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妖精姫は赤獅子将軍に嫁ぎたい


 アーシュア・グレンワース十六歳は泣いていた。


 屋敷のベッドの中で毛布を頭からかぶりしくしくと泣いている。もう二時間も泣き続けているのである。

 侍女のマリアナはため息をついた。


「アーシャ様、そんなに泣くと目が溶け出して無くなってしまいますよ」


「だって……私ったらなんて間が悪いの?せっかくのチャンスだったのに……」


 もう一人の侍女のセシルが言った。


「間が悪いというより自業自得だと思います」


「ひどいわセシル!ちょっと興奮しただけよ?何年も熱なんか出したことなかったんですもの。

 なのにこのタイミングで熱を出すなんて……」


 またしくしくと泣き出したアーシャに二人の侍女はため息をついた。


「もうあきらめてお顔をお出しください。   

 ……ああっ!こんなに目が腫れているではありませんか!」


 マリアナが熱い湯で湿らせたタオルを固く絞って目を覆う。

 セシルは薬湯をカップに注いでアーシャに差し出した。


「アーシャ様、夜会のことは諦めて今夜は薬湯を飲んでゆっくりお休みください」


 アーシャは目を熱いタオルで覆われながら手探りでカップを受け取りそろそろと口をつけた。

 少しずつ薬湯を飲みながらもブツブツと愚痴を言っている。


「だってだって……今夜の夜会はあの方に出会えるチャンスだったのに……あんなに素敵な人だもの……きっとお綺麗な令嬢たちが沢山群がって……ああっどうして私は熱なんか出してしまったのかしら……きっと夜会で素敵なご令嬢を見初められて結婚してしまうんだわ……私のバカバカ!」


 侍女たちは(それは取り越し苦労では?)と思ったが口に出さずアーシャをなだめた。やがて薬湯が効いてきてアーシャが眠りに落ちるとやっとほっと溜息をついた。





 それから一週間後、アーシャは父に呼ばれ執務室に赴いた。

 ノックをして入室するとアーシャの父、グレンワース公爵は難しい顔をして口を開いた。


「可愛いアーシャ、お前に縁談の話が来た。それもあの優柔不断なエイブラハムが話を持ってきおった」


エイブラハムとはこの国の国王の名前だ。国王の口利きの縁談ならおいそれと断ることはできない筈だが、


「アーシャ、お前はまだ十六だ。この話は断ろうか」公爵は断る気満々だ。


「お父様!私今絶賛片思い中なのです。陛下はどこの馬の骨との縁談を持ってきたのですか?」


 アーシャも興味はなかったが公爵が相手の名前を出さないことがふと気になった。

 グレンワース公爵は答えたくなさそうだ。よほどひどい相手なのだろうか?アーシャは重ねて聞いた。


「お父様?」


「……レオナルド・シュヴァリエ侯爵だ」


「お父様!今すぐ了承の返事を!!」


 アーシャは前のめりに答えた。レオナルド・シュヴァリエ侯爵こそアーシャが恋焦がれていた人物。

 夜会で会うことができなかったと嘆いていた人物、この国の英雄〝赤獅子将軍〟だったからだ。


「お父様!早く!早く返事をしてください!レオナルド様が誰かに取られてしまう前に!」


「そんな心配いらんだろ。怖すぎて嫁の来てがないからウチに回ってきたのに」というグレンワース公爵のつぶやきはアーシャの「早く早く」の声にかき消された。


 侯爵は尚も「こうなるから言いたくなかったんだ……私はまだ嫁に出したくないのに……」と渋っていたがアーシャは聞いてはいなかった。


 アーシャの声に急かされ婚約を了承する返事をしたもののグレンワース公爵はまだ渋っていた。


 アーシャは亡き妻の、最愛の妻の忘れ形見である。嫡男のキクロスは二十八歳。妻と二人の子供がいる。現在は領地にて仕事をしている。


 キクロスの十二歳下のアーシャことアーシュアは遅くにできた子であり、出産を危ぶまれたが妻はどうしても生みたいと主張し出産後体調を崩しアーシャが二歳の時亡くなった。


 生まれたアーシャも体が弱く、公爵は王都より気候が温暖な領地で育てることを決意した。

 当時領地には妻の父親である前オバリエ伯が居た。王叔父として、優柔不断な国王と己を過信し無謀な政策ばかり打ち出す王弟をフォローし王家を支えていた公爵は王都を離れられない為、泣く泣く義父に愛娘を預けた。


 以後可能な限り領地に帰り愛娘アーシャの成長を見守ってきたが、アーシャは領地の気候が肌に合ったのか健康にすくすくと育ち……ちょっと風変わりな方向に育ってしまった。


 王都に呼び戻したのが十三歳の時。最愛の妻に似て美しく成長したアーシャを公爵は少しでも長く手元に置きたいと婚約の申し込みを片っ端から断り、あと十年は嫁に出したくないなどと考えていた。









「お父様!どういうことですか!?」


 執務室の扉をバーンと開けアーシャは叫んだ。


 レオナルド・シュヴァリエ侯爵との婚約式は十日後に決まった。これは立会人が国王であるため延期も取り消しもできないが、その前の顔合わせをグレンワース公爵はなんだかんだと理由をつけてすべて断っていた。アーシャに知らせることなく。それが今日アーシャにばれたのだった。


 グレンワース公爵はごにょごにょと言い訳をしていたが、開き直ったように言った。


「アーシャに婚姻はまだ早い!婚約は仕方ないから認めるが最低五年は婚約期間を設け顔合わせは一年後、それからゆっくりと知り合っていけばいいだろう」


「はあ!?お父様はシュヴァリエ侯爵に不満をお持ちなのですか?」


 五年も待ったらアーシャは二十一歳になってしまうしレオナルドに至っては三十を超えてしまう。


「彼自身に不満は無いよ。素晴らしい英雄だ」


「ですよね!!!あんな素敵な人二人といません!」


「そこが不満だ……」


「え?」


「アーシャは私よりあの男が好きなんだろう?あの男と会わせたらもっと夢中にならないと言えるか?」


 アーシャは呆れた。父親とゆくゆく夫になる人を比較してどうする……?

 とにかくこのままではお父様に邪魔されまくるのは確実だ。それもつまらない嫉妬で。


「お父様、私は婚約式後お互いをよく知るために侯爵家に住み込んで交流を図りたいと思います。その旨先方に申し入れてください」


「アーシャ!この私を捨ててあの男のところに行ってしまうというのか!?」


 バカバカしい……と思いながらもアーシャは父親を宥めた。


「お父様、私はいつまでたってもお父様の娘です。お父様を愛しております。お父様も可愛い娘の願い事を聞き届けてくれますよね?」


「可愛い娘の願いはもちろん聞いてやりたいが——」


「まあ!ありがとうございます!それでこそ愛するお父様です!ではよろしくお願いします!」


 アーシャは父にごねられる前にさっさと執務室を出た。心は愛しのあの人〝赤獅子将軍〟レオナルド・シュヴァリエのもとに飛んでいた。



 



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