エルベルトの悲劇
暗い話です。
次の日から襲撃者たちの尋問が行われた。
襲撃者のリーダーはレオナルドと戦って死んだエルベルトという男で黙秘をするのではと思われた彼の部下たちは意外にもペラペラと素直に喋った。
まるでエルベルトのことを知ってほしいようだった。
隣国からテレンス王太子が帰国し様々な情報を突き合わせて全貌がわかったのは一か月ほど後、建国祭の直前だった。
トッカーニ王国で何が起こっていたのか———
十二年前、戦争が始まった当時トッカーニ王国の軍隊を率いていたのは国王である。
戦争当初は連勝に次ぐ連勝でこのままソマリエ王国の王都まで攻め入るか有利な条件で講和を結ぶのも時間の問題と思われた。国王は成人したばかりの第一王子に総大将を譲った。第一王子に手柄を立てさせ立太子させたかったからである。
第一王子の母は他国出身の王妃で第二王子の母は国内のチャルディーニ侯爵家出身である。チャルディーニ侯爵家の当主は非常に野心の強い人物で王宮での影響力もかなりのものだった。彼の専横による弊害もちらほら出始めていた。
程なく勝利すると思われた戦争は膠着状態に陥りやがて劣勢になりついに敗北してしまった。
長期化した戦争と敗戦の賠償でトッカーニ王国の国内は困窮し、荒れた。苦しい生活を強いられた民衆も貴族も戦犯を求めた。苛立ちをぶつける先が必要だった。
総大将は第一王子であるが彼を戦犯にするわけにはいかなかった。
実際総大将の実力不足と言ってしまえばそれまでだが第一王子は目立った失策をしたわけではない。相手が強すぎた。レオナルドが戦の天才だっただけなのだ。
戦犯を求める声は日増しに高まり国王は第一王子を補佐していたソルヴィーノ侯爵に戦争の責任を負わせることに決めた。
第一王子を排すれば王太子になるのは第二王子でありその後ろ盾のチャルディーニ侯爵が王家を牛耳り今以上の専横をするのがわかっていたからだ。それほど王家の力は弱まっていた。不安定な均衡の上に立っている状態だった。
ソルヴィーノ侯爵も「私一人の命でトッカーニ王国を立て直せるのであれば」と了承してくれた。
しかし民衆も貴族も彼一人の命では満足しなかった。民衆や貴族を煽ったのはチャルディーニ侯爵の手の者だ。この機会に実直に王家を支えるソルヴィーノ侯爵を潰してしまおうとの考えだった。
自宅で謹慎しているソルヴィーノ侯爵に捕縛命令が出された。それも彼の孫である一歳の幼児まで含めた一族全ての捕縛と公開処刑の命令だった。
国王と第一王子はソルヴィーノ侯爵一人の処刑で終わらせたかったが火が付いた議会は治まらず一族全ての処刑が決まった。
捕縛の兵たちが迫る中、侯爵は嫡男であるエルベルトと彼の妻、まだ一歳の孫を侯爵家騎士団長のジュスティ以下騎士団の騎士たちをつけて逃がした。
そして屋敷に火を放った。
捕縛の兵たちが侯爵邸に着いたとき侯爵邸は既に火に包まれ正面のバルコニーに侯爵と彼の妻が立っていた。
侯爵は彼の妻と手を取り合い炎に飲み込まれていった。
侯爵邸から逃げたエルベルトと騎士たちは度重なる追手との戦闘を繰り返し、かつての敵国であるソマリエ王国にたどり着いたときにはその数を半数に減らしていた。そしてエルベルトの最愛の妻と子供もその命を落としていた。
ソマリエ王国の王都に潜伏したエルベルトだが彼の心は抜け殻だった。彼が求めるものは死に場所だけである。
真に憎いのは彼の自国であるトッカーニ王国の王族、貴族たち。そしてそれを先導したチャルディーニ侯爵であるが彼がそれらに近づくのは無理である。
鬱屈した日々を送る彼に騎士団長のジュスティが耳寄りな情報を持ってきた。
ソマリエ王国の王弟アルヌルフが国王に不満を抱いておりアルヌルフこそが王に相応しいと思っているらしい。
早速エルベルトはアルヌルフに接触した。
エルベルトがアルヌルフに持ち掛けた計略とは———
夜会等王族が集まる場所で国王や王族を一気に殺害する。もちろん抵抗されるだろうし捕らえられるかもしれない。しかし国王さえ殺してしまえばこの国は混乱する。その混乱の隙をついてトッカーニ王国が再びこの国に攻め込むのだ。素早く王都まで攻め込んでしまえばトッカーニ王国が後ろ盾となってアルヌルフが王に即位できるだろう。
民衆も即座に戦争を終結させたアルヌルフを国王と認めるに違いない。
というものだった。
アルヌルフの密書を持ってジュスティが数名の騎士と共にトッカーニ王国に戻った。エルベルトは顔を知られているがジュスティは顔を知られていない。アルヌルフの密書が功を奏しジュスティは第二王子に接触することに成功した。
第二王子はいつまでも王太子になれないことに苛立っていたのでジュスティの甘言に容易く乗った。
第一王子が敗北したソマリエ王国との戦争に第二王子が勝利する。これによって彼の立太子は確実になるだろう。ソマリエ王国の王弟が協力するのだ、勝利は確定と思われた。
エルベルトはアルヌルフのもとに残り王宮に入り込んだ。
エルベルトはアルヌルフに言った。王族への襲撃はエルベルトと部下が引き受けるがきっかけとなる国王の殺害はアルヌルフがしなければならない。国王に近づけるのはアルヌルフしかいないからだ。アルヌルフが国王を殺害し会場が混乱の渦に巻き込まれたと同時にエルベルトたちが一斉に王族を襲撃し彼らを殺害してみせようと。
アルヌルフは兄である国王は無能だと思っていた。アルヌルフにとって目の上のたん瘤は叔父のグレンワース公爵であり、最近評判の高い王太子テレンスであった。
無能の国王を害するのは簡単だ。エルベルトたちがグレンワース公爵やテレンス王太子を殺害してくれればこの国の機能は麻痺する。アルヌルフが王位につくのも容易いことだろう。
そして計画の実行にあの夜会が選ばれた。建国祭の時には警備が厳重で王弟といえども気軽に国王に近づけない。ほどほどの規模の夜会の方が都合がいいのである。
アルヌルフは自らの復帰の夜会だからとなるべく多くの王族やグレンワース公爵の出席を求めた。テレンス王太子が視察で欠席なのは残念だったが視察から戻ってきたところを捕えてしまえばよいだろう。
アルヌルフは計画の成功を疑っていなかったがエルベルトは違う。
エルベルトは元からこんな穴だらけの計画が成功するなどと思っていなかった。
彼が欲したのは「敗戦後の講和条約を破って再びトッカーニ王国が攻め込んできた」という事実と「トッカーニ王国の者たちが王族を殺害しようとした、または殺害した」という事実である。
だから部下たちにはあまり抵抗せず捕まったらトッカーニ王国の手の者だと言うように指示していた。
エルベルト自身はなるべく多くの王族を殺し自分も死のうと決意していた。
王族を殺されればトッカーニ王国への恨みは高まるだろう。なるべく厳しい制裁がトッカーニ王国に下されることを望んだ。
巻き添えで殺されるものは哀れであるがすべてを失って死に場所を求めている彼にはそれを思いやる気持ちもすでになかった。
そしてあの夜会の日、襲撃は実行された。




