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英雄〝赤獅子将軍〟は嫁が欲しい


 十二年もかかった隣国との戦争は、一人の英雄を生んで終結を迎えた。


 その英雄、レオナルド・シュヴァリエ侯爵、二十六歳。

 燃えるような赤毛、岩山を思わせるような大柄で肉厚な体躯。太い首の上にのっているのは厳つい顔。

 なにより左目の目じりから頬にかけて走る凄まじい傷跡は見るものに恐怖を抱かせる。

 あと数センチずれていたら失明を免れないような傷痕だった。

 

 その燃えるような赤毛と見上げるような体格で、敵国には〝赤獅子〟と恐れられ、彼が姿を見せると味方の士気は上がり、敵は恐怖に駆られて及び腰になった。




 レオナルドは将軍だった父を補佐するため、十六歳で戦地に召喚された。戦争が始まって二年目の事だった。

 当時の戦局は厳しく、総大将として派遣されていた王弟殿下の勇み足で、作戦はほとんど失敗。このままでは防衛線は突破され王都まで攻め込まれるのではないかという状況だった。


 彼は戦地入りするなり遊撃隊の隊長を任された。十六歳の初陣でいきなり隊長は異例だが、父親譲りの並外れた体格と優れた剣の技量は衆人の知るところであり、任されることとなった。


 そして彼は期待を裏切らず、軍の危機を何度も救った。彼自身の強さもさる事ながら、戦局を読む力は天才的であり、作戦立案の才も素晴らしい事が五年後証明された。彼の父である将軍が、無謀な策を用いて窮地に陥った王弟殿下を庇い、共に深手を負い戦地を離れた後、総大将に抜擢されたのだ。


 それから五年かけて戦局をひっくり返し、大勝利の末に有利な条件で講和を結んだのが先日の事である。


 遊撃隊の隊長として初陣を飾った彼は数々の手柄で昇進を重ね、講和を結んだ時には父の跡を継いだ将軍になっていた。

 と言っても彼に実感はなく、息をつく暇もない戦場暮らしの中、回ってくる書類にサインをしていただけだ。





 王都に引き上げてきた軍隊は王都民に熱狂的な歓喜を持って迎えられた。


 先頭を飾る総大将は大柄な兵の中でも一際大きく堂々としていた。

 

 誰かが叫んだ〝赤獅子将軍〟という言葉が瞬く間に広がり、民衆は口々に〝赤獅子将軍〟と叫び彼を讃えた。

 

 まさに英雄の誕生だった。




 市中をパレードした軍隊は王宮に入る。

 謁見の間には既に国王を始めとしたこの国の重鎮たちが待ち構えていた。


 レオナルド以下数名の軍の幹部が馬を下り謁見の間に向かった。


 レオナルドが国王陛下の前に進み出、騎士の礼をとった。


 宰相から彼や主だったものの功績とそれに見合う褒賞が述べられ、目録が渡された。


 国王陛下からお言葉が述べられた。


「レオナルド・シュヴァリエ、此度の戦におけるその方の働き、誠に見事であった。そなたのおかげで我が国は隣国との戦争に勝利することができた。礼を言う」


「もったいないお言葉でございます。

 戦に勝利できたのは皆の働きあってこそでございます」


「まあそう謙遜するな。

 そなたの此度の働きに対し、先ほどの褒章以外にも褒美を取らせたいと思うが、希望はあるか?

 できるだけそなたの要望に応える故考えておくがいい」


 この戦でレオナルドの名前は近隣諸国に知れ渡った。レオナルドを破格の待遇をもってしても迎え入れたい国も多いだろう。

 侯爵家当主であるので他国に行くことはあるまいと思うが、機嫌を取っておいたほうがよいだろう。


「ありがとうございます」


「今宵の夜会はそなたたちが主役だ。存分に楽しむがいい」


 国王は上機嫌で謁見の間を後にした。 






 英雄レオナルドは人々の尊敬を集めたが、女性の注目は集めなかった。いや、違う意味での注目は集めた。その夜行われた戦勝記念の夜会で、王宮に集まった貴族の女性たちは皆彼のことを恐怖の眼で見つめた。

 特に、頬に走る凄まじい傷痕は女性にとって恐ろしいものらしかった。


 夜会でレオナルドは沢山の人に取り囲まれたが、その全てが男性で彼の武勇伝を聞きたがる者たちだった。


 彼以外の軍部の者たちは婚約者や妻たちと再会を喜び合い、婚約者がいない者も令嬢とダンスに興じていたりしたが、彼の周りは令嬢のれの字も見当たらなかった。

 彼に心酔した男性たちが娘を紹介しようとすると令嬢たちは恐ろし気に後ずさる。

 気まずい思いをしたレオナルドは「疲れているので」と王宮を後にした。



 






 早々に王宮を辞したレオナルドは十年ぶりに実家の侯爵邸に帰った。


 屋敷の外観は変わっていなかったが、中身はいろいろな事が変わってしまっていた。


 出迎えたのは執事のクロイスで、この屋敷を発つときに執事だったデリックの息子だ。

 デリックは父とともに領地に行った。


 父は戦場で大怪我をした後の経過が思わしくなく爵位をレオナルドに譲って母とともに領地に引っ込み静養している。


 戦争に行く前に結んでいた婚約は戦地に行って三年目に解消された。家格が釣り合う相手との政略結婚だったが、もともと相手には嫌われていた。大柄で筋肉質な分厚い体躯も、いかつい顔も、婚約者は怯え、嫌っていた。

 レオナルドもそれはわかっていたので戦地に手紙が来ても、そうか、としか思わなかった。


 婚約解消も、爵位を継いだことも、あの生きるか死ぬかの戦場暮らしの中で届いた書類にサインしただけだった。






 翌朝はゆっくり起きた。

 こんなにゆっくりするのも十年ぶりだ。

 ゆったりした気分で朝食をとる。

 戦争終結と共に王国騎士団、歩兵団、各領地から派遣された騎士や兵士で構成されていた軍は解体となる。今後、王国の騎士たちを束ねる騎士団総団長に就任することが決まっているが、就任前の今は自由の身だ。三か月の休暇が与えられている。


 朝食後、コーヒーを楽しんでいるとクロイスが入ってきた。


「旦那様——」


「おい、よせよ」


「わかった。レオナルド、お前に来ていた婚約の打診なんだが」


 クロイスとは兄弟のような関係だ。


「今朝、すべて取り下げられた」


 朝から傷つくようなことを平然と言う。


「やっぱりこの傷跡が原因かな」ハーっとため息をつく。


「お前の良さを分からない奴らなんかほっとけ。お前の名声に惹かれて申し込んできて、昨日の夜会でその傷を見てビビったんだろう」


 あまりレオナルドも乗り気ではないが、侯爵家を継いだ手前、跡継ぎを儲けなくてはならない。

 この国の結婚適齢期は女性が十六歳から二十歳、男性が十八歳から二十四歳ほどでモテ過ぎて独身を謳歌したいのならともかく二十六歳のレオナルドは焦る必要があった。


 できればこの休暇中に婚約だけでも決めてしまいたい。


「国王陛下に頼んでみようか」


 国王陛下は何か褒美をくれると言っていた。嫌がる女性に無理に嫁いで来いとは言えないが十年も戦場暮らしをしていた自分よりも国王陛下の方が顔が広いだろう。

 こんな顔でもいいと言ってくれる令嬢を見つけてくれるかもしれない。


 浮かぬ気持ちを無理に引き立てレオナルドは王宮に向かった。

 


 

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