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ひとりじゃなくふたり  作者: 三山 千日
七週間後の憂鬱

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28/52

休みなのに早起きして、休みなのに制服姿 

更新時間が随分と遅くなってしまい、すみません。


※今回は毒親(親族)の話題が出てきます。

 それらの要素が苦手な方は自己責任のもと、閲覧のご判断をお願いいたします。

 尚、その上で本作においてご気分を害されましても、当方は責任を負いかねますのでご了承くださいますようお願います。

 ◆


 ()()はもう七週間前から決まっていたことだった。


 この国で古くから続く慣習であり、義理として執り行わねばならない、ある種のけじめ。

 本来であればそうなる筈であった、"あちら(本家)"のしきたりに従っていたらば、もうこれでもかと言うほど手が掛かるものであったろう。

 だがしかし、核たる人物が()()()()()()()()()()為に、"あちら"の人間の意向で簡易化されたのは、施主を一任された俺にとっては有り難い限りであった。


(そう。楽は楽である筈なんだがなぁ)

 それでもなお()()を面倒だと思うのはやはり、今日という日において、核たる人物――つまりは父親のことを俺が微塵も慕っていないからだろう。



 ◇


 それはわりと前から決まっていた。少なくとも、こっちに越してから交わしたどの約束よりも先に決まっていた予定だ。


 でも、俺にとっちゃ、『兄貴』やダチや先生や知り合いとの約束に比べると、どうしても面倒で面白みのない予定だった。



 ◆◆


 休日なのに朝一で起きて、ガーメントバッグを手に居間へ向かう。

「おはよーさん……およ?」

 味噌汁の匂いが漂う台所からの声に振り向けば、制服姿の『弟』が怪訝そうにこちらを見ていた。


「『兄貴』、喪服じゃねーの?」

「暑いのに一日中、あんな抹香臭い格好でいたくない」

「あーね。喪服、暑そうだもんな。じゃあ、駅かどっかで着替えんのね。……よっと!」

 唐突に上がった小さな掛け声に、すかさず台所を覗く。

「お!」

 『弟』の手許、持っていた玉子焼き器の中で、彩り鮮やかな黄色い玉子焼きが危なげなくクルリと返される。

「お見事」

「どーもどーも」


 玉子焼き器の隅で玉子焼きの形を整えながら笑う『弟』は、普段と変わらない。

 出勤前とはまた違う、今日という特別で、どうにもこうにも面倒くさい日に、いつも通り朗らかに過ごす『弟』の姿は、一種の清涼剤であった。


「さーて、朝メシもできたし、これ食ってとっとと出掛けようぜ。我らが親父殿の四十九日にさ」



 七月某日、本日はクソ親父の四十九日である。



 ◇◇


 休みなのに制服を着て、普段の通勤通学時間に玄関にいることの不思議。


「『兄貴』、いつもの通勤カバンじゃねーけど、財布とか持った?」

「バッグに移し替えた。数珠は持ったな」

「応。んじゃ、行きますか」

 『兄弟』揃って、出掛けるからと特別張り切るでもなく、テンション低めに家を出る。



 本日の空はちょっとだけ雲が出て、気温はまだ朝だってのに、ちょっと暑い。

 駅までの道を歩きながら休日の朝の町並みを観察してみる。

 いつもの通学中に見る景色とちょっと違って見えるのは、道行く人が少ないのと、どの人も私服だからかな。なんとなく全体的に穏やかで緩い感じだ。


 民家やアパートのベランダで洗濯物を干す人、まだカーテンの閉まってる窓、どこからか漂う味噌汁やコーヒーの匂い、散歩をする夫婦、ジョギングをするお兄さん、部活に向かう体操服姿の学生たち。


 夏の休日、まだ比較的涼しい朝に外出するのも、結構いいもんかもしれない。



 ◆◆◆


 平日よりは乗客の少ない、休日朝の電車。

 車内は相変わらず冷房がよく効いていて、普段はあまり公共交通機関を使用しない『弟』は、その涼しさに目を丸くする。

「なんだろ。おでんとまではいかんけど、できたてのホットドッグかアメリカンドッグが食いたい気分」

 つまり、少し寒いらしい。


「上着を貸そう」

「や、いいよ。その内、慣れるだろ。それよりさ――」

 『弟』は鳥肌が立つ腕を軽くさすりながら、モゴモゴと躊躇いがちに俺を窺う。

「今日の法事のことだけど……」


 何やら訊ねようとした相手はだが、はたと口を閉ざし、辺りに視線を巡らした。

 どうやら、車内の乗客の耳に入れるには憚られる内容のようだ。おもむろに俺に身を寄せ、神妙な面持ちで口に手を当てる。



「今日の寺での法要、参るのは俺たちだけなんだよな?」

 抑えられた声でヒソヒソと訊ねられ、俺は少し間をおいてからぎこちなく頷く。

「そう……と思う」

「思うって、まだ未確定なん?」

 俺の曖昧な返答に、『弟』が呆れ声を上げた。


 『弟』が呆れるのはごもっとも。

 法事の施主は俺、寺に法要の依頼等を手配したのも俺、"あちら"ことクソ親父の製造元に法事の案内をしたのも俺だ。

 それなのに、肝心の法事当日になっても俺達以外の参列者の有無を把握できていないのだから、情けない話である。


「日程も、法要を寺で執り行うことも、その他の要項も"あちら"に一応、伝えてはいるんだ」

 座席の背もたれに体を預け、チノパンのポケットから取り出したスマートフォンに視線を落とす。

 新着の報せはあるが、内容は熱中症警戒アラートのみだ。


「出欠の返事がねーの?」

 俺に上体を向ける『弟』に、首を横に振る。

「あった。電話で法事の案内をした時から『参らない』の一点張りだった」



 実のところ、"あちら"の面々が法事に列席する意思がない旨は、クソ親父の死後間もなく、俺に通夜葬式の喪主及び法事の施主を一任された時から伝えられてはいた。

 ――本家(こちら)は既にお前の父親との縁を切っている。こちらに家の者でない人間の面倒を見る義理はないのだ。葬儀と法要はお前が担え――と言い添えた上で。


(まったく。毎度、都合のいいことで)

 俺が"あちら"にいた時は、クソ親父との血の繋がりはあれど断固として認知しなかったというのに、クソ親父が"あちら"にとって鼻つまみ者になると途端に、今度は血の繋がりで以て俺に親子関係を押し付けるのだから、随分と勝手な話である。


(だがまあ、そのおかげで楽できたのも事実だがな)

 クソ親父が"あちら"と絶縁関係になければ、その葬儀も法要も"あちら"が執り行うということで、相当ご大層なものになっていただろう。

 その際に負うことになったであろう面倒を思えばこそ、実際に執り行う予定の簡素なまでの法事は、俺からすれば断然、気楽なものであった。


(それに、クソ親父との親子関係を血の繋がりで強調されたのは俺だけではないようだし)

 ふと顧みるのは、クソ親父の通夜の晩のこと。

 フォーマルワンピースを着た老齢の――今でも祖母と呼んで良いものかはわからない――女性にこっそりと渡された包みの重さと、それを持たされたときに触れた手の冷たさだ。



「『兄貴』?」

 会話の途中、ぼんやりと物思いに耽る俺を『弟』が少し心配そうに窺う。

「すまない。少し、車内の冷えが気になっただけだ」

 冷房で冷えた肌のせいで、あの日の彼女の手を思い出した、ただそれだけ。


「本日の四十九日法要の参列者は、俺とオマエの二名と思ってくれ……だがなぁ……」

 『弟』には()()、そう告げはしたものの、それでも弱腰の言葉が口を衝く。


 俺の迷いに呼応するように、『弟』が訝しげに眉を顰めた。



 ◇◇◇


「だがなぁ……」

 そう呟いたきり『兄貴』は黙り込んだ。

 粗方、クソ親父の四十九日法要の案内を"あっち"に知らせた時のことを思い出しているのだろう。

 手の中のスマホをちょっと弄っては、チラとだけ視線を落とすその様は、誰かの連絡を待っているかのようだ。


(面倒くせぇってツラしてんな)

 半眼でほんのちょっと下唇を突き出し、時折、眉を顰める。

 『兄貴』がこんな顔をするのは、予め残業が決まっている日の朝とか、クソ親父だか"あっち(本家)"関連の用事ができたときか。

(あー、あと、玄関を開けて、カンカン照りの外を見たときもだな)


 本人は俺に気ぃ使ってか、不満とか弱音を口には出さないけど、顔にはわりと出ちまってんの。

 多分、このひと、俺より隠し事ができないんじゃねーか?



(んで、問題は『兄貴』が今、そーゆーツラをしてるってことなんよ)

 法事当日の、列席者の確認をしているこのときに、面倒この上ないって顔すんのはどうなん?


(確か、俺たち以外で法事に参る可能性があるのって"あっち"側の人間だけだったよな)

 それは前に『兄貴』から聞いてる。

(そんで、その人らが『参らない』っつってんなら、列席者は施主の『兄貴』と俺だけで確定じゃん)

 なのになんで、『兄貴』が妙に煮え切らない様子なのかが謎なワケ。



(もしも、俺が法事の施主……いや、今の『兄貴』の立場なら)

 『兄貴』とその手の中のスマホをチラ見してから、腕を組んで考える。


 ――一体、どういう状況だと、ほぼ確定しているような列席者の出欠に、確信を持てなくなるのか。


(短絡的に考えりゃ、"あっち"の返事が当てにならんってことだよな。えー、それってつまり、参らんっつったハズの"あっち"の人間が、ひょっとすると来るかもしれんってことか)


 気まぐれか、嫌がらせか、それとも他に事情があるのかは定かでないが、土壇場で欠席の意向を覆す可能性がなきにしもあらず。

 そして"あっち"側の誰かは知らんが、急遽、列席を決めたにせよ、それを施主である『兄貴』に伝えるような人間ではないと、『兄貴』は踏んでいるんじゃないか。

 その不確定要素が『兄貴』に小難しいツラをさせているのかもしれない。


(誰が法事に参るのも構わねーんだけど、連絡もなくいきなりは流石にないわな。なんだろ? 嫌がらせ?)



「なあ、"あっち"の人ら、クソ親父(あのロクデナシ)に恨みでもあんの? それとも、その血を引く俺らが気に食わんとか?」

 やたらと冷えた空調のせいでじっとりと曇った窓ガラスの向こう、地名も知らない街並みを眺めつつ『兄貴』に問う。


(やっぱあ、この電車の冷房、寒すぎじゃねえ?)

 空調の近くにいるからか、冷えた腕にまたしても鳥肌が立つのを感じていると、『兄貴』がおもむろに上体を起こす。


「さあな」

 やけに冷めた声で返した『兄貴』が、スマートに上着を脱いで、俺に差し出した。

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