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ひとりじゃなくふたり  作者: 三山 千日
馴染みつつある日常

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26/51

帰り道と晩ごはん

ご無沙汰しておりました、三山です。

私ごとが立て込んでいたことで、2024年3月12日以降の更新が滞っており、最新話を楽しみにしてくださった読者さまをお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。

この頁に気付いて、読んでくださる方はありがとうございます。

(久々の更新は本編の続きになります。)

 ◇


 雨の中、傘を並べて『兄貴』と帰る。

 小っちぇー子どもじゃないんだから、夜道にいちいち怖がりゃしない。怖がりゃしないが、行きとまったく同じ道でも『兄貴』と二人なら、寂しいとか心細さはちっとも感じないんだ。


(それってやっぱ、一人の夜道にビビってたんじゃん)

 ダセェな、俺。



 ◆


 終バスを逃すような残業後はいつも、駅からの帰り道がとてつもなく長く感じられた。こんな雨の日なんて、なおさらに。だが――


「そんで、その商店街に精肉店があってさ。そこがまた、うまそうな揚げ物がたくさんあんだよ」

「その調子だと、何か買ったな」

「わかる?」

「うまかった、と顔に出てる」

「俺、そんなに顔に出やすい?」

「まあな」


 『弟』と歩くと、どんなに長い道も不思議と短く感じられるし、一人で歩くより楽しい。

 そして、どうやら相手も似たようなことを感じているようだ。


「えっ、もうこの交差点」

「どうした」

「ここって、ウチと駅のほぼ中間だろ? 行きはここまで来るのにえらく時間がかかった気がしたのに、帰り道はもうここに着いたんかって気分」

「そうだな」


 同じことを俺も感じていたよ。

 ただし、俺は往路ではなく、一人で歩く帰路と比べたけれど。

 ひとりじゃなくふたりなら、この夜道も苦ではない。



 ◇◇


 暗い夜道を『兄貴』と二人、しゃべりながら帰っていると、あっという間にウチに着いた。

 雨に濡れた『兄貴』をとっとと風呂場に押し込み、俺はカップ麺用のお湯を沸かしに台所へ直行する。

 『兄貴』はただでさえ遅い晩メシなんだ。風呂から上がったらすぐにでもメシにありつけるように用意してやりたい。


「うっわ、さすがデカ盛り。何回かお湯沸かさんとー……って」

 調理台を占拠する大きさのカップ焼きそばと『兄貴』の晩メシらしいカップ麺、それとウチの小さめの電気ポットを見比べて、うん、と頷く。

(お湯、必要量沸かすのにどんだけの時間が掛かんのっつーハナシ)


 取りあえず、『兄貴』のカップ麺のお湯は先に作るとして、問題はカップ焼きそばだ。

 ウチのポットはそんなにたくさんのお湯を沸かせないし、水筒もない。だから、お湯が必要量に達するまで何度か沸かすことになるし、先にできたお湯は直でカップ焼きそばに注がにゃならんワケ。

 でもさあ、それをしたら――

(麺の硬さにムラができねえ?)


 全量のお湯を何回かに分けてカップに注いでたら、出来上がる頃には先にお湯に浸ってた分の麺が伸びちまうわ。

 麺が伸びて、味と食感はそのままにただ量が倍増するなら嬉しいけど、そうはいかないしな。

(普通の硬さの麺とフニャフニャな麺が混ざってるとか、マズそう)


「うん、ポットだけじゃ駄目だ。やかんも出そ」

 いやー、ただお湯沸かすだけでも只では済まんとか、ワクワクさせるじゃん、この焼きそば。



 ◆◆


 やっと家に帰り着いたと思ったら、『弟』に風呂場に押し込まれた。


「疲れてる上に雨に濡れたんだ。風邪ひかんようにしっかり温まんなよ」

 そう言い残して風呂場から遠ざかる『弟』の足音を聞きながら、つい笑んでしまう。

(世話焼きめ)

 胸中で呟くも、悪い気はしない。寧ろ、嬉しかった。


 俺の体を心配してくれる人がいる。

 『弟』と暮らし始めてからその優しさに度々触れるようになった。ひとりの間、触れることのなかった思いやりを向けられるのは、嬉しくもありむず痒くもある。



 気を取り直してコックを捻れば、シャワーからぬるい水が出た。シャワー内に残った湯が夏の室温でぬるいまま保たれていたのだ。

 いつもならその絶妙なぬるさに眉を顰めるが、今はそのぬるさに苦笑してしまう。

 今触れた『弟』の優しさに温度があるならば、これよりももう少し温かいのかもしれない。



 ◇◇◇


 台所では電気ポットとやかんの湯沸かし音、浴室からはシャワーの音――それぞれの音を聞きながら、俺は調理台の前でうなだれ、一人反省会をしていた。


(やっぱ、帰り道の俺、ハシャぎすぎ)

 『兄貴』を迎えに一人で夜道を歩く心細さ、『兄貴』の姿を色んな人と見間違えたり重ねちまった気まずさ、説教されて反省したりで、ちょい気落ちして。

 でも、あからさまに落ち込んでるの見せたら、『兄貴』にいらん心配をさせちまう。だから、なんとか取り繕おうとした時に、タイミング良くネタでしかないサイズのカップ焼きそばをおやつに貰ったもんだからテンションがおかしくなっちまった。


「いや、恥ずぅ。変にハシャぐ俺、ヤバー、キモー」

 晩メシがカップ麺だけじゃ栄養偏るからって、作り置きのキンピラとゴマ和えを少しずつ皿に載せながら、極々小さな声で呻いた。


(あの時の『兄貴』からは特に呆れた様子はなかったよなあ?)

 お土産の存在に大騒ぎしたり、夜道でしゃべりっぱなしの俺に微笑んで頷いたり、たまにからかわれたりしたけど、どん引きしてる感じはなかったように思うし、そうであってくれと思いたい。


 俺が反省と気恥ずかしさで呻く隣で、「どんまい」と言わんばかりにやかんがピーッと音を立てた。



 ◆◆◆


 降り注ぐシャワーの湯が一日の疲れを流していく。

 雨とシャワー、濡れるのは同じなのに心地よさは天と地の差だ。


 排水溝へと流れていく石鹸の泡をそれとなく眺めてから目を閉じる。

(今日は本当に色々あったな)

 イレギュラーな仕事で疲れたけれど、帰りに寄ったコンビニで『弟』の姿を見た時と帰り道でのおしゃべりで、疲労が少し飛んでいった気がする。

 シャワー効果で更に疲れは癒やされ、食事をしようという気も湧いてきた。


 こんなこと、ひとりの時ではなかったんじゃないだろうか。

 極限まで疲れて眠くて、ようよう帰り着いた部屋で倒れるように眠りに就く。朝は遅刻するギリギリになって起き出して、コンビニでテキトーに買った食糧を口に放って会社へ向かう。

 そこに癒やし要素は皆無で、ただ仕事に明け暮れる為に生きているような感覚だった。

 こうして過去を振り返るだけで疲れてしまいそうだ。なんて、疲れる生き方をしていたのだろう。


(今は前に比べると、随分と楽だ。息をし易くなったというか)

 仕事の業務自体は変わらない。それなのに、『弟』がここに来る以前と比べると、今は生活面も心身にも多少のゆとりが持てているのがわかる。変われば変わるものだ。

 勿論、今の生活が成り立っているのは『弟』の頑張りのおかげだ。

 その『弟』と巡り会うきっかけをくれたのがあのクソ親父というのが解せないが、悔しいかなそこだけは感謝してやろう。 



 風呂場を出て、寝間着を着、脱衣場を後にすると、台所からカップ麺とカップ焼きそばの匂いが漂ってきた。

「本当に焼きそばを作ったのか」

 居間の食卓の中央には、菜箸が刺さったバケツサイズの焼きそばと俺のカップ麺が鎮座し、『弟』が平皿を二枚持ってくる。


「他のおかずも食ってな」

 カップ焼きそばの脇にはキンピラとゴマ和えがちょこんと添えられていた。

「この時間帯に食べるには些か暴力的な量だな」

「買った本人がそれ言う?」

 フハッと笑った『弟』がおもむろに席に就く。そうして、夜分遅くの暴食な晩ごはんが始まったのだった。



 ◇◇◇◇


 わかっちゃいたさ。わかっちゃいたけど、夜中に食う量じゃねーのよ。

 カップ麺食べた後の『兄貴』なんか、ほら、焼きそばを一口食べたきりよ。カップ麺の汁は飲まず、キンピラとゴマ和えを食べながら俺のカップ焼きそば攻略の応援をしてる。

 応援されてる側の俺はといえば、やっとこ容器の三分の一くらいに減った焼きそばの量をぼんやり眺めて過ごしていた。


(量はなんとかなりそうだけど、まさか味に飽きるとは思わなんだ)

 ソース味のものはしばらく食いたくないかも。麺類もしばらくは見なくていいかな。



「もー、応援してないで『兄貴』も食ってよ」

「血糖値と塩分が怖い」

「その若さでそこ気にするの、ちょっと早くね?」

「健康は一日にしてならずだからな。オマエも無理はするなよ」

 副菜を平らげた『兄貴』は、空けた食器を片すべく台所へと向かう。


「んー、残りは明日の弁当にしようか」

 リタイアの文字がチラついた時、『兄貴』が戻ってきて食卓に何かを置く。発泡酒とグラスと紅しょうがだ。

「弁当のおかずに回してもいいが、あと少しだしな」

「血糖値と塩分は?」

「今日くらいは大目に見るさ。それより」


 ――しょっぱいものは飽きてきたから、明日は甘味をお土産に持って帰ろう。

 グラスに注いだ発泡酒を一口、取り皿に盛った焼きそばと紅しょうがを食べて告げた『兄貴』に、俺は思わず頷いた。



 ◆◆◆◆


 久し振りに食べたカップ麺とカップ焼きそばは懐かしい味ではあったが、同時に飽き易さも昔のまま変わらない。『弟』が作った惣菜で口直しをしなければ、この二品を立て続けに食べようとも思わなかっただろう。

 学生時代ほど頑丈ではない胃にのし掛かる重さに、軽くため息を吐く。


(昼もこんな感じだったな)

 昼休み、『弟』作の弁当を胃に収めた時のことを思い出した。

 さっきよりは減ったカップ焼きそばと『弟』を前に意を決して、恐る恐る声を上げる。


「オマエが作ってくれる弁当だがな」

「何? おかずのリクエスト?」

 どうして『弟』は、互いにカップ焼きそばを見るのもうんざりするような満腹のこのタイミングで、俺が翌昼のお弁当の献立の要望をすると思ったのだろう。


「要望といえば要望だ。弁当の量は今日の半分でいいぞ。あと、肉ももう少し控えてくれて大丈夫だ」

「え、少な。それで晩メシまでもつん?」

「充分に」

 今の半分の量の弁当(肉控えめ)を想像したらしい『弟』が納得いかない顔なのはやはり、成長期で動こうが止まろうがとにかく腹が減る若さ故か。


「食費が心配とか?」

「そこは問題ない。だから、オマエは遠慮してくれるなよ」

「体のどっか悪いとか?」

「定期的な健康診断も今のところ、問題ない」

 寧ろ、食生活と生活態度が改善した分、一人暮らしの時よりも健康状態は良好なのではないか。

「ただ、何事も腹八分目が丁度いいということだ」

「あの半分で腹八分目?」

 いや、そんなショックを受けたような顔をされてもな。

「腹八分目???」


 『弟』は理解できないという様子で復唱し、ともすればいつまでも食べていそうな大食漢が医師から粗食と節制を言い渡された瞬間のような、わずかな絶望を含んだ虚無顔で放心している。……別に、自分が節制を命じられたわけではないのに。


(というか、放心しながらも食べてるオマエの胃に、兄ちゃんは驚愕しているぞ)

 呆然としつつ紅生姜マシマシの焼きそばを今も口に運び続けている『弟』に、若干の恐ろしささえ感じる。

 十代の育ち盛りの胃の容量と丈夫さは一体、どうなっているんだろうか。こっちの方が目を疑う光景なんだが。


「弁当の量は半分。よろしく頼みます」

「ベントー、ハンブン。えー、とりあえず、かしこまりました」

 念入りに頼み込めば、カタコトで復唱した『弟』が心配そうではあるものの、なんとか頷く。

「足りなかったらちゃんと言ってな」

 ――それは絶対に大丈夫。

 その返事はグッと堪え、おとなしくウンウンと頷くに留めたのだった。

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※このページにブックマークをはさんでおくと、次回の本編最新話の更新以降、本文上下にある『次へ 〉』から本編の続きへスムーズに行くことができます。

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