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ひとりじゃなくふたり  作者: 三山 千日
七週間後の憂鬱

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30/52

見慣れぬ町のバスの中

 ◆


 必要な荷物以外をロッカーに預け、駅前から寺に向かうバスに乗る。


 車内アナウンスで聞かされるバス会社も路線名も地名も俺にはあまり馴染みがなく、よくよく注意しておかねば、うっかり乗り過ごしそうで不安だ。


 土地勘がない上に、方向音痴の俺にとって、この町は完全アウェー感が半端ない。

 今日は道を覚えるのが得意な『弟』が一緒に行動してくれるから安心だが、もし、俺ひとりだったとしたら、バスを降りてから寺に行き着くまでにいいだけ迷っていることだろう。


(寺がもう少し、分かり易い場所にあればいいものを)

 次のバス停もまったく聞き覚えのないことにため息を吐きつつ、胸中で愚痴る。



 ――ここね、僕が骨を埋める場所だから。宜しく頼むよ。


 今から数ヶ月前、病床にあったクソ親父が俺の顔を見るなりそう告げて寄越した紙片には、俺の知らない寺の住所が書かれていた。


 右上がりでハネが妙に長いその文字を見て、まず思ったのは、クソ親父が初めて俺に寄越した手紙――『弟』の存在と所在地を記したもの――と同じ筆跡だということだ。

 あの時に感じた落胆の理由は、今でも少し説明し難い。クソ親父を愚かと再認識した、と言えばそれまでのような気もするが。


 次に文字列を軽く確認して、指定された寺と墓が"実家(あちら)"で世話になっているものとは違うことに気付いた。

 そこに含まれるいくつかの思惑が咄嗟に浮かんだものの、深く考えるのは止す。考えるだけ面倒くさいから。

 ただ、ひとつだけ疑問に思うことがあった。



(クソ親父はなんで、こんな縁遠い場所にある寺を頼ったんだか)

 ()()が生前、寺のご住職と話をつけて、死後の世話をしてもらうことになったのは聞かされていたが、この土地は別に、アレの故郷でもなければ居住地でもなく、愛人だか内縁の妻だか知らんが、そういうものと関わる場所でもなさそうだが。



(やめよう。不毛なだけだ)

 バスの車窓の向こうに広がる、何一つ感慨の湧かない町並みを眺めながら、クソ親父につまらないだけの思いを馳せるのにいい加減、飽きた。

 それよりもそろそろ気になって仕方がなくなってきたことがあり、『弟』を向く。


「なあ、ひとつ訊きたいことがあるんだが、いいか」

「なに?」

 スマホで調べ物をしているらしき『弟』に声を掛ければ、相手は素直に応じてくれた。


 今乗っているバスには、一ヶ月半前にも『弟』と共に利用したのと同じものだ。

 今日と同じく、駅前で乗り、同じ経路を通って寺最寄りのバス停まで移動していた筈なのに、何一つ景色に見覚えがなかった。

 それどころか、ずっと隣にいたであろう『弟』とどう過ごしたかも覚えがない。


「前回、寺に行くバスの中で、俺は何をしていたっけ?」



 ◇


「前回、寺に行くバスの中で、俺は何をしていたっけ?」


 さっき買ったトウモロコシをどう料理してやろうってスマホで検索していたら、隣でずっと窓の外を眺めていた『兄貴』がこっちを向いて尋ねてきた。


「前回って、初七日したあの日?」

 うん、と頷くから記憶を辿る。

 ちょっと頭を働かせないと思い出せないのは、あの時分は毎日が慌ただしくて、記憶がごっちゃになってたからだ。



「寝てた」

「寝てた?」

「うん。寝てた」

 俺も『兄貴』も寝てた。

 確かにバスの中で寝てた。なんなら爆睡してた。


 だってクソ親父が逝った後ったら、毎日がハードスケジュールよ?

 俺は引っ越しと高校の転入手続きと準備に明け暮れてたし、『兄貴』は引っ越しを含む俺の受け入れ準備だの、クソ親父関係で"あっち"に出向いてまで話をつけたり、諸々の手続きをしに役場を往復してたそうだし。

 俺以上に忙殺されてるのは、見る度に疲弊していく顔で一目瞭然だった。



「寝てた……か?」

 自分から質問したわりに、俺の返答に思い当たる節がないのか、『兄貴』はどっか一点を無意味に見詰めたきり動かない。

 思考回路がショートしてんの? それとも、当時、あまりに忙殺されすぎて記憶が飛んじまったの? 脳に糖分足りてないんじゃね?


「ラムネ食う?」

 答えを待たずに持っていたラムネを一粒、『兄貴』の口に押し込んだ。

「マズ」

 ありゃ? 『兄貴』ラムネ、苦手だった?



 ◆◆


 凝縮された甘い粉が舌の上でほどけて広がる粉っぽさが苦手だ。あと、ラムネのわざとらしいにおいも好きじゃない。

 悶絶するほどではないにしろ、げんなりして眉間の皺を深め、『弟』をジト目で睨む。


「ごめんって。でも、ブドウ糖摂って、頭がすっきりしたんじゃね?」

「してない」


 錠剤を噛むことなく水で流し込み、吐息する。

 座席に背をもたれる拍子に『弟』をチラと見遣れば、ラムネを一粒食べていた。

 二度ほど咀嚼したそれを飲み込み、思考を巡らす為か、目だけで軽く天井を見上げている。


「おいしいか」

「フツー。ラムネの味」

「普通か」

「うん。お! 『兄貴』、あれ見て、ホラ! あの赤と緑のシマシマ屋根のレストラン、地元にもあるヤツだ。ハンバーグが旨い、あの」

「ソースに味噌が入ったハンバーグの? オマエがサラダに掛かったドレッシングをやたらと気に入ってたあの店か」

「それぇ! 姉妹店あったんか。強ぇ」

「強いのか。まあ、人気がなければ増えないか」



 こんなふうに取り留めのない会話をしたり、見慣れぬ町並みを二人で見ている内に思い出す。


 前回、このバスに乗ったとき、俺は確かにクソ親父の後始末で忙殺されて、疲れ果てて眠っていたんだ。

 でも実は、座席に座って最初の十分は寝たふりをしていた。


 今考えると情けない話だが、当時の俺はまだ出会って間もない『弟』相手に少し緊張していて、対面ならともかく、バスの座席という、少し動けば触れてしまいそうな至近距離にいる『弟』に何を、どんな調子て話したものかわからず、狸寝入りをして逃げたのだ。


(馬鹿だよな。コイツは親しみやすい奴だって、最初に会ったときから知っていたのに)



 できることなら、一ヶ月半前の俺に教えてやりたい。

 今、オマエの隣にいる少年は、わりとどんな話でもそれなりに乗ってくれる。それに、こちらが黙り込んだとて、コイツは気にした風もなく、気ままに過ごしてくれるぞ、と。

 今だってホラ、好きなハンバーグ店の話をしていたと思ったら、話題が脱線して、さっき買ったトウモロコシをどう食べるかの協議が始まったし。


 ――仕様もない。


 六週間前の俺なら、そう思うだろうな。

 だが、取り留めのない話も存外悪くないんだ。

 『弟』と話をするのは勿論楽しいが、利点はそれだけじゃない。

 これから四十九日を執り行うにあたりのし掛かってくる、施主としての責務やら"あちら"への憂いに思い悩む隙が、『弟』と話す内にみるみる減っていくのだから。

 隙あらば無駄なことばかり考える俺にとって、『弟』の存在はどこまでも頼もしいものなんだ。



 ◇◇


 ラムネの味を流すように水を二口飲む『兄貴』に、イタズラっぽくニヒヒと笑う。


(ラムネ食って、そんなマズイ顔するもん?)

 『兄貴』に食わせたのと同じラムネを口に放り込んでみたけど、やっぱり変顔になるほどマズイもんじゃないんだよな。

 俺と『兄貴』の味覚の違いだ。

 人との味覚の違いを発見するのって、ちょっと面白いよな。相手のことがまたひとつ、わかったみたいで嬉しいし。



(それにしても、お互いに慣れたよな)

 躊躇なく食べ物を手ずから食べさせたり食べたり、苦手なものを変に隠すことなく素直に伝えたり、ちょっとした時間に共通の話題で盛り上がったり。

 それって、前に同じバスに乗ったときにはできなかったことだもん。


 本人は覚えてないっぽいけど、クソ親父の初七日をしたときの『兄貴』は、端から見てもわかるくらい緊張してた。

 顔は強張り、口数は極端に少ない。バスに乗るなりすぐ腕を組んで目を閉じたわりになかなか寝付けてないのが、隣に座っていてわかった。

 だってなあ。肩と組んだ腕はガッチガチに固まってんのに、脚は落ち着きなく揺れてるんだもん。緊張モロバレよ。



 ――法事の施主って、そんなに重圧感じるものだっけ?


 ――俺たち以外は誰も出席しない法事だとしても、『兄貴』にとって施主を務めるってことは、酷く緊張するもんなんだろうな。

   なんたって、血の繋がった『弟』ってだけで、クソ親父がヨソでこさえた、よくわかんねえガキを引き取って面倒見るくらい、責任感の強いひとだし。


 隣の席でひっそりと緊張している『兄貴』を横目で見やって気に掛けて。

 けど、俺みたいな年端も行かないガキが掛ける言葉なんて、大人の『兄貴』にはなんの気休めにもならんかと、相手の緊張に気付かぬ振りをするしかできなかった。


 ――もしも、今、『兄貴』が起きてたとしても、お互いに気軽に話せる雰囲気じゃないなら、俺も寝てるのが正解かもな。


 頼りない『弟』で悪い、と胸中で『兄貴』に謝り、日頃の疲れとバスの揺れに身を任せて眠ったあの日。

 あの日の俺に教えてやりたい。


 『兄貴』には別に、何を気負うことなく話し掛けてもいいんだぞって。なんなら、じゃれついたって構わない。

 下手な応援とか気休めをするよりも、いつも通りに他愛ない話をすればホラ、緊張はしてるけど、あの日よりも断然、リラックスできてるじゃないか。



「お? 『兄貴』、次で降りるんじゃね?」

 車内アナウンスで伝えられたバス停と車窓から見る景色には覚えがあった。

「本当だ。降りる準備をしよう」


 俺の声で車内の電光掲示板を確認した『兄貴』の顔がにわかに引き締まる。

「気張りすぎんなって」

 降車ボタンを押して、そわそわとバッグを持つ『兄貴』の腕を軽く叩く。


 どう見たって浮き足立っている相手は、腕に受けた衝撃で我に返ったようだ。

「オマエがいると頼もしいな」

 きごちなく浮かべられた苦笑に、こっちはニッカリと笑顔を向けてやった。

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