かれたらそよぐけど、普段はただ黙してそこにいる植物みたいな感じ。何を考えてんのか、全然わかんねえ。



 軽く話し合う二人の傍ら、同席のご住職は二人の会話を静観してる。俺も同じく、やや俯いて二人の会話に耳を傾け、口は結ぶ。

 クジさんはともかく、『兄貴』の緊張感漂う雰囲気から察するに、わりとシビアな話題なんだろう。けど、俺の場合は口出し云々以前に、まず"エータイ供養"がわからないんだから、黙って茶を啜るしかない。


 "エータイ供養"の話の後は、取り留めのない話をひとつふたつ交わし、何杯目かのお茶がなくなったタイミングで法要はお開きとなった。



(やっぱ、感慨ねぇなー)

 さっき出たばかりの本堂を振り返って、ぼんやりと思う。

 爺ちゃんとか母ちゃんの四十九日法要のときと規模はさして変わらないのに、今日のは感慨とか感傷というものがほぼないに等しい。俺んちのときは精神的にかなりシンドかったもんだから、余計に拍子抜けっつーか。


 今とか、『はー、やれやれ、法要が終わったわい。とっととメシ食って帰るべ』ってくらいの気楽さだし、頭の中を占めるのは、駅のロッカーで留守番してるトウモロコシと、この謎の女の人と、"エータイ供養"って結局何? ってことだけで、クソ親父への感傷はかけらもない。

 俺、薄情なんかな?


(そういや、初七日法要と納骨のときも、これといって特に何も感じなかったな)

 なんでかねぇ? 故人とは血ぃ繋がってるとか思えんほど会ってねーからかな。

 でも、それ言ったら、俺が物心つく前に亡くなった婆ちゃんの七回忌法要だって、もうちょっと思うところはあったんだけども。


(なんつーか、法要自体があっさりしてて、事務的だったしな)

 故人を偲ぶ気があんまりない人間が揃ったもんだから湿っぽさがまったくと言っていいほどなく、終始、坦々とした印象だった。 

 これ、クソ親父の人柄だの、まわりの人達との関係が、もっとまっとうで友好的なものだったら、今日という四十九日の雰囲気も今とは変わっていたのかな?


 俺の胸中での疑問に応えたのは、俺自身でも記憶の中にいるあの男でもなく、どこからともなく聞こえる蝉の声だけだった。



 ◆◆


 寺での法要は取り敢えず終わった。ほっと一息……と言いたいところだが、そうは問屋が卸さない。

 ご住職が見送る中、俺達三人が寺門へ向かう中、俺はいつ彼女に声を掛けるか、タイミングを見計らっていた。


 誰も声を上げようとしない、どこか気まずい雰囲気。

 シャワシャワと蝉しぐれに混じる、石畳を踏む三人分の足音を聞きながら、彼女を盗み見る。

 

 ここを訪ねたときよりも外は暑くなっているのに、少し離れて歩く彼女は涼しげな顔で、猛暑の不快さなんてどこ吹く風だ。まるで彼女の周りだけがこの灼熱の世から切り離されたかのよう。

 だから、少しだけ不安だったし、緊張もした。俺が今、彼女に呼び掛けても声が届かなさそうだから。

 この彼女を前にしたときの、一種独特の緊張感は昔から変わらない。



 門を潜った直後、誰にも感づかれぬよう静かに深呼吸をして、喉に力を込めた。

「美のりさん……いえ、久慈さん、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」

 体ごと彼女に向いて尋ねれば、相手は視線をこちらに寄越してから、コツリコツ、とヒールの音を小さく鳴らして立ち止まる。


「いいでしょう。もっとも、そちらの坊やのことなら紹介は不要よ。わかっているから」

 ツバの広い帽子の下、濃い影に潜む彼女の目が『弟』を向いて細められる。

 その眼差しにぬくもりはなく、関心も見られない。デッサンの為に被写体に向ける眼差しの方がまだ、いくらか感情が見えるのではないか。


 彼女の言と眼差しが、この場に奇妙で冷ややかな空気をもたらす。それでも俺は、この子のことを紹介しておきたかった。俺に残された、唯一の家族だから。


「久慈さ――」

 彼女を呼び掛けた俺の隣から「ケド」と声が上がる。

「俺はあなたが誰か、知っておきたいから聞いていいすか」



 ◇◇◇


 クソ親父も"あっち"の人らのことも、どーでもいいっちゃあ、そう。

 この女の人もそう。わりとどーでもいい。

 それにこの人だって"あっち"の人らと同じく、俺のことなんてどーでもいいと思ってそうなのは、俺の紹介を拒む前から気付いてたし。

 それでも、一応は知りたいワケ。たった二人ぽっちと思ってたクソ親父の四十九日に、アイツの肉親でもなさそうなのに、わざわざ来てくれた唯一人の参列者が誰かくらい、聞いたっていいじゃん。


「まず、先に、俺の名前は――」

「存じているわ。あのひとと血の繋がりがあることも」

「あっちは俺の名前さえ覚えようとはしなかったみたいでしたが」

「……父親を恨んでいるのかしら?」

「俺自身に関してなら、特には。恨めるほどあっちのことを知らないんで」

「遠回しね。黙って頷けばいいものを」

「素直になれるほどの関係じゃなかったし」

「可笑しな子ね」

「ども」

「誉めてないわ」


 変なの。

 どこの誰とも知らん人と、クソ親父の話してるとか。

 そんで『兄貴』は『兄貴』で気まずい顔して、俺とこの人を忙しなく交互に見てるのもオモロイ。

 なんだろう。緊張のあまり、とんでもないこと口走りそうな顔してね? この人。



「チガヤ、よくこの子を引き取る気になったわね」

 女の人の長い腕が絡むように組まれ、日焼け知らずの白くて細い首を軽く捻りながら『兄貴』を窺う。

「あのひとの最後の頼みだから?」


 ああ、『最後の頼み』なんて言い方されるの、違和感しかねーわ。

 『兄貴』から聞いた話、俺を引き取る件に関しちゃ、確かにアイツが『兄貴』に頼んだんではあるだろうけどさ。


(でも、それはたぶん、アイツにとっちゃ、遺品整理の一環くらいの感覚だったんだろ)

 自分があのクソの遺品とか、ゾッとしねえ話だけど、実質そうっちゃそうなんだろうし。

 肚にわだかまるモヤモヤに眉を顰めていると、視界の端で『兄貴』が首を横に振る。


「あの男に頼まれたからでは、絶対にありません。家族だと――自分の兄弟だと明かされたから、俺が彼を迎えたかったんです」

「!」


 『兄貴』に家族だと、兄弟だと言われて、心臓がギュッと握られたようにちょっと苦しくなった。でも、決して不快とか嫌な感じじゃないのが不思議だ。

 それに、胸の辺りがカイロを押し当てたみたいに、ホコッと温かくなった。

(やべ。ちょっと、泣きそう)



 ◆◆◆


 クソ親父(アレ)はたった一通の手紙で、自分が最も扱いに困る"遺品"を俺に丸投げできた気でいたのかもしれない。

 俺を含む、他の誰もが『弟』を見放したらどうする気でいたのやら。アレのことだから、『なるようになるか』と他人ごとで放置したろう。アレはそういう奴だ。


 どこまでも無責任な男の、当人が拭く気もないケツを俺が拭いてやる気など毛頭ない。だから、俺が法要の施主を務めることを条件に、アイツの『最後の頼み』とやらの遺品整理は"あちら"に投げた。

 アイツの最後の手紙に書かれた頼みを聞いてやる義理など、子と認知すらされていない俺にはない。

 ただ、一つだけ、『弟』の存在に関してのみ、どうしても捨て置けなかった。


 どこの誰とも知れない少年。だが、あのクソでクズが『最期だから』とわざわざ明言したのなら、『(そう)』なのだろう。


 ――兄弟で、その子もひとりぼっちというのであれば、兄である俺が助けなきゃ。


 アレに頼まれたからじゃない。飽くまでも俺の意志で、『弟』を引き受けると決めたのだ。――遠い昔、自分も同じようにしてもらったから。



 ヒュウウ……

 夏の、どこか青っぽい、湿った風が強く吹き、彼女の帽子のツバを弄ぶ。

 彼女はすかさず横を向き、飛んでいきそうな帽子を押さえた。

「ハァ」

 小さく吐かれたため息は、風の悪戯を窘めるにしては呆れを強く孕んでいるように感じられる。

 今にも飛ばされそうな帽子を外し、眩い陽光にその白皙を晒した。


久慈(くじ) ()のり。今は画家を生業としています。そして、かつては貴方たちの父親の本妻という立場でした」

 ――とうの昔に、縁は断たれたのだけれど。


 どこか冷えた低い声が、彼女の名と現在の有り様と故人との関係を端的に告げる。

 最後、風に紛らわせるように呟かれた声は殊更低く、俺は目を伏せることしかできなかった。



 隣で『弟』が身動ぎをする。横目で見ると、おもむろに片手を口に当て、彼女の名を反復して呟いていた。

「クジ? ミノリ?」

 小首を傾げているのは粗方、名前にどの字が宛てられているのかわからないからだろう。自分の掌に指で書いて見せると、「なるほど」と合点した様子で頷いた。


「よし、覚えた。あの、『美のりさん』って呼んでいいですか? それとも、名前で呼ばない方がいいんすかね? 呼ばれるのも困る感じだったりします?」

 愛人の子が父親の元本妻に、名字か名のどちらで呼ぶか呼ぶまいかを訊ねるとは、なかなかに度胸があるというかなんというか。


(俺の時はどうだったかな)

 当時、クソ親父から彼女の紹介を受けた時のことを思い出そうにも、緊張したことしか記憶にないのだが。


「好きになさい」

「じゃあ、美のりさんって呼ばせてもらいます」

 彼女はどう感じたのだろう。能面のような顔がうっすらと怪訝げに顰められたと思えば、細く長いため息が聞こえた。


「好きになさい」

「んじゃあ、美のりさん、よろしくおなしゃす」

「おなしゃす?」

「部活の顧問じゃないからな。丁寧な言葉遣いをしなさい」

 部活見学で多くの体育会系の部活を回って覚えた掛け声をこの場で使うな。



 ◇◇◇◇


「改めまして、本日は父の四十九日法要にご参列を賜り、心より感謝申し上げます」

「ありがとうございましたー!」

 事前に今日の法要を知らせた時は、出欠の返事を寄越さず、法要の真っ只中に予告なくやってきた美のりさんだけど、参列してくれたのは確かなんだ。

 『兄弟』揃って彼女にお辞儀をすれば、一拍遅れて相手も頭を下げる。


 それじゃあ、挨拶も済んだことだし、これにて解散……ってワケにはいかないんだろうなと、ぎこちなく一歩前に出た『兄貴』を見て察した。


「この後、『弟』とお斎を行う予定なのですが、よろしければ、久慈さんもご一緒にいかがですか」

(だよなぁ)

 たった二人だけの法事だけど、形だけでもそれっぽくしようって、この近くのお鮨屋に予約してたんだ。もしかしたら、自分達以外にも参列者が来るかもって、事前に相談した上で。

 先見の明っつーか、『兄貴』は美のりさんが参列することを予想してたんだろうな。

 この町に来る道中、スマホを頻繁に覗いて出席の連絡が来ないかメールを確認していたのは、この人のせいだったってワケだ。



「申し訳ないけれど、この後、予定があるので遠慮するわ」

 飛び込みで参りに来たんだもん。そうなるわな。

(いらなくなったお膳、弁当箱に詰めて持ち帰れんかな)

 それができたら、献立は昼メシと被っちまうけど、夜もご馳走じゃん。


 俺が不要になった一食分のお膳の行く末について、あれやこれやと算段を立てていると、不意に美のりさんが声を上げた。

「そうだわ。チガヤ、あのひとのお墓の場所を教えて頂戴」

「あ、はい。住所は――」

「住所ではなくて、道を教えてくれないかしら?」

「道……ですか?」

 スマホで墓の住所を確認しようとしていた『兄貴』が、『道』というたったの一文字でフリーズしてしまう。


(つか、超ド級の方向音痴に道案内は無理だろ)

 しかも、わざわざ人に聞かずとも、今日び、カーナビだのスマホの地図アプリに目的地の住所さえ入力すりゃあ、簡単に経路がわかるってのに、わざわざ道を尋ねるとか、これってさあ――

(うん、ヤな予感すんじゃん)

 助けを求めて俺を窺う『兄貴』に苦笑いして、俺は右手を軽く上げた。


「はーい、提案っす。今日は四十九日法要ってことで、やっぱり美のりさんもお斎、ご一緒しません? その席で俺が地図アプリ使って道教えますし、なんならその後、この面子で墓参りしましょうよ。……ロッカーに預けた荷物があるから、駅経由になるけど」

「是非!」


 俺の助け船に、超ド級の方向音痴が今日イチ力強く同意し、(俺の予想ではこの人も方向音痴か機械音痴っぽい)美のりさんはためらいにためらった後、観念したように頷いたのだった。

※"永代供養"につきましては、地域や各ご家庭によりご供養の考え方や捉え方は様々あるかとは思いますが、今作では作者の認識の下、『兄』なりの捉え方を加えて、彼の言葉で簡単に説明しておりますこと、読者のみなさまにおかれましてはご了承いたきますようお願いいたします。

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