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ひとりじゃなくふたり  作者: 三山 千日
かつていた

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10/51

かつていた

 ◇


「報告はできたか?」

 駅前の飲食店にて。注文後にお冷やを一口飲んでから『兄貴』が訊いてきた。

「おう。今日は付き合ってくれてありがとな」

 頷く『兄貴』に笑んだ後、おもむろに窓を眺める。


 ホントなら、今日、『兄貴』がいなければ、他にも寄るつもりだったんだ。けど、そこはまたいずれ行けばいいか。



 ◆


 窓の外を眺める『弟』につられ、なんとはなしに同じ方向を見る。

(この子と初めて会ったのもこの町だったな)

 窓から見える駅名にふと、クソ親父の手紙に記された施設の近くであることに気付いた。

(ああ、そういえば)

 かつて『弟』が暮らした町も近くにあるハズだ。


 『弟』がこの地を離れてまだ一ヶ月ほどしか経っていないが、やはり、懐かしいものなのだろうか?



 ◇◇


 この駅前も、こっからバスで十五分くらいの所にある施設も、そことは逆方向にある俺が育った町も、学校も隣町の総合病院も、それらの景色と思い出は今でもしっかり覚えてる。なんたって、最近までいた場所だし。

 それなのに、無性に懐かしいのはなんでだろ?



 ◆◆


 観光地でもなければ、よく知りもしない土地。

 それでもここに『弟』がいて、コイツがありきたりなこの景色をぼんやりと、だが、どことなく懐かしそうに眺めているだけで、特別と感じてしまう不思議。


 ――町を散策してみるか?

 喉まで出た提案は、寸でのところで飲み込んだ。

 この子をここから連れ出した俺が言うべきではない気がしたから。



 ◇◇◇


「帰りの電車が来るまで、自由行動にするか」

 やってきたアジフライにタルタルソースをたっぷりのっけている時、『兄貴』がトンカツにカラシを付けながら提案してきた。

(……え、なんそれ?)


「『兄貴』、トンカツにカラシ、うまい?」

 トンカツにカラシとか、ツウなオトナっぽくて、ズルイ! カッケー!……なんてな。


「話、聞いてたか」

 眉を顰めつつも、『兄貴』はカラシを付けたトンカツを一切れ、俺の皿に寄越してくれた。

「え、神?」

「安い神だな」



 ◆◆◆


 駄目だ。食い物を前にした腹ペコ育ち盛り相手に、何を話したところで聞きやしないんだった。

 これからの予定を尋ねるのを半ば諦め、トンカツをひと切れ譲る。まさか、たったそれしきのことで神認定されるとは思わなかったが。


「お、俺のアジフライ、一口食う?」

 名残惜しそうに自分の皿を差し出す健気な『弟』に思わず笑った。



 ◇◇◇◇


「さーて、帰るかー」

 うまいモンで膨れた腹をさすり、駅へ向かう。

「しばらく散歩してきてもいいんだぞ」

 ――俺はそこらで暇を潰すから。


 暗に行ってこい、と告げる『兄貴』に、間を置くことなく首を横に振る。

 今日はもう、かつていた町を訪ねて感傷に浸りたくねーや。



 ◆◆◆◆


 『弟』は町に行く気はさらさらないのか、真っ直ぐに向かった駅の売店で土産物を物色している。


「こういうのって、地元にいる時は買わねえじゃん。だから、地元を離れた今になって気になるっつーか」

 箱と名前だけは地元寄りの、どこにでもありそうな菓子を取り、「値段高っ」と一笑して元の場所に戻す。

 同じこと、俺も思った。



 ◇◇◇◇◇


 朝一番に家を出て、電車とバスを乗り継いで、母ちゃんと爺ちゃんの眠る田舎へ向かう。

 汗かきながら墓掃除して墓参り。名前さえ覚えてないおばちゃんに絡まれたけど、ここではいつだってこんなもん。ジュース貰えたから、まあラッキー。

 そこそこうまい飯食って、土産物屋をひやかした後、帰路に就く。


 ひとりじゃなく『兄貴』とふたりの、里帰りっつーよりも日帰り旅行みたいな一日は、まあ悪くない。……嘘。心強かった。

 俺一人だけだと、余計感傷に浸っちまってたろーし。

 そんなんクサすぎ。自分にセンチメンタルとか似合わんすぎ。我ながら笑う。


 電車の中、座席に沈み夢うつつ。

 もう田舎もあの町も俺の帰る所ではないんだ、と墓に供えたヒマワリの黄色を脳裏に浮かべ、ふと思う。



 ◆◆◆◆◆


 人の肩を枕にして眠る『弟』の重みと体温を感じながら、カタンカタンとお喋りの絶えぬ電車の音に耳を傾ける。

 今日という日の良し悪しは正直なところ、どちらとも言えない。良くも悪くもあった。ただ、『弟』が満足したなら、それでいいか、とも。

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