かつていた
◇
「報告はできたか?」
駅前の飲食店にて。注文後にお冷やを一口飲んでから『兄貴』が訊いてきた。
「おう。今日は付き合ってくれてありがとな」
頷く『兄貴』に笑んだ後、おもむろに窓を眺める。
ホントなら、今日、『兄貴』がいなければ、他にも寄るつもりだったんだ。けど、そこはまたいずれ行けばいいか。
◆
窓の外を眺める『弟』につられ、なんとはなしに同じ方向を見る。
(この子と初めて会ったのもこの町だったな)
窓から見える駅名にふと、クソ親父の手紙に記された施設の近くであることに気付いた。
(ああ、そういえば)
かつて『弟』が暮らした町も近くにあるハズだ。
『弟』がこの地を離れてまだ一ヶ月ほどしか経っていないが、やはり、懐かしいものなのだろうか?
◇◇
この駅前も、こっからバスで十五分くらいの所にある施設も、そことは逆方向にある俺が育った町も、学校も隣町の総合病院も、それらの景色と思い出は今でもしっかり覚えてる。なんたって、最近までいた場所だし。
それなのに、無性に懐かしいのはなんでだろ?
◆◆
観光地でもなければ、よく知りもしない土地。
それでもここに『弟』がいて、コイツがありきたりなこの景色をぼんやりと、だが、どことなく懐かしそうに眺めているだけで、特別と感じてしまう不思議。
――町を散策してみるか?
喉まで出た提案は、寸でのところで飲み込んだ。
この子をここから連れ出した俺が言うべきではない気がしたから。
◇◇◇
「帰りの電車が来るまで、自由行動にするか」
やってきたアジフライにタルタルソースをたっぷりのっけている時、『兄貴』がトンカツにカラシを付けながら提案してきた。
(……え、なんそれ?)
「『兄貴』、トンカツにカラシ、うまい?」
トンカツにカラシとか、ツウなオトナっぽくて、ズルイ! カッケー!……なんてな。
「話、聞いてたか」
眉を顰めつつも、『兄貴』はカラシを付けたトンカツを一切れ、俺の皿に寄越してくれた。
「え、神?」
「安い神だな」
◆◆◆
駄目だ。食い物を前にした腹ペコ育ち盛り相手に、何を話したところで聞きやしないんだった。
これからの予定を尋ねるのを半ば諦め、トンカツをひと切れ譲る。まさか、たったそれしきのことで神認定されるとは思わなかったが。
「お、俺のアジフライ、一口食う?」
名残惜しそうに自分の皿を差し出す健気な『弟』に思わず笑った。
◇◇◇◇
「さーて、帰るかー」
うまいモンで膨れた腹をさすり、駅へ向かう。
「しばらく散歩してきてもいいんだぞ」
――俺はそこらで暇を潰すから。
暗に行ってこい、と告げる『兄貴』に、間を置くことなく首を横に振る。
今日はもう、かつていた町を訪ねて感傷に浸りたくねーや。
◆◆◆◆
『弟』は町に行く気はさらさらないのか、真っ直ぐに向かった駅の売店で土産物を物色している。
「こういうのって、地元にいる時は買わねえじゃん。だから、地元を離れた今になって気になるっつーか」
箱と名前だけは地元寄りの、どこにでもありそうな菓子を取り、「値段高っ」と一笑して元の場所に戻す。
同じこと、俺も思った。
◇◇◇◇◇
朝一番に家を出て、電車とバスを乗り継いで、母ちゃんと爺ちゃんの眠る田舎へ向かう。
汗かきながら墓掃除して墓参り。名前さえ覚えてないおばちゃんに絡まれたけど、ここではいつだってこんなもん。ジュース貰えたから、まあラッキー。
そこそこうまい飯食って、土産物屋をひやかした後、帰路に就く。
ひとりじゃなく『兄貴』とふたりの、里帰りっつーよりも日帰り旅行みたいな一日は、まあ悪くない。……嘘。心強かった。
俺一人だけだと、余計感傷に浸っちまってたろーし。
そんなんクサすぎ。自分にセンチメンタルとか似合わんすぎ。我ながら笑う。
電車の中、座席に沈み夢うつつ。
もう田舎もあの町も俺の帰る所ではないんだ、と墓に供えたヒマワリの黄色を脳裏に浮かべ、ふと思う。
◆◆◆◆◆
人の肩を枕にして眠る『弟』の重みと体温を感じながら、カタンカタンとお喋りの絶えぬ電車の音に耳を傾ける。
今日という日の良し悪しは正直なところ、どちらとも言えない。良くも悪くもあった。ただ、『弟』が満足したなら、それでいいか、とも。




