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ひとりじゃなくふたり  作者: 三山 千日
馴染みつつある日常

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21/51

入れ知恵とさびしがりや(前)

 ◇


 普段より早めに済ませたシャワーの後、居間に戻れば部屋は薄暗くなっていた。居間の明かりを点けて時刻を確認する。

(午後七時前か)

 ほぼ夜。けど、夏場のこの時間はまだちょっと明るいから、完全に夜って呼ぶには微妙なトコ。俺的には遅い夕方って感じ。


(静かだ)

 無音ってわけじゃない。雨音と時計の音はずっと聞こえてるし、天井からは上の住人の足音がたまに聞こえる。ただ賑やかじゃないってだけ。

 少し前まで養護施設で暮らしていた俺にとっては、今のこの部屋がひどく静かに感じられた。

(あの頃は四六時中、いつだって賑やかだったもんなー)



 俺が世話になってた養護施設はチビから高校生まで年齢層が幅広い上に、わんぱくな子もけっこういる。……っつーか、チビどもがおとなしいことなんかなかったんじゃないか。

 だから、起きている間はずっと、誰かしらの声や物音が聞こえたもんだ。

 キャーキャー、ギャンギャン、ギャハギャハ、キャッキャ、ドタバタ、ガチャガチャ……いや、表現がオーバーなんじゃなく、本当にこのとおりなんよ。もうとにかく雑音だらけ。

 ほんの些細なことで生じる、たくさんの笑い声や泣き声、怒声、喧嘩の音。夜、皆が寝静まった時でさえ、誰かのイビキや寝言、チビの夜泣き、トイレに向かう足音がまどろむ意識のもとで感じられた。


 音があって当たり前、静寂は五秒と保たない、無音は寧ろ異常――そんな感じの場所に慣れているからか、静かなのは落ち着かない。

(……いや、原因はそれだけじゃないけど)


 とにかく、静かなのはちょっと苦手なんだよな。



 ◆


 ペーパードライバー、方向音痴、視界の悪い雨天と薄暮、帰宅ラッシュ――迷走とトラブル要素がなにかと重なる移動であったが、どうにか目的地に着くことができた。

 近道や迂回を思いつく度に、

「『兄貴、その道は本当に合ってんの?」

「カーナビ通りに進もうぜ」

と、訝しげな顔で警告して、脇道に逸れるのを思いとどまらせてくれた脳内の『弟』には感謝である。



 さて、ラッシュには遭ったがおおよそ予定していた時間に到着した倉庫では、篤志の同僚兼今回の企画に携わった者達が運搬の準備万端で待っていてくれた。おかげで車への荷物の詰め込みはスムーズに済んだ。

 今回の企画で代表を務める篤志は最早、トラブルメーカーと化しているとの悪評を耳にしたが、他の担当者はどうやら皆、優秀なようである。

(篤志と組ませるにはもったいないほどに、な)


 職場で篤志に同行していた社員――確か、暮内(くれうち)と名乗っていたか――もそうだが、倉庫にいる彼らも初見は疲労の色濃い様相と、ふとした拍子に漏れるため息、体の一部に手を当てる動作に思わず心配させられた。

 だが、社での暮内氏とのやりとりと、倉庫で運搬作業を行う内に気付いたことがある。


(篤志はどうか知らんが、他の担当者は皆、足並みを揃えて企画に携わっているんだな。連携がきちんと取れている)

 各自の役割を把握し、チーム内で情報共有もしっかり行われ、問題に直面しても協力しあって解決してきたのだろう。

 俺を含む外部からの応援組に対する情報伝達の正確さ、的確かつわかりやすい指示、仕事の円滑化を図るべく工夫された準備の仕方、無駄のないチームワークと強い団結力、トラブル対処の迅速さには目を見張るものがある。

 彼らの力量は相当なものであることは疑う余事もない。ただ――


(各々かなりの力量がある粒揃いなのだろうけれど、これは努力の賜物なのかもしれないな)



 ◇◇


(えーっと、スマホ、ラジオのアプリはーっと)

 静かなのがイヤなら、紛らわせりゃいいワケで。こういう時のスマホほど便利なもんはない。これ一台でわりとなんでもできるから有り難い。

 エコバッグに入れっぱなしだったスマホを取り出し、微妙に慣れてない操作でラジオアプリを探した。


 ところで、アプリ入れる度に増えてくアイコンがホームにめっちゃ並んでるんだけど、見やすくすんのにフォルダにまとめたりとかできねーのかな、コレ? もし、フォルダがあるなら、どうやって作りゃいいんだ?

 明日にでも、安達に聞いてみっか。



(この時間のラジオはニュースだっけ)

 家に俺ひとりだけの時はいつもラジオを流してるから、おおまかな番組表は覚えてる。この時間はニュースと道路交通情報だけど、坦々としすぎてつまんねーから却下。

 とりあえず、ラジオをつけてチャンネルを回してみる。

 有名書籍の朗読……却下。音楽番組はクラシックとか民謡らしいが、今は気分じゃないから却下。

(うーわ、今日はどの局もつまんねえ)


 しゃあねーな、と文句を垂れながらラジオを消し、ミュージックプレイヤーを起動する。テキトーに再生させたのは、『兄貴』のオススメ曲を片っ端から入れたリストだ。

 リスト内の曲はプレイボタンをタップすると、ランダムで再生される。前回はロックだったけど、今日の一曲目はジャズだった。

(『兄貴』の趣味、渋)



 ◆◆


 今回の企画は我が社の商品のテコ入れとして定期的に催される恒例のもので、毎回、人気アイドルを起用することから派手さには社内外ともに定評がある。

 社内での評判は"仕事はそれほど難くないわりに、ほぼ確実に成功を約束された、評価を得易いオイシイ企画"といったところだ。

 恒例企画ともなれば、運営はほとんどマニュアル化されているので、粒選りの人材を揃えるほど力を入れる必要もない。よって、中堅や元より優秀な者も参加しているのだろうが、多くは実績稼ぎを目的とした者とかリーダー職を目指している若者がその門戸を叩くのに丁度良い案件として気軽に参加しているようだ。



(易い難易度で、まっとうに務めを果たせばそれなりに名が売れ、実績も積める。だからこそ、社長の血族として幹部候補も視野に入れられている篤志に、"上"は代表を務めさせたんだろうがな――)


 ――代表担当者(篤志)のせいで企画が難航している。

 篤志を担ぎ上げたい者らの思惑に反し、現実はこれである。

 人気恒例企画についての雲行きの怪しい噂や篤志への陰口が、大体似たような文言で以て社内のいたる所で囁かれている始末だ。

 当然、噂と陰口だけでは真偽など判断しようがない。しかし、企画担当者含む篤志の所属する部署内の社員の明らかに疲弊した様子を窺うと、進捗が難航、もしくはトラブルが頻発していたのは十分有り得そうだ。

 必ずしも篤志ばかりがミスをやらかしたわけではないだろうが、部署外のみならず同僚らからもあからさまに彼への悪印象や疑心が向けられているところから、"相当"ではあるのだろう。


(当人はおめでたいおつむの主だからな。自分のやらかしもどこ吹く風かも)

 篤志を昔から知る身としては、アレは責任転嫁の常習犯だし、己のミスに自覚があっても他人ごとで、本人はこれっぽっちも堪えやしないのは想像に易い。

 それを思うと、現場の苦労が目に浮かぶようだ。



 話が篤志方面に脱線したが、要するに今回の企画の参加者は仕事に携わる内に、否が応でも鍛えられたようだということだ。

(トラブル頻発という過酷な環境下では、優秀にならざるを得なかったんだろうな)


 企画担当者らは度々起こるトラブルに都度、対処し、あるいは随所でのリスク予想と対策を余儀なくされて、さぞ大変だったろう。

 結果として、トラブル対応能力とリスク管理能力が飛躍的に向上した筈だ。

 心身共に疲弊しきっている彼らには同情するが、今回のことで腐らず、今後もメキメキ実力を付けていって、いずれ篤志を顎でこき使うくらいまで成長してほしいものだ。


 胸中で彼らにエールを送りはするが、同時に、自分が篤志と同じ部署に配属されなくてよかったと、心底安堵したのであった。



 ◇◇◇


 ピアノのゆったりとした美しい旋律に合わせて、男性歌手が低く穏やかな声で伸びやかに歌う。

 今流行りのアップテンポでテンションを上げてくような曲と比べると、かなり落ち着いた印象だ。聴いていると眠くなりそうだが、決して悪くない……寧ろ結構好きかも。


(この曲、聴いたことあるな)

 思い違いでなければ、俺が小さい頃からドラマとかコマーシャルで度々使われてる曲じゃないかな。

 カバーしたアーティストは男女問わず数多くいるが、原曲は確か、"ジャズ界の伝説"と言われる半世紀以上前に活躍したアーティストによるものだったハズ。

 伝説の歌手はもういないが、彼の創った曲はレコードからカセットテープ、CD、果ては音楽データへと、時代に応じて記録媒体を変えながら、時を超えて尚、万人に愛され、今も多くのファンにより聴き続けられているというその不思議。


 ここは築二十余年のアパートの一室。男所帯のちょっとばかし殺風景な部屋。

 それなのに、この空間にジャズが流れるだけで、カフェとかバーみたいなオトナ渋くてよさげな雰囲気を醸し出してるように見えるから音楽の力って凄い。


 シャワーを浴びてさっぱりした心と体。BGMはオトナな気分を味わわせてくれるジャズと、それに合わせて聞こえるアンニュイな雨の音。

(よくね? 早めの風呂と曲だけで、めっちゃオサレで特別っぽい気分になんじゃん)


 まあ、その特別な気分で俺は今、洗濯物を畳むという至って平凡なムーブをかましてるわけだけどな。

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