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妖精姫は赤獅子将軍に突撃する


 アーシャの初恋は五歳の時。相手は領地の猟師ザクル、二十五歳。クマのような大男である。


 領地に預けられたアーシャは成長するにつれて健康になったがピクニックに行った森でふとしたはずみで迷子になってしまい、それを助けたのが猟師のザクルだった。

 アーシャはザクルに一目ぼれをすると翌日からザクルのもとに突進し「およめさんにしてください」と毎日迫った。ザクルも困っただろう。五歳の幼児が毎日通ってくるのだ、厳つくてモテない自分のもとへ。領主の娘なので無下にもできない。

 

 二か月ほど経ったときついにザクルがアーシャに言った。


「お嬢様、お嬢様がおれのどこを気に入ってくれたのかはわかんねえすけどおれには好きな人がいます。おれはその人のために獲物を捕ったりその人が飯を作って待っててくれる家に帰る生活がしてえです。おれがお嬢様と結婚することはありえねえっす」


 こうしてアーシャの初恋は二か月で終わった。

 ザクルはその後アーシャを見習って好きな人——ザクルに猟を教えてくれた人の娘——に毎日突進し、見事射止めたそうだ。


 アーシャの二度目の恋は十三歳の時。領地から王都までアーシャが移動してくるときに警護についてくれた警備隊長ダンガス、三十二歳。やはり厳つい大男で無骨な武人だった。

 残念ながら彼は妻子持ちであった為アーシャはその場で失恋。思いを打ち明けることは無かったが、王都のタウンハウスの警備主任に就任したダンガスと彼の妻や娘とは良好な関係を築いている。


 王都に出てきて数年、父の知り合いのつてでお茶会に参加したり少々社交のようなこともしたが、王都の男性は皆アーシャの目にはナヨナヨしてみえた。

 女性たちの目にはスマートに見える男性もアーシャの目には頼りなく映る。

 デビューの時に王宮の騎士に期待したが、皆が素敵だと騒ぐ騎士もアーシャにとっては細っこく見えて何の魅力もなかった。

 デビューの夜会では興味のない男の人達にまとわりつかれ、女性たちにはなぜか睨まれ散々だった。


 お父様には悪いけど領地に帰ろうかしら。そう思っていた時、隣国との長い戦争が終わり兵士たちが戦地から引き揚げてくるという触れが回った。


 隣国と長い間戦争をしていたのは知っていた。それこそ六~七年前まではいつ王都に攻め込まれるかと皆ビクビクしていたらしい。それもあってアーシャは領地に預けられていたのだ。

 その後戦局がひっくり返り勝利の報が届くたびに人々は安堵したがそれと同時に通常の生活に戻っていった。王都から遠い地で生死をかけて戦ってくれている人たちがいるからこそ平和な生活が送れていることも忘れがちになっていた。


 戦争の終結と兵士の引き上げの報は忘れかけていた感謝の念を人々に思い出させた。


 もちろん公爵家も騎士や兵士を多数派遣していた。彼らの労いもあってアーシャは凱旋パレードを見に行った。

 いや、王国のために戦ってくれた兵士たちに感謝の気持ちはあるが、本音は〝赤獅子将軍〟を一目見たかったのだ。その夜戦勝記念の夜会が開かれることは知っていたが、どうしても早く見たかったのだ。



 凱旋してくる兵士や騎士の先頭で威風堂々と馬に乗るレオナルド・シュヴァリエ将軍の姿を見たとき、アーシャの体に衝撃が走った。


 理想が服を着て立っていた。否、理想が鎧を着て馬に乗っていた。

 アーシャは三度(みたび)恋に落ちた。いえ、今までのは恋ではない。ちょっとした夏風邪のようなものよ。これこそが本物の本当の恋だわ!


 アーシャは浮かれた。

 浮かれて浮かれて馬車の存在を忘れ、公爵邸までスキップしながら帰った。

 馬車で待ちぼうけの侍女も、アーシャの体を気遣いながら伴走した護衛たちも大変だっただろう。


 そうしてアーシャは熱を出し夜会を欠席せざるを得なくなったのだった。








「私、間違えてたわ」


 シュヴァリエ侯爵邸の与えられた自室でアーシャはマリアナとセシルに宣言した。

 レオナルドが会ってくれるまでじっと待っているアーシャではないのだ。  


「私は突撃あるのみよ!」



 




 翌朝、暗いうちにアーシャは起きだした。

 マリアナに手伝ってもらって身支度を整える。

 階下に様子を見に行っていたセシルが戻ってきた。


「侯爵様は食事に向かわれました」


「いざ出陣!」


 勇ましく掛け声あげてアーシャは食堂に向かった。






 食堂でレオナルドのグラスにミルクを注ぎながらクロイスは欠伸をした。


「お前、休暇中なんだからもっとゆっくり起きろよ」


「遅く起きたらアーシュア嬢と食卓で顔を合わせてしまうだろう」


「婚約者なんだからそれが普通なんじゃないの?」


「俺と食事なんてしたら食事が喉を通らないかもしれない。あれ以上痩せたら消えてなくなってしまうぞ」


「いや、お前がでかいだけで彼女は普通だと思うが」

 

 クロイスは呟いた後至極まっとうな注意をした。


「だからと言っていつまでも顔を合わさないわけにはいかないだろう」


「わかってる。アーシュア嬢の心臓に負担をかけないように少しづつこの顔に慣れてもらってだな——」


 レオナルドがそこまで話した時に食堂の扉がバー――ンと開いた。


「おはようございます!レオナルド・シュヴァリエ閣下!」


 にこやかにアーシャが入ってくる。


「う!?え!?あ、お、おはようアーシュア・グレンワース嬢」


「私もご一緒してよろしいでしょうか?」


 アーシャは満面の笑みを湛えたまま訊ねた。

 クロイスが素早く動き席を用意する。同時に厨房に声をかけアーシャの食事が急ぎ用意された。


「ありがとうございます。シュヴァリエ閣下はいつもこんな早い時間に朝食をとっていらっしゃるんですか?」


「あ、いや、まあ」


「では私も頑張って早起きいたしますね」


「えっ!?いや、あ、明日はもっとゆっくりに……そうもっと遅い時間に朝食をとる予定なのでグレンワース嬢も無理をしないでくれ」


 まだやっと明るくなってきた時間だ。彼女に連日無理をさせるわけにはいかないとレオナルドは慌てて答えた。

 グレンワース嬢は俺の顔が怖くないのだろうか?今はニコニコしているように見える。婚約式の時はあんなに震えていたのに……レオナルドは心の中で首をひねった。


「はい。明日も朝食をご一緒させてください。……あ、アーシャです」


「え?」


「私のことはアーシャと呼んでください」


「アーシャ……嬢?」


「〝嬢〟はいりません。どうかアーシャとお呼びください」


 アーシャの切なげな声につい「アーシャ」と呼びかけた。


「はい!」今度はさも嬉し気な声が返ってくる。


「では俺のこともレオナルドと……」おずおずと切り出すとアーシャは両手を握りしめて目を伏せた。


 やっぱりダメか……調子に乗りすぎたかな……と落胆したとき、アーシャは上目遣いにレオナルドを見て恥ずかしそうに言った。


「レオ様……とお呼びしてもよろしいですか?」


「もももちろん!好きなように呼んでくれ!」


 その後の食卓は非常に和やかでアーシャは「レオ様——-レオ様——-」とよく話しかけよく笑った。

 レオナルドは初めての体験に体がふわふわと浮いているようで何を食べたかも覚えていなかった。


 食事が終わるころアーシャが問いかけた。


「レオ様は今日もお忙しいのでしょうか?」


 実を言うとそんなに忙しくはない。当主としての仕事はあるが領地の運営は父と母がやってくれているし騎士団総団長の就任はまだ先だ。

 この三日間、アーシャと屋敷でばったり遭遇しないために(いきなり俺のツラが目の前に現れたらアーシャの心臓が恐怖で止まってしまうかもしれない)しなくてもいい用事を無理やり作っていたレオナルドだった。


「い、いや……騎士たちに訓練をつけるぐらいかな」


 侯爵家の敷地内には侯爵家の騎士のための宿舎と訓練所がある。昨日もレオナルドは訓練所に入り浸って騎士たちが半死半生の目にあっていた。

 クロイスはこっそり天を仰いで騎士たちの無事を願った。


「まあ!後で見学に行ってもよろしいですか?」


 アーシャの問いかけにびっくり仰天。一緒に食事をしたことだけでも予想外だ。なのにこの後も俺に会いに来るという……レオナルドは戸惑いながらも頷いた。


「では後で差し入れをもって伺いますね!」

 

 

 そんなこんなでレオナルドが心配していた事態にはならず、二人の初めての食事は和やかに終えた。

 いや、むしろレオナルドの心臓に負担がかかったかもしれない。







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