思い出がないのなら
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『弟』はどうにも不味そうな食べ方で、魚を実に旨そうに食べる。俺とは逆だ。
俺は魚を旨いとは思えんが、『弟』がそう思うのなら、魚の身をひと欠片も無駄にすることのない食べ方を教えよう。……クソ親父が教えなかった代わりに。
◇
『兄貴』はよく道を間違える。
「いずれ着けばいいし、そのまま着かなくてもいい。その時は近場の飯屋で旨いものを食おう」
「そうはいかねーって」
暢気な『兄貴』の腕を引き、見覚えのある道を行く。クソ親父だとしても墓までの道くらいは覚えてやらんと。
◆◆
『弟』が丁寧に墓掃除する様に感心した。同時に捨てた子にのうのうと清められている墓石に虫唾が走る。
「父親との思い出はあるか?」
「ない。けど、『兄貴』に会わせてくれたから感謝してる」
それはそう。
この繋がりに気付けたのはアイツの最後の善行だな。
◇◇
墓にホオズキを供える。
「造花でもいいんだが」
墓に刻まれた字を睨む『兄貴』の声は酷く冷たい。それに気付かぬふりをするのにはもう慣れた。
「『兄貴』、二人で旨いもん食い行こう」
いい思い出のないクソ親父は墓の中。俺達は俺達の思い出を作りゃいい。