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妖精姫は赤獅子将軍とデートする(1)


 レオナルドとアーシャは屋敷のエントランスホールで再び顔を合わせた。


 レオナルドはシンプルな白いシャツと濃いグレーのトラウザー姿である。シンプルなシャツだからこそレオナルドの盛り上がった筋肉が強調されアーシャはほうっ……と感嘆のため息を漏らした。


 アーシャは薄いピンクのワンピース姿で大きな襟や腰の後ろで結んだ幅広のリボン、パフスリーブの袖口やフレアスカートの裾に白いレースがあしらわれとても清楚で可愛らしかった。お揃いのリボンが髪にも結ばれ愛らしさを増している。レオナルドは一目見て(妖精がいる)と思った。固まったままのレオナルドをクロイスがつつき「とても綺麗だ」と小さい声で褒めたレオナルドはやっとアーシャをエスコートしたのだった。




 レオナルドとアーシャは王都でデートスポットとして人気の公園の入り口で馬車を降りた。


 公園に入っていくと正面に藤棚が見えた。大きく広がった藤棚には今を盛りの薄紫の藤の花が房になって幾重にも重なりながら垂れ下がり藤の花のカーテンの下を多数の男女がそぞろ歩いていた。


「レオ様、腕に掴まっていいですか?」


 アーシャの言葉にレオナルドは腕を差し出した。体格差がかなりあるために腕を組むというよりは腕にしがみついでいるように見えてしまうがアーシャは嬉しそうだった。


 念のため二人のデートには護衛が二名同行している。レオナルドにはもちろん護衛など不要だが、もしレオナルドがアーシャの傍を離れることがあった場合の為の護衛だった。

 その護衛は二人からだいぶ離れてついて来ていた。



 二人が藤棚に向かって歩き出すと周囲がざわッと揺れた。

 レオナルドの大きな体躯はどこでも目立つ。厳つい顔やすさまじい傷跡もとても目立つ。

 〝赤獅子将軍〟が彼に似合わない場所に現れその腕にとても可愛らしい少女をぶら下げているのである。その光景は人々の注目を集めた。


 二人は仲睦まじそうに談笑しながら藤棚に向かって歩いて行った。

 しかし藤棚の下に来ると残念なことが発覚した。

 レオナルドの背が高すぎて頭が藤の花の中に埋没してしまうのだ。頭が藤の花に埋没してしまったレオナルドは頭髪が可愛らしい薄紫の花模様になってしまったように見え厳つい顔と相まってなんとも珍妙な風情になった。


「うふっ……ふふっ……あはは」


 アーシャはたまらず笑い出す。


「アーシャ……」レオナルドの情けない声と下がった眉がアーシャの笑いを加速させる。


「うふふふ……レオ様、すっごく可愛い!」


「可愛い?俺が?」


「はい!今のレオ様を見て怖いという人はいないと思います!うふふふ……」


 アーシャの朗らかな笑い声が伝染したようで二人を注目していた人々も気が付けば柔和な笑みを浮かべ二人を見ていた。






 公園の散策を終え(次はどこに行くのだったかな?)とレオナルドがこっそりメモを見ているとアーシャが言った。


「レオ様、私行きたいところがあるんです」


 急いでメモをポケットにしまう。


「いいよ。どこでもアーシャの好きなところに行こう」


 それを聞いてアーシャは手を叩いて喜んだ。


「わあ!ありがとうございます!私市場(いちば)に行ってみたいんです!」


 市場は下町にあって種々雑多な屋台や小さな店舗が集まったところだ。庶民の大半はここで買い物をする。いつも人で溢れていて活気はあるが品のいいところではない。貴族の令嬢が近づきたいと思うようなところではなかった。

 

 ちなみにレオナルドは戦争に行く前だが何度も行ったことがある。侯爵家の騎士たちに交じって幼いころから訓練をしていたレオナルドは訓練が終わると先輩騎士たちによく連れて行ってもらったのだ。

 市場には安くてボリュームがあって美味い屋台が沢山あったので先輩騎士たちがよく奢ってくれた。

 そこには次期当主とか貴族とか平民とかの垣根がなかった。


「アーシャは市場に行きたいのか?」


「はい!前から行きたかったんですけど危ないからダメだとお父様に禁止されていたんです」


 確かにこんなに可愛くて上流階級丸出しの令嬢があんなところに行ったら危険だろう。



 レオナルドは市場の近くで馬車を降りるとアーシャに手を差し出した。


「市場はいつも人が多くて俺から離れると危険だ。決して手を離さないでくれ」


「はい!」アーシャは嬉しそうにレオナルドの手を握る。アーシャの小さい手はレオナルドのごつい手に包み込まれた。


 レオナルドはアーシャと歩き出して(これは俗にいう手繋ぎデートと言うものでは?)と思い至りこっそり赤面したが、その認識をすぐに改めた。アーシャは市場に興味津々で手を繋いでいなければあっちへふらふらこっちへふらふら……きっと迷子になっていただろう。


「レオ様!美味しそうな匂いがします!」

「レオ様!あそこに吊るしてある貝細工が可愛いです」

「レオ様!あの店に山盛りに積んである食べ物は何ですか?」

「レオ様!——」

「レオ様!——」


 彼女の興味は尽きなくてその楽しそうな様子に釣られレオナルドの表情も楽しそうだった。


 市場にいた人々はレオナルドが市場に入ってきた当初は緊張していた。

 もちろん皆レオナルドが英雄〝赤獅子将軍〟であると気づいていた。レオナルドの容姿は目立つのだ。

 この国を救ってくれた英雄なのだからもちろん尊敬はしているが雲の上の身分の将軍様だ。不敬があってはいけないと皆遠巻きに眺めるばかりであった。


 人々にアーシャの話声が届き始めると人々の緊張が緩み始めた。厳つい将軍様の隣にいる可愛らしい令嬢の楽しげな声とそれを愛おしそうに眺める将軍様の様子が人々の緊張を解していった。


 レオナルドの目が市場の片隅を捉えた。


「アーシャ、ちょっとあっちに行こう」


 レオナルドの向かった先に何かを探すようにうろうろする四~五歳の男の子の姿があった。


「坊主、どうした?何か困りごとか?」


 その子供は目の前にぬっと出てきた大男にびっくりして腰を抜かした。凄まじい傷跡のある恐ろし気な顔を目の前に出されて恐怖のあまり口もきけない。


 ハクハクと息を呑み震えているとひょっこりと大男の横から天使が顔を出した。

 

「どうしたの?何か探してるの?」天使のように綺麗なお姉さんは優し気に問いかけた。


「にーちゃ……いないの。ぼく……にーちゃんの手をはなしちゃだめっていわれたのに……にーちゃんいなくなっちゃった……」


 どうやら迷子らしい。レオナルドとアーシャは顔を見合わせた。


「坊主、兄ちゃんの特徴を言えるか?」


 レオナルドが声をかけるとビクッとして泣きそうになるがアーシャが「このお兄さんは怖くないよ。とっても優しい人だよ」と声をかけると少し安心したようだった。


「とくちょう?わかんない」


 レオナルドはふうっ……とため息をつくと「じゃあこうするか」と子供の体をひょいと抱き上げた。


「わあああ!」子供の叫び声を無視して肩車をする。


「これでよく見えるだろう。兄ちゃんを探せるか?」


 子供は恐る恐る目を開いたが、自分の視点の高さに今度は夢中になった。


「うわあ!すごいすごい!ぜんぶみえるよ!」キャッキャと楽しそうに笑う。


 程なく子供の姿を見つけた十歳くらいの少年が二人の元に駆けて来た。


「にーちゃーん、ぼくすごいでしょ。にーちゃんよりこんなにおおきいよ」


 少年はレオナルドの姿にびくついたが肩車されてはしゃいでいる弟を見て安心したようだった。

 レオナルドが子供を下ろし「もう兄ちゃんの手を離すなよ」と子供の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 少年はペコペコと頭を下げ子供の手を引いて歩いていく。

 子供は二人を振り返り「やさしいかいじゅうのおじちゃんとてんしのおねえちゃんバイバイ~」と手を振った。


()()()()()?」レオナルドが呟く。


 アーシャはレオナルドが()()()()()より()()()()()に拘ったところが面白くて笑ってしまった。



 その時、少し離れた場所で叫び声が起こった。


「ドロボー!!誰かーー!助けてーー!」


 その方角を見ると蹲る老婆と走り去る荷物を抱えた男。レオナルドは咄嗟に店先にある大きなオレンジを掴むとその男に向かって投げつけた。


 人混みをすり抜けオレンジは見事男の頭に命中した。常人の投げたオレンジではない〝赤獅子将軍〟の投げたオレンジは凄い威力で、男は一発で気絶してしまった。


 レオナルドは護衛に指示し男を捉えるとともに男がひったくった荷物を老婆に返した。

 ひったくりに突き飛ばされて転んでしまったが老婆に怪我はなく、お礼を言って去っていった。

 その後、オレンジをダメにしてしまった果物屋の店主に詫びオレンジを一袋購入していると周りの人々から拍手が沸き起こった。


 傍らを見るとアーシャもニコニコしながら拍手をしている。

 レオナルドはなんとも照れ臭かった。






 






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