妖精姫は赤獅子将軍のことを惚気る
シュヴァリエ侯爵邸の朝食は賑やかである。
当主レオナルドと婚約者アーシャに加えアーシャの父グレンワース公爵とこの国の王太子テレンスと第二王子ウィスランまでもが一緒に食卓を囲んでいるからだ。
グレンワース公爵は愛娘会いたさに毎日訪れ、〝赤獅子将軍〟と〝妖精姫〟の取り合わせに興味を持った王子たちが次々訪れ居心地の良さに習慣になってしまった。
ということになっている。
王子たちもそう言っているし貴族の間でも朝食会のことは話題になりつつあるのでレオナルドやアーシャもたまに聞かれる。
アーシャは聞かれれば朝食会の賑やかな様子を話すこともあるが、レオナルドのことが怖くないのかとかどんな話をするのかとレオナルドに関することを聞かれる方が多いのでその時は思いっきり惚気倒すことにしている。
先日のお茶会でもアーシャは話題の中心だった。この時は女性たちのお茶会なのでアーシャ一人の参加である。
「アーシュア様、毎朝王太子殿下と第二王子殿下がいらしてるとお聞きしましたわ」
「まあ!殿下お二人と朝食を共にするなんて緊張しませんか?」
「いえ、お二人とも気さくな方ですから。それに父も一緒ですし」
「そうですわ。アーシュア様は殿下がたとは親戚にあたられるんですもの。慣れていらっしゃいますわね」
「いえ、私よりテレンス殿下もウィスラン殿下もレオ様と話が合うようなんです。年齢も同じくらいなので様々な話で盛り上がってらっしゃいますよ」
「まあ!シュヴァリエ侯爵はどんな話をなさいますの?」
「それより私はアーシュア様が今仰った『レオ様』に興味ありますわ。いつもそう呼んでらっしゃるの?」
「アーシュア様はなんて呼ばれてらっしゃるんですか?」
このあたりからアーシャの惚気が始まる。そして「まあ!アーシャと呼ばれてらっしゃるの?」とか「あの怖いお顔でそんな甘い言葉を……」とか「恐ろしい方だと思っていましたけど私も照れるお姿を拝見したいですわ」等の会話をはさみアーシャが散歩中に足を滑らせて転んでしまったときにレオナルドがすぐさまお姫様抱っこで運んでくれてソファーに座らせたアーシャの前で跪いて治療をしてくれたくだりで「キャー!」と歓声が上がりお茶会は盛り上がりを見せるのである。
ちなみにアーシャの父グレンワース公爵が厳選したお茶会に出席しているのでラヴィニア王女に近い人たちはほとんど出席していないしグレンワース公爵家に好意的な家が多い。
よってアーシャも気楽に出席することができた。
そんなある日の午後——
「アーシャ、夜会の招待状が来ているんだが」
レオナルドが一通の招待状を持ってアーシャのもとにやってきた。
「来月の建国祭の大夜会ですか?」
毎年実りの月に開かれる建国祭の夜会は外国からの招待客もいる大規模なもので既にレオナルドもアーシャも出席の返事を出している。
というか、この建国祭の時にレオナルドは騎士団総団長に任命され休暇は終わりを告げるのだ。
その夜の夜会ではレオナルドも主役の一人なので出席するのは当たり前なのだ。
「いや、来週王宮で開かれる夜会なんだが——」
「それは欠席のお返事をしたんですよね?」
「ああ。陛下から再度出席してくれないかと連絡が来たんだ。ラヴィニア王女殿下が私たちに会ってみたいと言っているらしい」
「ラヴィニア殿下が?」
アーシャのは眉を顰めた。ラヴィニアがレオナルドのことを野獣呼ばわりしているのは知っている。パーマー侯爵家の園遊会にいたあの失礼な近衛騎士もラヴィニア王女付きだった。レオナルドが不快な思いをするのではないかと心配になったが
「俺は出席しようと思っているがアーシャは気が進まなかったら欠席してもいいよ」
「レオ様?」
「どうやらその夜会に王弟殿下が出席するらしいんだ。怪我を負って以降表舞台から退いていたからな。来月の大夜会の前の肩慣らしといったところらしい」
「それでしたら私も出席します」
王弟アルヌルフとレオナルドは浅からぬ因縁がある。レオナルドの父、前シュヴァリエ将軍が大怪我を負ったのはアルヌルフのせいだということは万人の知るところであるし、アルヌルフの後に総大将になって戦を勝利に導いたのはレオナルドなのだ。
レオナルドがアルヌルフに対しどんな感情を抱いているかはわからないがアーシャは傍に寄り添っていたいと思った。
次の日の朝食会でアーシャはその夜会のことをテレンス王太子に聞いてみた。
「ああ、国王主催の定例夜会だろう。叔父上が出席するのは私も一昨日聞いたばかりだよ。まあ五~六百人くらいの夜会だから肩慣らしにちょうどいいんじゃないか?」
「ふうん、叔父上が出席するなら私も出席しようかな?兄上は視察だろう?」
ウィスラン王子の言葉で(そういえばテレンス王太子は明日から遠方に視察に行くと言っていたな)とアーシャは思い出した。
テレンス王太子は騎士団一個師団を連れて視察に行くらしい。「来月の建国祭の予行演習も兼ねているからね」と笑っていた。
シュヴァリエ侯爵家のルーシャン・ブレイクリー騎士団長も多数の騎士を連れ出張中である。
「私も出席するぞ。アルヌルフから久しぶりに会いたいから夜会に来てくれと手紙が来たのだ」
「あら、お父様もですか?」
アーシャはちょっとびっくりした。父のグレンワース公爵は夜会嫌いというわけではないが先王の弟として出席しなければならない夜会以外はあまり出席しないのである。
その後男性陣はいつものごとくサロンに向かったのでアーシャは自室に戻り刺繡をして過ごした。
実はレオナルドに内緒で今プレゼントを作成中なのである。
来月の建国祭での騎士団総団長の任命式、その際に着る騎士服に使われるサッシュに刺繍をしているのだった。
一針一針レオナルドのことを考えながら刺繍をしているとあっという間に時間がたってしまう。
「アーシャ様、レオナルド様から昼食をテラスで一緒にとお誘いがありました」
マリアナの声に没頭していた刺繍から顔を上げた。
「まあ!すぐに伺うわ!」
「あー、お待ちください」セシルが素早く身だしなみを整えてくれる。
アーシャはルンルン気分でテラスに向かったのだった。




