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ひとりじゃなくふたり  作者: 三山 千日
馴染みつつある日常

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19/51

放課後の寄り道と不協和音

 ◇


(来ーちゃった☆)

 時期外れの入部体験後、いつもの帰り道をちょっと外れて商店街にやって来た。

 安達に教えて貰って、初めて来てみた商店街。ウチからはちょっと遠いし、かなーり年季の入った店とかシャッターの閉じた店もわりと目立つ。

 さて、どうだろうな。掘り出し物があるといいけど。


 買い物客で賑わうアーケード内、ジャージ姿でチャリを押す。

 箱に盛られた野菜と果物が所狭しと並ぶ青果店、おばちゃ……もといミセス好みの服が並ぶブティック、おいちゃんがふらりと入ってったのは居酒屋で、その隣に酒屋があるのは合理的だな。

 鮮魚店を通りかかれば、棚にはパック詰めにされた魚が多かった。別の棚には煮魚や焼き魚、佃煮が並んでる。買って帰って温めれば、即食べられるようになってんのか。

 そういや、さっきあった弁当屋は結構人が入ってたし、今の時間帯は夕食の買い出しをする頃なんだな。



(ん? 揚げ物のにおいがする)

 ふいに漂ってきた揚げ物のにおいにつられて、辺りを見回す。

 においのもとはすぐに見つかった。向かいから歩いてくる中学生三人組だ。それぞれコロッケだのフライドチキンを食べている。


(クッソー、うまそーなモン、食ってんじゃん)

 夕方のどうしても腹が減ってくる時分に、揚げ物という誘惑を見せつけられたら無視できるわけがない。それとなく中学生達が歩いてきた方向を探れば、"肉"の字を見つけた。

(へーっ、肉屋があるじゃん)

 俄然、テンション上がってきた!



 ◆


 黙々。もくもく。

 段ボールに詰められた品物を手に取る。パッケージを開ける。おまけ(グッズと呼ぶんだったか? いや、おまけだろ。少なくとも俺にとってはそうだ)を取り出す。分別する。また品物を取り出す。開ける。分ける。


 黙々。もくもくもくもく。

 無心。何も考えない。


 他の応援の社員と共に別部署の片隅で段ボールの山に囲まれ、開封と分別の単純作業に没頭する。

 ただひたすら作業を進める"応援組"とは違い、デスク間を行き交う担当者達とその同僚と上司はまだ各所への対応におおわらわだ。謝罪と説明、報告が絶え間なく飛び交っている。まさに大混乱。

 騒ぎの中には受話器を置いた音の後のため息や"やらかした者"への陰口と思しき囁き、現状の不満や愚痴も紛れていた。



「今回やらかしたの、噂の彼らしいよ」

「誰?」

「ほら、社長のとこの」

「あー。この部署なら三男……だっけ。勘違い系のあの」

「そうそう。ここの部署にいる同期とよく飲むんだけどさぁ、どの子も今回の企画ヤバイってずっと言ってて。どうも、例の……が初めて代表任された企画だからって張り切りすぎて煩いし、やることなすこと的外れだから邪魔でしかないって、もう散々」


 分別済みのおまけが詰まった段ボールを運んでいると、噂好きの女性社員の陰口が耳に入る。それに素知らぬ顔をして、彼女達の傍らに荷物を置いた。

「青グッズの追加です。こっちに置きますね」

「「どうもぉー」」

 彼女達に声を掛けると、二人は慌てて口に手を当て、愛想笑いの会釈を返す。

 陰口を聞かれて少し気まずいのだろう。チラと確認した彼女達の笑顔は微妙にひきつっていたが、俺が去るとまた話の続きを始めた。



 ◇◇


 前に住んでた所ではスーパー以外になかった肉屋もとい、精肉店。

 けど、俺はテレビのグルメ番組とか芸能人が散歩してる番組で見てるから知ってるもんね。こういう精肉店にはうまい揚げ物とか売ってるんだ。さっきの中学生が持ってたから、コロッケとフライドチキンは絶対ある。

(あとあるとしたらなんだ。メンチカツ、トンカツ、チキンカツ……あ゛!)


 ♪カツカツカツカツメンチカツ、トンカツカツカツ、チキンカツ

 ♪コロッケついでに揚げちゃおう。ポテトにカボチャにサツマイモ~


 精肉店を覗くと、昼にゴミ捨て場で聞いた鼻歌と同じメロディーが中から聞こえた。

(オ マ エ か !)


 あー、なぁんだ。これ、スーパーの惣菜コーナーでよく聞く曲だわ。やっとわかって、すっきり。

 エンドレスで流れる揚げ物ソング、ドアが開く度に漂ってくる揚げ物のにおい。そして、極めつきは店先に置かれた黒板。

 ――本日、揚げ物全品二割引。

(絶対買いじゃん)

 迷わず店に入る。おやつ買おう、おやつ。



 ◆◆


 不満と真偽不明の噂と陰口は何処にでも溢れているものだ。そんな耳障りな雑音など、別に聞きたくもないが、何処にいようと聞こえてくるのだから仕方がない。

 雑音を興味もなければ面白みもないラジオ番組のような感覚で聞き流しながら、仕訳作業を再開する。

(相変わらずだな)

 俺の耳が仕様もない雑音を拾うのも、雑音の内容もその原因もいつだって『相変わらず』だ。



 昔から"あの人ら"は家でも学校でも職場でも外でも常に輪の中心にいて、良くも悪くもとにかく目立つ。

 俺が"あちらの家"にいた頃は、あの人らのやたらと広く遠くまで聞こえてくる名も声も、その取り巻きと太鼓持ちの滑稽ですらある合いの手も、影響を受けた者の声も、傍観者による風聞もなにもかもを、お決まりのBGMかと思うくらい常に耳にしたものだ。


 "あちら"の人間によれば、クソ親父の不始末によりできた"半端もの"らしい俺などは余計に、蔑みや嫌みも含めて"あちら"関連の声を幅広く聞かされた。それは"あちらの家"を離れ、社会人になった今も変わらず何らかの形で見聞きさせられる。……こちらは極力関わりたくもないのに。



 ◇◇◇


 ドアを開けて真っ先に見えたのは、出入り口の真っ正面に控える二台の大きなガラスケース。片方には精肉が、もう一方は惣菜がズラリと並んでる。

 惣菜が入ったケースはパッと見、揚げ物が多いけど、大皿に盛られた惣菜も何種類かあるようだ。

(うっわ、バイキングみたいだな。ご馳走の山じゃん)


 テンションはブチ上がり。でも、俺はガキじゃないからご馳走の山に駆け寄らない。冷静にケースに歩み寄りながら、壁の張り紙や壁際に置かれた保冷ケースの中に目を向ける。

(へー、曜日ごとに特売品が違うのか。こっちのケースはパック肉で、価格は……わりとお手頃じゃん。うお! 繋がったソーセージとか塊のハムまであんのかよ)


 俺は高校生。ちっちゃいガキじゃないんだ。家の外じゃあ、どんなにワクワクしたって、冷静にスマートに努めなきゃな。

(いや、無理。やっべー、肉屋おもれー!)



 さて、お待ちかねの惣菜のケースを覗く。

 揚げ物はこんがりキツネ色。カツとコロッケはこんなに種類あったんだなって感心するくらい揃ってる。

 惣菜も照りっ照りの角煮とかゴマがたっぷりかかった手羽先とかどれもうまそう。

(うわー、見てるだけでヨダレ出そう)

 今、おやつにするならハムカツかコロッケの気分。さて、どっちにすっか。


「お兄ちゃん、部活帰り?」

 こちらを誘惑するキツネ色の山としばらく対峙していると、店の奥から出てきたおばちゃん店員からお声がかかる。

「ッス! こんちは。揚げ物も惣菜もどれもうまそうで目移りしてるとこっス。晩メシもついでに買っちまおっかなって」

「あら、おうちでご飯作ってるの?」

「俺ができることはしようってだけで、大したことはしてないッスけど」

「十分、偉いわよ。じゃあね、おばちゃんがいいこと教えてあげる」


 なになに? と聞いてみた情報はかなり有益で。その上、おばちゃん店員は俺にハムカツを一個、おまけしてくれたのだった。ラッキー!



 ◆◆◆


 五個目の段ボールを開けようとした時、にわかに廊下が騒がしくなった。


「わかんないかなー、もー! こっちの会議室押さえたから、荷物を移そうって単純な話なんですけど」

 バタバタとせわしない足音と無駄に大きな話し声。

 それが誰かなど、姿を見ずともわかる。相変わらずな『社長の三男』の篤志だ。

 廊下で大声が響いた直後、部署内に緊張が走る。瞬時にデスクを中心に空気がピリつき、篤志の気配と声が部署に近付くにつれ、電話対応に追われる者らがあからさまに表情を歪めていった。


(嫌われてるな、アイツ)

 夏なのに冷房よりも冷え冷えとした空気をまとう部署内を見てしまえば、くだんの者が好かれているなどとは露ほども思えないわけで。内心、呆れる。


 それから間もなく、二人の男が部署の扉を潜った。

 明らかに不機嫌面で、先頭切って歩く岩のような体躯の男が、今回の企画の代表担当者と言われている篤志だ。その後ろを痩身の男が、青い顔をしてペコペコと頭を上下させながら追う。

 この痩せこけた鶏のような男は篤志の同僚であり、今回の企画には篤志のサポート役もしくはサブリーダーとして携わっているのだろう。隠し切れていない顔色の悪さから、篤志のしわ寄せを大いにくらっているのが、一目でわかった。ご愁傷様。



「皆さんお疲れさまです。いやー、あっちの手違いでえらい目に遭いましたよ」

「ご迷惑をおかけしましたこと、大変申し訳ありません。……はい、先様にはなんとか話をつけることができました。いざという時に備えて、広報部にも連絡済みです」


 篤志は不機嫌ながらも根拠のない自信に満ちた顔で混乱するデスク群を突っ切り、上司の下へ向かう。無駄に自信家な男の数歩後ろでは、疲弊した様子の男が同僚に謝り倒している。

 あからさまに対照的な二人だが、現状の厳しさを体現するのは、どう見たって後ろの男だ。


(『えらい目に遭った』んじゃなく、現在進行形で『遭ってる』んだろうし、巻き添えの規模も半端ないんだがな)

 デスクを遠巻きに見ていた俺は、"顔馴染み"に見つからぬようさり気なく積み上げられた段ボールの陰に身を寄せた。



 ◇◇◇◇


 上機嫌で精肉店を出た俺は、おやつが入ったホッカホカの紙袋を開けたい衝動を堪え、三軒先のパン屋に向かう。

 ターゲットはコッペパン。ついでに半額になったパンもいくつか買った。

 俺の狙いはこれに熱々のコロッケを挟んで、ソースをぶっかけたコロッケパンだ。


 この精肉店とパン屋を跨いだ離れ技は、精肉店のおばちゃん店員に教わった。

 おばちゃん店員いわく、この商店街では各々が好きな具を買ってはパン屋で挟んでもらう利用客が多いのだとか。


 パン屋を出ると、次は商店街の中央にある休憩所へ向かう。途中、通りかかった弁当屋とカフェの店先で『飲み物、スープ、味噌汁あります』のミニ看板を見つけて、めっちゃ心引かれた。

 惣菜パンを一個食べたらきっと、何か飲みたくなったりもう少し軽く食べたくなるかもしれない。カフェのメニュー看板に書かれた"コーラ"の三文字にゴクリと喉が鳴る。


(よっくできてんなー)

 匂いや買い食いする通行人は動く宣伝。それに惹かれて惣菜を扱う店に入ってしまえば、あとは気の向くままパンやら飲み物やらスープを求めて店をはしごしてしまう。

 その仕組みに気付いた俺の手には、コロッケとパンが入った袋がちゃっかり持たれてて、思わず苦笑した。

 ――商魂たくましいでしょ?

 この商店街に属する店の連携プレーの結果たる本日の戦利品が、術に見事ハマった俺を笑うように袋の中でカサと音を立てた。



 ◆◆◆◆


 作業と並行して、デスクから聞こえる篤志とその同行者の報告を聞くに、これから倉庫にある品物が当社の会議室に移されるらしい。

(搬送なら篤志がすればいいんじゃないか)

 各所へ無駄に出しゃばるより、その立派な体躯を生かせる仕事をすれば仕事も捗るだろうに。


 とりあえず、倉庫から会議室への搬送に人手と車がいるだろう。

「こちらから数人が倉庫へ向かうとして。倉庫分が届く前に、こちらで仕分けしたパッケージを会議室に移した方が後々楽になりますね」

 デスクの方で今後の予定確認を行っている間に、俺も含む応援に来た社員同士で話し合う。


 デスクでの会議後、痩身の担当者が応援組に挨拶がてら倉庫へ向かう人員を募る。運転ができる俺ともう一人が名乗り出て、先程こちらで決めておいた分担を手短に伝えた。


「話が早くて助かります。車の鍵をお渡ししますね」

「すみません。あと、もうひとつ提案なんですが――」

 担当者が俺に社用車の鍵を差し出すタイミングで、声を落として相手に話し掛ける。


 話している間、二人で部署内を軽く見回して、社員達の様子を軽く確認した。そろそろ全体的に疲労の色が濃くなってきたのではないか。

 就業時刻はとうに過ぎ、窓の外も暗くなってきた。デスクの人達も応援組も各々の仕事に努めているが、モチベーションが下降しているのはたまに聞こえるため息で判る。


「わかりました。ご助言どおりに手配します」

 担当者が頷いた。話のわかる人で助かる。

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