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ひとりじゃなくふたり  作者: 三山 千日
馴染みつつある日常

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18/51

曇り空と残業

 ◇


 赤っ恥を掻いた五限目が終わり、六限目はちゃんと真面目に過ごした。


「もう昼寝はよかったのかよ」

「あの時だけだって」

 安達に始まり、クラスの何人かに居眠りをからかわれつつの六限目後の清掃中、ポケットに入れてたスマホが受信を知らせる。『兄貴』からのメッセージだ。

 スタンプのないシンプルなメッセージには『残業』と『帰りは夜中』の文字が入っていた。


「ありゃま」

 すかさず『ガンバ!』と応援するハシビロコウのスタンプを送った後、思いたってひとつ質問をする。

 ――晩メシ、いる?


 既読がなかなかつかない。もう仕事に戻っちまったかな?

 晩メシが俺一人なら、冷蔵庫のありものでテキトーにチャーハンでも作ろう。

(『兄貴』もメシがいるなら、さて)

 これまでにも『兄貴』が残業でめっちゃ遅くに帰ってきた日はあった。その時の献立はなんにしたっけと、いつぞやのことを振り返る。



 ◆


 午後一番は眠気と気怠さとの戦いになったが、大きなしくじりのないままなんとか無事、夕方に差し掛かった。

(この調子なら定時には帰れそうだな)

 飲みかけの缶コーヒーをほんの一口含み、くどい甘ったるさと主張の強い苦味にため息を吐きながら、数時間後の就業時間を意識する。

(今日はアイツが喜びそうな土産でも買って帰るか)

 日頃から頑張ってくれている『弟』に感謝を込めて、美味しいものを見繕おう。


 帰り道に『弟』の好きそうなものを取り扱っていそうな店がないかと、脳内でピックアップしていたところ、上司に呼ばれた。

 別部署にてトラブル発生。納期が明日の緊急案件にもかかわらず人手不足らしいので応援に行け、とのこと。つまるところ、残業だ。


 『弟』に家族サービスをしようと意気込んでいたのに、出鼻を挫かれた。無念だが、仕方がない。土産はまた今度にして、決まったことを忘れる前に報告しなければ。

 早速、残業を『弟』に知らせると即座に、『ガンバ!』の文字を掲げた無愛想な鳥のスタンプが送られてきた。

(アイツ、この鳥好きだな)

 『弟』は色々な種類のスタンプを返事に使うが、この鳥は三回に一度の頻度でお目見えする。

(この鳥、近くの動物園にいないかな)

 今度の休日に『弟』と観に行ってみるか。


 週末の予定を思いついた時、短い通知音が鳴る。今度は鳥のスタンプではなく、短い質問だった。

 ――晩メシ、いる?


 晩ごはんか。さて、どうしよう。

 上司から他部署のトラブル内容を聞くに、帰宅はかなり遅くなりそうだ。

(たまには、俺の食事を気にすることなく過ごして貰おうか)


 ――俺の分は作らなくていいぞ。

 返事をしようとスマホに手を掛けた時、間が悪い上司に呼ばれた。



 ◇◇


 『兄貴』は残業が結構多い。ちょっと前――『兄貴』が一人暮らしをしていた頃は、ほぼ毎日残業だったんだと。下手すると終電を逃して会社に寝泊まりしていたそうだ。


『あまり遅いと、家に帰るのも面倒になってな』

 それは一ヶ月前の、結構遅くまで残業した日だったか。俺が作ったメシを食べながら、かつての自分の食事情を語る『兄貴』には正直、かなり戸惑ったっけ。だって、言ってることがまんま社畜じゃん。

 会社のデスクでコンビニ弁当をモソモソ食べながら並行で作業をして、終電逃したら椅子に座った状態で眠る『兄貴』の姿を想像するだけで切ねえ。切なすぎて思わず、弁当用に取っておいたミニハンバーグを『兄貴』の皿に載せちゃったもん。


(俺がこっちに来てからは、残業があってもできるだけ早めに帰るようにしてるみたいだけど、流石に、今日はかなり遅くなりそうだな)

 普段の夕飯より遅い、残業後の『兄貴』の晩メシは量をやや少なめにして、できればワンプレートがいいらしい。

(要は、疲れてっから手軽に食えるモンがいいってことだろ)


 ――疲れてるから手軽に食べられるモノ。

 ふと、床を掃く手を止め、どこを見るとはなしに視線を落とす。


「どした? 急に止まったけど、虫?」

 ポンと肩を叩かれた。安達だ。俺の視線を辿って、俺が動きを止めた原因を探している。

「いや、大したことじゃねーの。今日のメシ、なんにすっかなって」

 久し振りに思い出した後悔を振り切るように、笑顔を作った。



 ◆◆


(これはまた……うん)

 自分の仕事がひと段落ついたところでアクシデントが発生した部署に向かったところ、蜂の巣をつついたような状態だった。

 通路という通路に積まれた段ボール、それを跨いで右往左往する人々、行き交う喚き声。

 思わず、現実逃避に窓を見る。


(あ、曇ってる)

 今朝見た天気予報では、壮年の気象予報士が自信に満ちた笑顔で今日は一日晴れだと宣言していたし、確かに、昼過ぎまでは晴れていた。

 だが、今、窓から見える空は一面分厚い灰色の雲に覆われていて、おまけに雲の流れはかなり速い。

(傘、持ってきてないぞ)

 夏ならではの急な天気の変化を確認して、これから降るかもしれない雨を覚悟する。


(明日からしばらく、天気予報をチェックはスマホでするか)

 毎朝、『弟』が星座占い目当てで流しているテレビ番組内の天気予報だったが、あの自信満々な気象予報士が出る間は予報を疑うことにしよう。

 ついでに、占いもあてにはならないと、"本日の運気ベスト1"の俺はくだんの番組の担当占い師、マドモアゼル・エト某とやらへの信用を捨てたのだった。



 ◇◇◇


 ゴミを収集所に持って行く途中、昇降口から入る強い風を浴びて、思わず「うへぇ」と胸中で呻く。

(風、ぬるぅ)

 生ぬるくて湿り気を帯びた風が、汗ばむ肌にまとわりつくようで気持ち悪い。

(この風、もしや)

 風が報せるあまり良くない予感に、昇降口から身を乗り出して空を窺う。

 肌で感じるのは雨の気配。

 この風が吹いたら半日以内に、風が強けりゃそれより早く雨が降るかもって程度の勘に過ぎないけど、これがわりと当たる。


 真っ先に心配するのは、帰りが遅くなるらしい『兄貴』と外干しした洗濯物だ。

(ま、心配しなくてもダイジョーブだろうけど)

 『兄貴』が雨に降られたとしたも、イイ大人なんだ、どうにかして雨を凌ぐだろう。

 洗濯物も外とはいえ屋根のあるベランダに干しているし、余程強い雨でなけりゃ降り込まないかな。


(じゃあ、やっぱ今考えるべきは献立か)

 ゴミ収集所に向かう道。雨が降りそうな風に吹かれつつ、晩の献立を考える。

(なーんにすっかなー)


 目的地が近付くにつれ、俺と同じくゴミ箱を抱える生徒が増えていく中、ふと覚えのあるメロディが聞こえた。

 誰かの鼻歌なんだけど、なんだっけ、この曲。弾むようなリズミカルな出だしのメロディがずっと耳に残ってる。

(なんだっけー? テレビよりも店でよく聴くやつー)

 誰か。誰か、答え教えてくんない?



 ◆◆◆


 まったく。どこのボンクラの不手際なのやら。

 アクシデントの内容は、某アイドルとのコラボレーション企画として、我が社の商品とデザインの異なるグッズを専用パッケージに同梱する予定が、発注ミスで入れ違いが生じたのだとか。

 ボンクr……担当者は事態発覚後、工場からコラボレーション商品配布予定の各店舗への配送を中止。急遽、我が社の倉庫に移送させたものの倉庫の容量が足りず、あぶれた商品を部署に積んだそうだ。

(大惨事だな)

 担当部署も倉庫も、俺を含む巻き込まれた社員も。


 別部署のピンチヒッターでも問題なくできる仕事といえば、単純だが人手のいる作業なわけで。今回も例に漏れず、通路と倉庫を埋める品を片付ける役目を仰せつかったわけだ。

(何時間かかるんだ?)

 内心うんざりしつつ、『弟』に夕食不要と先に休むよう連絡をした。

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