妖精姫は赤獅子将軍とデートする(2)
レオナルドとアーシャは王都でも有名なレストランの前で馬車を降りた。
ここは海鮮料理が有名らしく貴族や裕福な平民がよく訪れる店だがクロイスが予約をしてくれたはずだ。
そんなに急に予約が取れるものかと心配になったが入り口を入ると支配人がすっ飛んできて和やかに迎え入れられた。
実はあれから市場は凄い盛り上がりを見せた。
レオナルドとアーシャを取り巻いていた人々は最初恐る恐る声をかけてきたのだが、アーシャがニコニコして「レオ様は優しい人ですよ~」アピールをすると徐々に気さくに声をかけるようになった。
それからは串焼きの屋台の店主に「将軍様~ウチの肉食ってってくれ~」と差し出されたり
「可愛いお嬢ちゃんにどうぞ~」と果汁のジュースを手渡されたり「うちの店も覗いてってくれ~」と手を引かれたり……
レオナルドとアーシャは賑やかで楽しい時を過ごした後、市場の人々に手を振り馬車の乗ってクロイスが予約したレストランに向かったのだった。
支配人に案内されレストランの個室に向かう。
レオナルドは自分とアーシャに向けられる驚きの視線をいくつも感じていた。
平民はレオナルドの顔を知っているがアーシャの顔は知らない。『将軍様の隣の可愛い女の子』ぐらいの認識だったが貴族はアーシャの顔を知っている者も多い。アーシャは〝妖精姫〟と呼ばれ若い男性たちに人気が高いうえに前王の弟であるグレンワース公爵の愛娘だ。
この店に来店していた貴族の面々は意外過ぎる組み合わせの二人に注目した。
「失礼、お久しぶりですアーシュア・グレンワース嬢」
突然声をかけてきたのは若いどこぞの令息らしい男だ。世間一般にはイケメンと呼ばれる整った顔つきをしている。彼が連れていた令嬢は彼から数歩後ろでアーシャを睨んでいた。
「あーえっとー」アーシャは額に手を当て考えていたがポンと手を打ち言った。
「ピクルス様!」
その男は一瞬「は!?」というような顔をしたが次の瞬間とろけるような笑みを浮かべてアーシャに砕けた口調で話しかけた。
「やだなぁアーシュア嬢、僕の関心を引きたいの?あ、後ろの女の子とは何でもないよ。君に会えない間の単なる暇つぶしだ」
「はあそうですか。レオ様行きましょ」
アーシャは興味なさそうに答えるとレオナルドの腕を取って歩き出そうとした。
焦った男はアーシャの肩に手をかけようとしたがレオナルドに阻まれた。
男は渋々レオナルドと対峙した。
今まであえて無視していたのである(怖くて見られなかったとも言う)
「お初にお目にかかります。ピックルズ伯爵家の嫡男ジョゼフ・ピックルズと申します。アーシュア・グレンワース嬢とは親しくさせていただいております。失礼ですがアーシュア嬢とはどういったご関係で?」
レオナルドが答える前にアーシャが口を開いた。
「レオナルド様は私の婚約者ですの」
「は?」今度はその男ばかりでなく周囲で聞き耳を立てていた人たちもそろって驚きの表情を浮かべた。
「それは……英雄への褒章的な?……なんて可哀そうなんだアーシュア嬢!こんな野獣——」
「いい加減にしてください!ピクルス様!」
男の言葉をアーシャが鋭い口調で遮った。
「私はレオ様のことが大好きです!レオ様の婚約者になれて幸せなんです!今レオ様に好かれるために頑張っているところなんですから邪魔しないでください!それに私あなたと親しくなった覚えはありません!」
アーシャはレオナルドの腕をぐいぐい引っ張って歩き出した。レオナルドは苦笑してその男に挨拶した。
「それでは失礼するジョゼフ・ピクルス殿」
個室に落ち着くとアーシャは真っ先に言った。
「レオ様!私あんな人と親しくなんてなってません!夜会で一度話しかけられただけです!信じてください!」
「もちろん信じるよ。君は彼の名前も正確に覚えていなかったしな。ただ……君が言ったことで間違っていることが一つある」
レオナルドはもじもじしながら続けた。
……大男のもじもじ……はたから見ると不気味だがアーシャにとってはご馳走だ。
「君は……俺に好かれるために頑張っていると言ってくれたが……そのう……既に俺は君が……好きだ」
レオナルドの声はだんだん小さくなっていって最後は聞き取れなかったのでアーシャは聞き返した。
「だからっレオナルド・シュヴァリエはアーシュア・グレンワース嬢を愛している!」
レオナルドが叫んだタイミングで給仕が「失礼します」と入ってきてレオナルドは真っ赤になった。
……真っ赤になって恥じらう大男……これもアーシャにはご馳走だった。
その夜のディナーは大変美味しくアーシャは大満足だった。
海鮮料理ももちろん美味しかったのだが、レオ様のもじもじ姿とテレテレ姿というご馳走に加えお店から「婚約のお祝いです」とスペシャルデザートまでサービスしてもらったのだ。
侯爵邸に帰ってからマリアナとセシルに「レオ様が——」「レオ様が——」「レオ様が——」と夜中まで喋り倒す勢いだったが、さすがに疲れたらしくストンと眠りに落ちた。
翌朝———
気持ちよく目覚めたアーシャは身支度を整え朝食に向かったのだが、食堂に入ったアーシャは目を擦った。
「あれ?私寝ぼけてる?」
アーシャの目には食堂でレオ様と一緒に朝食をとっているグレンワース公爵の姿が見える。
公爵は入ってきたアーシャに気づくと席を立って来てアーシャを抱きしめた。
「私の可愛いアーシャ、会いたかったよ!」
「え?え?夢じゃない?お父様、どうしてここにいるんですか?」
アーシャは警戒した。レオ様との顔合わせを邪魔してたお父様だ。何か企んでいるかもしれない。私を連れ戻しに来たとか?
「アーシャ、そんなに睨まないでくれないか」
公爵が情けなさそうに言うとレオナルドが口をはさんだ。
「グレンワース公爵もアーシャも座ったらどうですか?朝食をとりながら話しましょう」
レオナルドが「アーシャ」と呼んだ時にグレンワース公爵はピクッと片眉を上げたがアーシャが席に着くとアーシャに向かって言った。
「アーシャ、お父様はお前を連れ戻しに来たのではないぞ」
そういわれても素直に信じられないアーシャはまだ疑いの目を向ける。
「私は気づいたのだ!愛するアーシャが私のもとを去ってしまったのなら私が追いかければいいということに!」
「はあ???」
「と、いうわけで私は毎日ここで朝食をとると決めた。レオナルド殿も先ほど快諾してくれた」
アーシャは開いた口が塞がらなかった。
グレンワース公爵は上機嫌でレオナルドに語り掛けアーシャの子供時代の話をいろいろ暴露した挙句
「レオナルド殿、君には申し訳ないがアーシャの一番愛する男はこの私なんだ。小さい頃は『お父様大好き』といつも頬にチュッとしてくれてな」などと謎のマウントを取って帰っていったのだった。