Morning!
◇
スマホのアラームで目が覚める。
うるさいからとっとと音止めたいのに、アプデ? されて仕様が変わったのか止め方がわからん。まごつきすぎて目ぇ完全に覚めたわ。ひょっとして、スマホ、それ狙ってたん?
文明の利器に、良いように転がされてるじゃん、俺。
◆
アラームの音がする。起床一時間前。
アプリがアップデートされたからか、アラームの止め方がいつもと違う。舌打ちしつつ、止める。寝る。
アラームの音がする。起床三十分前。
止める。寝る。
アラームの音、起床五分前。止める。寝る。
「『兄貴』起きろ!」
起きた。
◇◇
朝は玉子料理、飯、味噌汁、漬け物。俺ンちは昔からそう。
「食事の仕度、大変じゃないか?」
味噌汁をお椀に注ぐ『兄貴』が、噛み殺せなかったあくび混じりに訊く。
「全然。弁当のついでだし」
チラと見やった調理台には、あとは持って行くだけの弁当が二つ。
「恐れ入ります」
俺の視線の先にある物に気付いた『兄貴』は、寝癖だらけの頭を深々と下げた。
◆◆
パンかコンビニのおにぎり。それが少し前までの俺の朝食だった。それと比べれば、今はなんと贅沢なことか。
……いや、違うぞ、俺。
「本当にすまん。朝食と弁当は俺が用意するべきなのに」
温かな味噌汁碗を両手で持ち、うなだれる。
朝がどうしても駄目なばかりに、『弟』に食事の仕度をさせてしまうなど。
食事の仕度については『弟』が提案したこととはいえ、何もかも任せきりでは保護者失格ではないか。
「んー、べきかどうかは知らんけど」
茶碗に山と盛られたご飯を箸で掬った『弟』は、まだ湯気の上がるそれを見て、口角を上げた。
「朝から自分の好きなモン、好きに食えるのはサイコーじゃね?」
お前、絶対にモテるだろう?
◇◇◇
「お前の作る玉子焼きは甘いな」
「今かよ」
玉子焼きなんてこれまでに何度も出したのに、今になってそれ言う? 今まで気ぃ使って、玉子焼きの味のこと、言い出せんかったんかな?
いや、寝坊すけな『兄貴』のことだ。案外、夢うつつで朝メシ食ってたから、玉子焼きの味に気付いてなかったのかも。
「『兄貴』の所はしょっぱい派だったん?」
「ん」
玉子焼きを噛み締めながら頷く『兄貴』は、口の中のものを飲み込んでから微笑む。
「だが、これの方が好きだ」
あまり嘘をつかない人だから? それとも笑顔が自然だったから? 俺の作った玉子焼きをよく味わって食べているから?
(全部だな。いや、もっと他にもあるかも)
『これの方が好き』って『兄貴』のその言葉が本当だろうなって思った理由を頭の中で連ねて、一人密かに納得する。
(うわ、照れちったじゃん)
「あんがと」
相手に聞こえるか聞こえないかの呟きめいた感謝に、対面するその人はヒョイと眉を上げた。
◆◆◆
『弟』の作る玉子焼きを初めて食べた時、それの先入観を打ち砕く甘さに、寝ぼけた脳が一瞬にして覚醒したのを覚えている。
恐る恐る口に入れた二切れ目は、半熟の甘い玉子がとろりと舌に溶け、益々奇妙な気分になった。
だが、決して悪くない。
『弟』の玉子焼きは、日によって甘さや風味が違ったり、甘じょっぱい時もあれば、具入りの時もある。
それを今初めて指摘したところ、意外そうな顔をされた。何故だ?
「今日は砂糖とほんの少しだけ塩を入れたんだな。絶妙な半熟度合いも相俟ってうまいな」
更に目を見張られた。俺はコイツから味音痴とでも思われているのか?
コホン、と咳払いをして気を取り直した『弟』は、軽く胸を張る。
「俺ね、玉子焼きの焼き加減には自信があんの。なんたって、一時期は玉子焼き研究家してたしな」
「なんだ、それ?」
いつぞやの夏休みの自由研究だったんだ、と玉子焼きに醤油を一滴落としながら自称研究家は言う。
……調味料の後がけは邪道じゃないのか?
「醤油、かけるんだな」
だし巻き玉子にも、その時の気分で大根おろしと共に食べたりするが、甘い玉子焼きも何かかけるものなのか。
疑問を大いに込めた確認をしたところ、相手は不思議そうに小首を傾げる。
「うまいじゃん」
自称玉子焼き研究家の食の志向はおおらかなようだ。
◇◇◇
今まで、玉子焼きといえばしょっぱい派だった様子の『兄貴』だけど、甘いほうもイケるなんて、食い物に関してはわりと柔軟なんだな。
それに今まで朝メシを寝坊けながら食ってたわけじゃなかったのにはビックリした。
(あ、ケド)
「今度、しょっぱい玉子焼きも作ろうか?」
実は気になってたんだ。しょっぱい玉子焼き。
俺が今までいた所はみんな、甘い玉子焼きばかりだったから、しょっぱい玉子焼きってどんなのか興味あるんだよな。それの味を知ってる人がいるなら、いざ試しに作っても極端に間違うこともないだろうし。
「『兄貴』はしょっぱい玉子焼きの監督兼味見係な。好みのやつに仕上げてみせるから」
「あ、ああ。監督とはまた、責任重大だな」
眠たげな半眼を目をまん丸くした『兄貴』はしどろもどろに頷いた。




