妖精姫は赤獅子将軍の屋敷に住み込む
王宮に出かけたレオナルドは青い顔をして戻ってきた。
「どうした?レオナルド。よっぽどひどい相手を押し付けられたのか?」
クロイスが聞くとレオナルドはかぶりを振り黙って釣書を差し出した。
「え?アーシュア・グレンワース……って〝妖精姫〟じゃないか?」
「妖精姫?」
「俺も社交界に詳しいわけじゃないからよくは知らないが……確かグレンワース公爵の娘でものすごい美少女だって噂だ。デビューした途端話題をかっさらって〝妖精姫〟の異名がついた」
「どうしよう……」
レオナルドはますます顔を青くした。
レオナルドは王宮に上がるとき一つの決心をしていた。
自分の容姿は自分が一番わかっている。女性に怖がられていることも。それでも婚姻を結んでくれるという女性を俺は一生大事にしよう。たとえどんな容姿でもどんな身分でも。
王宮で王はひどく機嫌のいい様子で一枚の釣書を渡してきた。
「こちらが侯爵の相手だ。婚約式は十日後。余が直々に立会人をしてしんぜよう。異論はないか?」
釣書にはアーシュア・グレンワース。グレンワース公爵家息女 十六歳 とある。
十六歳!?俺とは十歳も違う。ずっと戦場暮らしだったから令嬢の名前など知らないが、グレンワース公爵は確か前王の弟君だったはずだ。
そんな優良物件が自分のところに嫁ぎたい訳がない。国王が無理を言ったのかもしれない。無理強いはしないでくれと言っておいたのに……
「婚約式の教会は手配済みだ。顔合わせは両家で相談してくれ。では十日後にな」
要件を伝えると、国王は「いやあ良縁を世話することができで余は満足じゃ」とか言いながら部屋を出て行った。
婚約は決まったものの婚約予定のアーシュア・グレンワース嬢との対面は二度、三度と流れた。
ははあ、やっぱりご令嬢はこの婚約が嫌なのだろう。折を見て円満に解消する手立てを考えなければ、と思っていたところにある申し入れが届いた。婚約式の三日前だ。
「婚約式後にこの屋敷に住む?〝妖精姫〟が?」
クロイスの驚きももっともだ。レオナルドも驚いている。あんなに顔を合わすのを嫌がっていたのに?
国王だけでなく公爵にも無理強いされたのだろうか。レオナルドはまだ見ぬ十六歳の少女を哀れに思った。
「とにかく〝妖精姫〟は三日後にこの屋敷にやってくるわけだな。急ぎ支度をしないと」
クロイスは慌てて部屋を出て行った。
現在この屋敷には必要最低限の使用人しかいない。
レオナルドはずっと戦地に行ったきりで、父の前侯爵が負傷して帰ってきたときは沢山いた使用人は、ほとんどが前侯爵夫妻と共に領地の屋敷に行ってしまった。
同じ敷地内にある騎士団の宿舎には数人の騎士や世話をする使用人もいたが
この屋敷は主不在であったので最低限屋敷を維持していくだけの使用人しか残っていなかったのだ。
レオナルドが帰ってきた後、騎士団の宿舎の方は大幅に騎士が増えたため使用人の数も増やしたが、彼は戦地で自分のことは自分で何でもやってきたので侯爵邸の方は少ない使用人でも特に不自由を感じなかった。
しかし公爵家の姫を屋敷に迎えることになってしまったのだ。公爵家の姫に不自由を強いるわけにはいかない。レオナルドは途方に暮れた。
バタバタした三日間、何とか公爵家令嬢を迎え入れる部屋だけは整え、レオナルドは教会に向かった。
両親は領地にいるためクロイスを従えただけである。
王都で一番大きな教会、一番位の高い教皇の前で婚約誓約書にサインをした。
立会人は国王というこれまた国で一番身分の高い立会人である。
これではおいそれと婚約破棄などできないであろう。レオナルドは気の毒そうに傍らの少女を見下ろした。何とかしてこの婚約を円満解消するよう努力するので少しの間この顔に耐えてくれと思いながら。
教会で初めて顔を合わせた少女は終始顔を赤らめ、プルプルと震えていた。
彼女は父親と護衛騎士、侍女を二人伴いやってきた。
グレンワース公爵は大柄な(と言ってもレオナルドより小さいが)堂々とした人物で、レオナルドの手をしっかりと握りもの言いたげな目でレオナルドを見つめて娘をよろしく頼むと言った。
握られた手はギリギリと音を立てんばかりでレオナルドでなければ骨折していたかもしれないが、レオナルドはやはり国王に言われて意に染まぬ婚約を結ぶことになったのだろうとの確信を深め、「大丈夫です。機会を見て円満に婚約解消してみせます。お嬢さんの意に染まぬ結婚はしません」との意味を込めて力いっぱい握り返した。
クロイスが止めに入らなければグレンワース公爵の手を粉砕するところだった。
馬車がシュヴァリエ侯爵のタウンハウスに着いた。馬から降りたレオナルドはクロイスにつつかれ慌てて手を差し出した。
レオナルドの大きく肉厚な手の上に色白のほっそりした手が載せられ妖精姫が姿を現すと出迎えに並んだ使用人たちに声にならないどよめきのようなものが広がった。
と言っても住み込みの使用人は八人。後は通いの下働きや臨時の手伝いで賄っている。
レオナルドはギクシャクしながら妖精姫を屋敷の中にエスコートした。
応接室に落ち着き改めて挨拶をする。
妖精姫は綺麗にカーテシーをした。
「アーシュア・グレンワースと申します。こちらは侍女のマリアナ・フィッシャーとセシル・プレストンです。
シュヴァリエ侯爵閣下、これからお世話になります。閣下のご厚情に感謝いたします」
妖精姫は気丈に挨拶したが、馬車を降りるときからその手は……いや、体全体が小刻みに震えており声も若干上ずっているようだった。
これは早く対面を終わらせて俺の顔を見なくて済むようにしなければ……レオナルドは若干早口に挨拶した。
「レオナルド・シュヴァリエだ。こちらは執事のクロイス・キャリントン。何か要望や不満があったら何でもクロイスに言ってくれ。では俺はこれで失礼する」
いうだけ言ってレオナルドは足早に部屋を出ていった。
クロイスは苦笑しポカンとした顔の妖精姫を見た。
「執事のクロイス・キャリントンと申します。アーシュア・グレンワース様ようこそおいで下さいました。シュヴァリエ侯爵家使用人一同、誠心誠意お仕えいたします。なにかご要望がありましたら何でも私にお申し付けください。
ではお部屋にご案内いたします」
クロイスは妖精姫と侍女たちを部屋に案内した。
妖精姫は幾分元気がなさそうに見えたが急遽整えた部屋は気に入ってもらえたようでホッと胸をなでおろした。
———三日後
アーシャは叫んだ。
「レオ様に会えない!!!」
アーシャは密かにレオナルドのことをレオ様と呼び、最初は婚約式で間近に見たレオナルドの姿や馬車を降りるときに差し出されたごつごつした手を思い出して身悶えしていたが、二日、三日と経つうちに不審感を抱いた。
屋敷での待遇は申し分ない。使用人の数は少ないが皆アーシャたちに好意的だ。クロイスも親切だし何かと気を配ってくれる。
ただレオナルドに会えないのだ。
食事も別々だ。一緒に食事をとらないのかクロイスに聞いたが「アーシュア様はそんな事気になさらなくて結構ですよ」と言われてしまった。
何度かメイドのハンナやジェニーにも「侯爵閣下はどちらにおいでですか?お会いしたいのですけど」と聞いたのだが「大丈夫ですよ」とか「無理はなさらないでください」と言われ「アーシュア様はお優しいですね」と意味の分からない褒め言葉を貰っただけだった。
「マリアナ、セシル、私は明日こそレオ様に会うわ!!頑張ってレオ様に愛される妻を目指すのよ!そのためにもまずはレオ様に会わなくては!二人とも協力してね」
「「もちろんですアーシャ様」」
にっこり微笑みながら(どうか暴走し過ぎないように)と祈るマリアナとセシルだった。