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ひとりじゃなくふたり  作者: 三山 千日
馴染みつつある日常

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25/51

雨夜の町と見えたもの

 ◆


 南無三、と駅の軒下から雨の中へと駆け出……すも、濡れた地面を二歩踏んだところで、慌てて待ったを掛けた。

 駅の軒先から出た瞬間、体のいたる所に落ちた雨粒が髪と服を瞬く間に濡らしていく。予想以上に速い浸食を肌で感じ、落胆する。

(思いの外、濡れる)


 なるべく雨に当たらず済むよう軒下やアーケード下を通り、野天は駆け抜ければそこまで濡れずに済むだろうとの計画はどうやら甘かったようだ。

 実際に雨に当たってわかったが、雨粒は大きく、風の影響で斜めに降っている。これでは外にいる限り雨に当たってしまうし、雨の中を突っ切ろうものなら、たちまち全身ずぶ濡れになること間違いなしだ。


(少し濡れるくらいなら構わないが……)

 一瞬、"残業疲れでヨレヨレな上に、濡れ鼠となった冴えないサラリーマン"という情けない様相の自分のイメージが瞼に浮かび、再び軒下へと後退した。



 ◇


 雨降りの夜の道。

 靴底がアスファルトの水たまりを踏み、水滴を撥ね上げる。ピチョリ、と水が撥ねる音と感触がいつもよりもよく感じるのはなんでだろ?

 暗がりで視覚が悪い分、聴覚と触覚が敏感になってんのかな?


(暗い。静かだ)

 昼とは明らかに違う、夜の帳が下りた風景と静寂の中を歩いていると、自分だけがこの世界の住人になったような心許なさを感じた。

 静かといっても雨音と自分の足音は聞こえる。でも、この夜の静かな町にふたつきりの音が、余計に寂しさを強調させた。

 時々、脇の車道を車や単車が駆け抜けていくけど、そのうるさいくらいに大きな走行音は数秒もしないうちに静寂の向こうへと去っていく。後に残るのは相変わらずの静寂だ。


(『兄貴』はいつもこんな寂しい所を歩いて帰ってるのか)

 少し前まではほぼ毎日、俺と暮らすようになってからは週に何度かになったとはいえ、それでもやっぱりこんなに暗い道を帰る『兄貴』は、物騒とか不安を感じないのかな?



(てか、駅遠いし。夜になって道が伸びたんじゃね?)

 や、モチロン、道が伸びるわけないのはわかってるけどさ。

 『兄貴』がいつも会社からの帰りに使うバスがとうに終わっちまってるのは、ウチに近いバス停で確認済み。バスがないなら電車で帰るだろ、と駅に向かっているのはいいが、なかなか着かねー。


 ウチから駅までのルートはいつも同じ。アパートのある小路から大通りに出て、そこからはほぼ一直線。道に迷いようも間違えようもないし、遠回りした覚えもない。

 その間に信号はいくつかあって、何回か引っ掛かりはしたけど、待ち時間なんて高が知れてる。それなのに、日中よりも倍くらいの時間がかかっているような気がする、そんな深夜の駅前通り。


(なるほど、『兄貴』がバス通勤を選ぶはずだ)

 それでも、今日みたく終バスを過ぎるくらい遅い残業のときは電車で帰らざるを得ないけど。

 仕事が終わったと思ったら、帰りに待ち受けるのがこの暗くて長い道なんて、ちょっと大変かも。



 ◆◆


 敢えなく戻った軒下から雨雲に覆われた空を仰ぐ。雨に辟易としながら想像するのは、傘なしで帰宅した場合の『弟』の反応だ。

(ずぶ濡れの『兄』()を見て、『弟』(アイツ)はどう感じるだろう)

 なお、俺の帰宅時に『弟』はまだ起きているか、寝ていたが俺の帰宅に気付いて起き出してきたものとする。

 実際は『弟』が寝たままでもまったく構わないのだが、もしもの場合の想定だ。


 『弟』は愛想が良くてノリも良いから、雨でびしょ濡れの俺を見て「ヒュー! 水の滴る良い男!」くらいの茶化しはしそうだ。それくらいの冗談はかわいいものだから、なんとも思わんが。

 しかし、非常に優しくもあるから、心配もちゃんとしてくれるかもしれない。

(ただ、表面でそう見えても、内心どう思うかはさっぱりわからん)


 少し前に俺の残業事情を話したところ、『弟』に不安そうな顔でどん引きされたことがある。その際にひっそりと「社畜じゃん」と相手が呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

 もし、このまま濡れて帰った姿を『弟』に見られたら、アイツの中で俺は完全に"残業で精も根も尽き果て、雨の夜道を濡れながら帰ってきた哀れな社畜"と思われるのではないか。

(いや、無理だ。兄の沽券に関わるし、何よりアイツに格好悪い姿を見せたくない)



 勢いよく顔を上げ、最寄りのコンビニの明かりを探す。

 あった! ここから二時の方角。ロータリーを迂回することになるが、ここから全力で走れば、雨の被害はそこまで酷くないはず。


 意を決して雨の中へと駆け出す。運動神経は悪くないと思うが、運動不足の自覚がある社会人にとっては、なかなか厳しい全力疾走だ。

(し、しんど……)

 走ったおかげで、水たまりを踏みまくった足以外はそこまで派手には濡れなかった。

 だが、コンビニの入り口付近で荒い息をして、時に激しく噎せる不審者と化してしまったのは言うまでもない。



 ◇◇


「おー、やっと着いた」

 道沿いに並ぶ小さな街灯以外は、民家だけでなくほとんどの店が明かりを落とした真っ暗な町の中、そこだけポツンと明かるい駅を遠目で見つけた。

 さ迷える船乗りが夜の海上で、道しるべとなる北極星とか灯台を見つけたみたいな安心感って、こんな感じかもしれない。


(『兄貴』、いるかな)

 地方の小さな駅だから、離れた所からでも開放された構内を大方窺える。

 駅前ロータリーの向こう、階段の上に建つ駅のまわりや構内に人の姿は何人か確認できるけど、『兄貴』っぽい人はいない。

(まだ仕事頑張ってんのかな)

 大通りから駅に向かう間もまた新しい電車が一本、駅に着いたけれど、それにも『兄貴』はいないようだ。


(どう考えたって、この時間なら電車で帰るよな)

 バスがないからと言って、歩いて帰るわけでなし。……いや、歩いたっていいけど、ウチと会社とのケッコーな距離を考えたら、まずないだろ。

(待てよ。タクシーかもしれん)

 けど、それだって、ここに来るまでに見掛けてもいいようなもんだが、実際は見てないし。

 さて、どうしたもんか。

(とりあえずコンビニにでも寄ってみっか)



 ◆◆◆


 呼吸が整ったところで入店し、真っ先に傘を手に取る。ついでに晩ごはん用にラーメンも買うことにしよう。

 コンビニはよく利用するが、カップ麺コーナーを見るのは久し振りだ。


(今日は醤油にするか。魚介、鶏ガラ、醤油味だけでも色々あるな)

 いつもカップ麺を買うスーパーやドラッグストアとはまた少し違う品揃えに、つい次から次へと目移りしてしまう。

(袋麺も捨てがたい……うわ、なんだこれ)

 棚を埋める豊富な品数のカップ麺や棚の隅にこじんまりと並ぶスタンダードな袋麺、どれにしようか迷っていると、小包とか手桶くらいのサイズのカップ麺を見つけて、ギョッとする。


(この見覚えのあるパッケージはまさか、焼きそば? 焼きそばなのか、これ)

 冗談としか思えない大きさのそれは、昔からよく食べていたカップ焼きそばの大容量版だった。

(久しく食べてなかったし、懐かしいは懐かしいが、俺の知ってるカップ焼きそばのサイズじゃないな)

 既知のものはこれの半分もなかった筈だ。非常食用だとしても、まずこの量のカップ麺を作る湯を沸かすだけで骨が折れそうである。

 某メーカーの商品開発部とマーケティング部門は何を思ってこのサイズを売り出そうと決めたのか。バグでも発生したとしか思えない。


「フハッ! フッ」

 最初は茫然と。だが、見る間にそのバケモノサイズの有り得なさがおかしくなってきて、とうとう吹き出してしまった。

「ククッ。これはアイツがはしゃぎそうだな」

 この、正気とは思えない量のカップ焼きそばを見て、『弟』ならどんな反応を見せるだろうかが無性に気になる。



 今も家で留守番をしてくれている『弟』。

 留守番をして寂しくて泣くような年頃でも性格でもなさそうだし、案外、部屋で一人のびのびと過ごしているかもしれないが、それでも夜中まで一人でいさせたことが少し申し訳ない。

 今日は元々、『弟』にお土産を買って帰るつもりだった。残業のせいでほとんど諦めていたが、少し予定を変えようではないか。

(ご馳走ではなく、喜びそうなものに変更だ)


 傘の持ち手を引っ掛けた腕でカップ焼きそばを抱え、その上に、結局自分の中で定番のブランドのカップ麺を載せて、レジに向かった。



 ◇◇◇


 駅ではなく、ロータリーの傍らにあるコンビニに寄る気になったのは、そこに『兄貴』が寄りそうな気がしたからだ。

 雨が降るから傘買って、ついでにメシも買うってんなら、コンビニが妥当だろ。……ここじゃなくて、会社付近の店で買ってるかもしれないけども。


 ロータリーに差し掛かると、視線を正面にある駅から反時計回りに移した。

(こっちの方が大通りより真っ暗じゃん)

 駅以外の風景が暗くてよく見えない。街灯のある駅前駐車場兼駐輪場と線路沿いの道は辛うじて見えるけど、駅周辺にあるはずのオフィスビルだの住宅街だのはすっかり闇に飲まれてる。


 駅前とロータリーを除き、町中に車の通りはなく、そこいらの住人のほとんどはもう寝ちまったんだろう。

 どこまでも暗く静かな町。その光景はまるで、"夜"って名前の化け物の腹の中に町ごとまるっと収まりきって、消化を待っているみたいに思えた。寂しいというよりも、薄ら寒い。

 高校生にもなって、真っ暗で怖いなんて思わないにしても、好んで立ち寄りたいとは思えない光景だ。



 真っ暗な町並みから目を逸らすように頭を更に巡らせると、ロータリー沿いに建てられた雑居ビルと光が視界に入る。ビルの一階部分に店舗を設けたコンビニが、煌々と光を放っていた。

(うーわ。コンビニって、昼間は町の風景に溶け込んでるクセに、夜になると主張が激しいのな。眩しすぎて目ェ痛いわ)

 店舗の壁一面にはめ込まれた大きなガラス窓から店内の明かりが漏れているから、真っ暗なこの辺りでは目立つったらない。店が放つ光の目映さは、夜道を歩いて暗がりに慣れた目には少々堪える。


(『兄貴』、いるかなー)

 眩しさに堪えるべく目を細めた状態で店内を探りつつ、コンビニへと向かう。

 傍目からは、今から強盗を決行すべく店にガンつけて迫る非行少年っぽく見えてるかもしれないな、俺。

 非行少年じゃないです、無害な学生でーす、と胸中で唱えながら、店内にいるかどうかもわからない『兄貴』の姿を外から探す。


 暗い外から見た、眩しいくらいに明るい店内。雨と店内外の温度差のせいか、大きな窓は結露で濡れて、中が見えにくい。

(んー、人いるな)

 窓付近のコピー機やら機械が邪魔で、ここからだと白いシャツを着た背中しか見えないけど、背格好から推測するに男性客が一人、レジ前にいた。


 仕事帰りの人かな。カウンターに長い棒――傘っぽい――と他の品物を置くその姿に、どこか見覚えがある。

(なんか、馴染みのある背中っつーか)

 男性客から目を離さないままドアへ向かった。



 ◆◆◆◆


 レジで会計を済ましてドアに向かうと、ガラスドア越しに人影が見えた。

 室内外の気温差と雨による高濃度の湿気で結露し、びしょ濡れのガラスを通して見る不明瞭な姿は、背格好からして高校生くらいだろうか。ティーシャツとハーフパンツというラフないでたちをしている。

(こんな時間に外を出歩くなんて、どこの不良だ)

 興味本位で相手の顔を窺おうと視線だけをそちらに寄越して、見えたものに思わず面食らう。


(俺?)

 夜の暗闇の中、店の照明に照らされたその顔が一瞬だけ、高校生くらいの頃の自分に見えた。


 ガラス越しに俺と対峙する格好になった相手も、何を思ったのやら、その場で固まっている。

 奇妙な夢を見ているような気分になりつつも、歩みを進めてドアを押し開ければ、そこにいたのは――


「なんだ、オマエか」

 目を白黒させてこちらを見上げていたのは、当然ながら高校時代の俺などではなく、『弟』だった。



 ◇◇◇◇


 レジ前にいた客が品物を手に踵を反す。

 結露と雨で濡れたガラスの向こう、振り向く男の姿に思わず目を見張る。


(え? 俺?)

 一瞬だけ、あの人が俺に見えた。それも、大人になった俺の姿だ。

 店の明かりが眩しすぎて目が変になっちまったのかな。


 まばたきを二回、目を凝らすこと数秒。その間も男性客は出入り口に近付いてきている。

 軽くぼやけたその姿を見る内に、ジワジワと眉間に皺が寄っていったのは、ふと嫌な奴を思い出してしまったから。

 こちらに向かってくるその人は、大人の俺というよりも、いつぞやに見た憎き男に似ていた。



「なんだ、オマエか」

 男性客に押し開けられたドア。その隙間から出てきたその人は、大人の俺でもなければ、クソ親父でもない。

 まあ、そうっちゃそうだろ、当然だ。俺がもう一人いるわけないし、クソ親父にいたってはこの世にさえいないんだ。

 今、俺の目の前にいる、会社帰りでちょっとだけくたびれた顔の、俺とあの男に似たその人が誰かなど、言うまでもなく――

「『兄貴』」

 俺が真夜中の外出をした理由が、そこにいた。



 ◆◆◆◆◆


 真夜中のコンビニに立ち寄ろうとしていた『弟』は、どういうわけか鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。

(まるで亡霊を見たような顔だな)

 その驚愕混じりの表情が、俺とコイツが初めて出くわした、クソ親父の病室での時のものと似ていて、少し懐かしい。


「『兄貴』、お、おかえりー」

 引き攣った笑顔とどもりはさて、なにゆえか。

「こんな時間に出歩くとは感心しないな」

 取り敢えず店を出てから軒下で詰め寄るも、『弟』が手に持つ二本の傘で大体の事情はわかった。

 どうやら俺を迎えにきてくれたらしい。


「ごめん。雨なのに傘持ってない『兄貴』が心配で、迎えに来ちゃった」

 『弟』にとっても、真夜中の外出が褒められたものではないという認識はあるようだ。

 咎められると思ったのか、気まずそうに俯き、こちらの顔を見ずに謝る相手に、仕方ない奴だと苦笑する。


「俺を迎えに来てくれたというのならば、今日は大目に見るが、あまりに遅い時間の外出はしないように。どうしても夜遅くに外出しなければならない場合は、俺に声を掛けること」

 おお、すごく保護者っぽいことを言ってるじゃないか、俺。


「わかった。次からはそうする」

 大人に注意をされて反省の色を示し、素直に頷く『弟』。その姿を見る限りでは、上司から散々聞かされ脅された反抗期の気配はない。

 それに少し安堵しつつ、『弟』の二の腕を軽く叩いた。

「喉、渇いてないか。飲み物を買って帰ろう」



 ◇◇◇◇◇


 ――『兄貴』、ごめんな、本当にスミマセン。『兄貴』を見て、一瞬でもクソ親父と勘違いして。


 クソ親父と見間違えたなんて、俺よりもアイツのこと嫌ってる『兄貴』に言えるわけもなく。

「ごめん。雨なのに傘持ってない『兄貴』が心配で、迎えに来ちゃった」

 これも嘘じゃない。


(しかし、参った。『兄貴』の顔をまともに見れん)

 変な見間違いをして申し訳ないやら恥ずいやらで、しどろもどろになって俯く俺のこと、『兄貴』にはどう映ってるんだろう。

 真夜中の外出に軽く注意された後、チラと盗み見た『兄貴』は、厳しくも少し心配そうな顔をしていた。

 その顔は、クソ親父が見せたことのないもので。多分……いや、これがきっと保護者の顔なんだと思う。


(なんだ?)

 なんだろう。既視感って言うんだっけ? なんか、今の『兄貴』見てると、変っつーか、懐かしい気分になる。



「喉、渇いてないか。飲み物を買って帰ろう」

 『兄貴』は家から歩いてきた俺の体を気遣って、今出たばかりの店内へと引き返す。

 その広い背中を見て、どうしてか胸が苦しくなった。

 泣きはしないが泣きたいような、寂しいような、嬉しいような。切ない……そんな感じ。


(そっか。爺ちゃんだ)

 ガキの頃、長い休みの間とか母ちゃんが忙しい時に、俺の面倒を見てくれた爺ちゃん。

 頑固で口うるさくて、でも肝心なこと言う時だけ口下手になって、厳しかったけどちゃんと優しくもあったそのひと。

 母ちゃんの父ちゃんで、親父のいない俺にとっては親代わりだったそのひと。


 『兄貴』の背中は、爺ちゃんのそれと少し似てるんだ。

 背丈とか広さとか筋肉の付き方とかそんなんじゃない。この人たちの背からは覚悟と頼もしさが感じられた。

 さっきの……いや、それだけじゃないな。俺の前にいる時の『兄貴』の面構えだってそうだ。

 『兄貴』も爺ちゃんも、とてもよく似た、見守るような眼差しを俺に向けてくれた。

 あの男の姿からはついぞ感じられなかったそれが。



 ◆◆◆◆◆◆


 飲み物を買おうと店内へと引き返すも、『弟』がついてこない。

 未だにドアの外にいる『弟』に、まさか、と動揺し、祈るように振り返る。

(まさか、今の注意で反抗期が来たのか。違っていてくれよ)

 祈りは通じたのか、それとも、こちらの勘違いなだけか。夜には些か眩しすぎるコンビニの明かりに照らされた『弟』に、反発も不機嫌な様子も見られない。ただ、彼は茫然とこちらを見ていた。


「どうした」

 相手の顔を覗き込んで尋ねると、やっと我に戻った『弟』がヘドバンよろしく勢いよく首を横に振る。首、もげるぞ?

「な、なんでもないデス。やー、せっかくコンビニに来たし、明日の弁当に入れられそうなもん、なんかあっかなーと。そうだ、『兄貴』なんか持ってるけど、それ晩メシ……ってデカ!」


 突然、早口で話し出した『弟』に、買ったものが入ったエコバックを軽く持ち上げて見せてやる。

 百均で買った小さめのエコバックは、コンビニ弁当くらいは入るだろうが、カップ麺と規格外サイズの焼きそばを入れるにはやはり荷が重い。

 パンパンというか、もはや中身がはみ出ている荷物を見て、『弟』が驚愕の一声を上げる。良い反応だ。


「カップ麺は俺の晩ごはん。こっちのはオマエのおやつにどうかと思ってな」

「俺のおやつなん、これ?!」

 エコバックの中身を見せながら説明すると、さっきまで少し様子のおかしかった『弟』が楽しげに笑う。

「俺のおやつ、めっちゃデッケー! え、これ、カップ焼きそば?! サイズ感バグってる!!」

 おお、俺の予想したとおりのはしゃぎようじゃないか。元気そうで何よりだ。

「これ、『兄貴』も一緒に食おうぜ。食いきれんかったら、明日の弁当な」

「え、今夜食べるのか」

「おうよ!」

「そ、れは……そうか、たのしみダナー」


 巨大カップ焼きそばを前に、一気にハイテンションになった『弟』と引き換えに、帰宅後、もしくは明日も継続するかもしれない炭水化物地獄を予想した俺は、『弟』の死角でがっくりとうなだれたのだった。

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