妖精姫は赤獅子将軍に思いを打ち明ける
次の日、朝食後にレオナルドが言った。
「アーシャ、昨日の菓子のお礼がしたいんだが」
「えっ!そんな、いいんです」(レオ様の汗付きタオル貰いましたから)
「いや、昨日の菓子は俺が今まで食べた菓子の中で一番美味かった。是非お礼をさせてくれ」
うーん……侯爵邸のシェフがほとんど作ったから味は変わらないはずだけど……もしかして私の愛?私の愛がたっぷり入って美味しくなっちゃったとか?
アーシャがニヤケているとレオナルドが自信なさげに言った。
「と言っても俺は女性に何を贈ったらいいか見当がつかないんだ。アーシャは欲しいものは無いか?」
アーシャは思った。これは私のあの願望をかなえるチャーーンス!
「あの……私レオ様とデートがしたいです」
「デート!?」
「ダメですか?」
「いや、ダメではないが……俺と一緒でいいの……か?」
「?」アーシャが可愛らしく首をかしげる。
「その……デートということは俺と外を歩くということだな。俺と一緒のところを見られれば君の醜聞になるというか……」
「何故レオ様と一緒にいることが醜聞になるのです?レオ様は立派な方ですし婚約者同士が一緒にいるのは当たり前のことではありませんか」
「でも俺と婚約していることが知られる前に婚約を解消してしまえば君の評判も傷つかないと思うが」
「婚約解消!!?」
アーシャは目に涙をためて立ち上がった。舞い上がっていた自分が恨めしい。
「レ……オ様は……私をお気に……召さなかった……んです……ね……」
嗚咽をこらえ足早に部屋を出ようとした。
レオナルドは咄嗟にその手を掴む。
「いや違う!!俺は君のことを好ましく思っている!!だが……君は……この婚約は国王陛下に強制されたのではないか?それなら俺は君を開放しなくてはならないと思ったんだ」
レオナルドは勢いで自分の気持ちも不安もぶちまけた。アーシャはそれを聞いて今度はポカンとした。
「あの……婚約は私が強く望んだものです。だって……こんなに素敵なレオ様がほかの人のものになってしまうなんて耐えられなくて……ここに来たのだってレオ様がほかの綺麗な人に誘惑される前に私を好きになってもらおうと思って……あざといんです……私」
こんなに素敵なレオ様??今度はレオナルドがポカンとする番だった。
レオナルドは自分の容姿が令嬢たちに怖がられていることをよくわかっている。アーシャはたとえ婚約者の義務だとしてもレオナルドに歩み寄ってくれる健気な娘なので余計に俺なんかより若い見目麗しい男性と結ばれるべきだと思っていた。
アーシャは彼女基準ではレオナルドは最高に素敵な男性なので、並み居るライバル(などいないが)を蹴落として婚約者の地位を射止めたと思っていたし、何とかレオナルドに好きになってもらわなければ自分よりもっと大人の素敵な令嬢に取られてしまうのでは?と思っていた。
しばらく二人でポカンとした後、レオナルドは恐る恐る言った。
「君は……俺のことを……好き?」
「はい!!大好きですレオ様!外見も好きですけどここにきてレオ様とお話ししてもっと好きになっちゃいました」
アーシャは恥ずかしかったが、思い切って言った。ここは恥じらっている場合ではない、私の気持ちを正直に打ち明けるべきだと本能が言っていた。
「この傷跡が怖くないのか?」
レオナルドの問いかけにアーシャは首をひねった。
「傷跡が怖い?……レオ様の傷跡は夜な夜な動き回ったりするのですか?」
「い、いや……する訳ないだろう」
「どうして傷跡を怖がったりするのですか?傷跡は傷跡でしかないのに。
レオ様がその傷を負ったときはとても痛かっただろうと思って悲しくなりますが怖いと思ったことは無いです」
「しかし俺はこんな厳つい顔で」
「男らしくて素敵です」
「体だってこんなに大きくて」
「頼りがいがあります」
「歳だって君より十歳も年上で」
アーシャは両手でレナルドの手を握りしめた。レオナルドの手は大きくて分厚くてアーシャは両手でレオナルドの片手しか握りしめることができなかった。
「レオ様、レオ様のこの大きな手はこの国を守ってくれた力強い手です。レオ様の十年は私たちの幸せを守るために必死になってくれた十年です。でも実際に会ってお話ししたレオ様は英雄とか遠い人じゃなくて、笑顔が素敵で私を気遣ってくれる優しい人で、はにかむと可愛い人で……うまく言えないんですけど……私もっともっとレオ様といろんな時間を過ごしたいです」
レオナルドの両目からはいつしか涙が流れていた。
アーシャに握られた手から何か暖かいものが流れ込んできてレオナルドの心を満たした。
「ああ、俺もたくさん君と一緒の時間を過ごしたい」
「じゃあ手始めにデートしましょ!思いっきり楽しみましょう!」
「ああ。楽しもう」
朝食後の話が長くなってしまったがその後支度を整え二人で街に出かけることになった。
クロイスは張り切っていた。
クロイスは二人の会話を部屋の隅に控え聞いていた。
レオナルドは英雄と崇められながらも人々から、特に令嬢たちから恐れられ引かれていた。レオナルドは気にしていない風に装っていたが実は傷ついているのを知っていた。
アーシャ様はレオナルドの心を救ってくれた。素晴らしい婚約者が来てくれた。
アーシャ様に楽しんでもらえるよう精一杯アドバイスしよう!
着替え終わったレオナルドにクロイスは一枚のメモを差し出した。
「いいかレオナルド、この公園は今藤の花が見ごろだ。藤棚の下を二人で散策するデートがご令嬢に人気だ。アクセサリーを買うならこの店だ。最新のデザインが揃っている。カフェならこの店だ。今王都で人気だが、品が良く貴族もよく訪れる。ディナーならここがいいだろう。海鮮を使った料理が絶品だそうだ。ディナーは個室を予約しておいてやる。頑張ってアーシャ様を楽しませて来い!」
バーン!とレオナルドの背中をたたく。
レオナルドははにかんだような表情を浮かべ(傷跡のある大男のはにかんだ表情はちょっと不気味な気もしたが)「ありがとう」とメモを受け取った。