38話 そのいざこざ 収まって!
「メ、メイリス様....何を撃って?」
倉庫管理担当の責任者が困惑しながら問う。
「飛んで行った樽を撃って破壊した、全ては破壊できなかったが....。 ついでに、勇者が追い詰めたネズミに一発お見舞いしてやった」
メイリスは狙撃地点の高台から降りながら答える。 メイリスの現在地から春の場所までは200m以上あり、特注品の武器とはいえスコープの無いマスケット銃でこれほどの射撃精度は、実に見事と言わざるを得ない。
しかし、メイリスの顔には少し疲労が見て取れる。
「よくこの距離で当たりますね....それで、仕留めたので?」
「まさか。 さっき運ばれていった【ファンキー】と呼ばれてた勇者が、何故か殺すなと必死だったからな....一応後で勇者基地へ部下を送って拘束させるつもりだ」
「じゃ、じゃあ...その件はお願いします。 役所側としては勇者の機嫌は、極力損ねたくはないもんで.....。 勇者伝説は民衆からの支持もありますし」
「...はぁ、世論というのも大変だな、互いに苦労が絶えない。 それとは別で、空中で破壊した樽の中身を役所側で調べておいてほしい。 私は昼から働きづめで流石に少し休みたい」
メイリスは消火がほとんど済んだ倉庫を後にしながら指示を行う。
「お疲れ様です、調査報告と倉庫で拘束した輩の方は軍の施設へ送っておきますね」
「頼む」
メイリスは話を終わらせ、軍の施設へ向けて歩きながらふと思う。
(樽を空へ投げることが連中の目的? 進化したスキルを使えば、街を取り囲む壁の外側に樽を届かせることはできるとは思うが....。 落下してくる液体の入った樽を、受け止めることができるほどの力自慢が居るという事か?)
メイリスは悩みながら施設へと向かって行った。
(....ヘルカなら奴隷を山にして受け止めさせそうだがな)
=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=
【勇者基地、医務室にて】
勇者基地へと運び込まれたファンキー先生は、タンカーに乗せられて医務室に速やかに運ばれていく。 ファンキー先生を運ぶのは倉庫の警備担当だった男達だ。
床に就いていた葉日学園の生徒たちが、騒ぎに引き寄せられ野次馬のように集まってくる。 そんな勇者の野次馬を掻き分け医務室に入っていく。 血だらけのファンキー先生を見た一部の生徒が悲鳴を上げたり、目を丸くして驚いたりしていた。
「どいてどいて! 緊急だぞ!!」
「医者は呼んだか!?」
「回復ポーションじゃダメなのか!?」
「弾が体内に残ってる! ポーションで塞げば内臓が壊死するぞ!」
タンカーを運ぶ警備が叫ぶと、それに反応するように勇者基地の玄関辺りからギャル女生徒が...
「なんかビョーインのセンセ―来たんだけどぉー!」
これはただ事じゃないと判断した生徒たちが道を空け、その中央をカバンを引っさげた賢そうな男性が通る。 看護婦と思わしき二人の女性もその後に続く。
人の波を掻き分けながら医務室に到着した医者は、的確に看護師に指示を出し。 野次馬の生徒や運び込んだ警備の人間を医務室の外に出す。 ベッドに寝かせられたファンキー先生の周りで、医者や看護師が慌ただしく動く。
「患者の意識は?」
「意識不明、呼吸には問題はありません。 しかし脈が弱まっており、撃たれた部分の出血が多すぎます」
「勇者様に患者の血液型を聞いてください。 輸血の用意...それと熱湯、手術道具の用意を急いでください」
医者は悩まずに、的確に指示を出していく。
「「分かりました」」
「私は空気の洗浄と、患者の状態を見ます」
「先生、麻酔ポーションのグレードはどう致しますか?」
看護師の一人がその場で準備をしながら訪ねる。
「少し待って下さい。 スキル『進化型、透視』」
医者は、進化したスキル『透視』で撃たれた箇所を確認し...正面から受けた銃弾が2発、背中辺りで停止していることを確認する。
「弾丸位置を確認できました。 回復ポーションはG3とG4の用意をお願いします、麻酔ポーションは最高グレードのG3を」
「はい」
一人の看護婦が、キャスター付きの荷台に熱湯や手術道具...G3、G4と書かれた小瓶の回復ポーションを置き、その隣に【G3麻酔ポーション】と書かれた小瓶を置く。
聞き取りを終えた看護師が血液型を医者に伝え、採血の為にバッグから道具を持ち出し部屋をもう一度後にする。 医者と看護師が、風のスキルで部屋の空気清浄を行った後、スキル『火炎耐性』を両手にかけ、お互いに手にランプで火をかけ熱消毒を行った後、手術の最終確認に入る。
「採血の時間が惜しいので手短に。 まずは、正面側の怪我にG4の回復ポーションを流し込み...傷ついた体内を一度再生し、全ての出血を止めます。 その後、輸血と同時に弾丸のある場所を背中側から切開...弾丸を摘出し、G3の回復ポーションで傷口を塞ぎ手術を終えます」
「分かりました、では先生、麻酔を入れます」
「お願いします」
こうして勇者基地でファンキー先生の緊急手術が始まった。
勇者達から採血を終えた看護師が、部屋に入っていって手術に参加し...数分が立った頃。
翔が撃たれた春をかかえ、勇者基地へと飛び込んできた。
「温井さん居る――!? 怪我人、治療してぇ!!」
「いるよー、すぐ行くから待って待ってぇ!」
女子部屋の方からバタバタと温井さんが走ってきて春の前に立つ。
「天賦で治療頼むわ」
「OKっ翔っち」
温井が何も考えず、手を伸ばし治療しようとした所を...いつぞや、疾風が酒販売店に入ったことをチクった真面目そうなメガネが、その手を掴んで治療を止める。
「おい何しゃしゃってんだ、クソメガネ」
治療を止められたことに翔が噛みつく。
「さっき人が言ってたんだよ...弾丸が体内に残ってたら壊死するって....だから...」
「あぁ?」
「慎重になろうよ...知恵が無いんだから」
真面目メガネ君の一切悪意が無い言葉で、受け取り方の食い違いが起こり翔がキレる。
「クソメガネの分際で馬鹿にしてんの?」
「そ、そういう意味じゃ...」
「喧嘩そこまで! 誰かお医者さんに怪我人のこと伝えて」
温井がいざこざを収める。 喧嘩というか、一方的に詰められてた真面目メガネ君が逃げるように医者に怪我人のことを伝えに行く。 翔は何故か真面目メガネ君が嫌いなようで舌打ちをしている。 メガネ君は医務室の扉を叩き、看護師を呼んで事情を説明する。
温井さんは、翔の背中で気絶したように眠る春の顔を見て思い出したように声を上げた。
「温井どしたん」
「この子、星原っちの妹じゃん...」
「星原って誰?」
「とりあえず医務室連れてこー、看護師さんが手招きしてるから」
「マジ? あぁ、マジじゃん」
翔が医務室の方に目をやると、事情を理解した看護師が『早くつれてこい』と、手招きをしてこちらを見ていた。
春が医務室の中に入り、ファンキー先生と同様に医務室で治療を受け始める。 真面目メガネ君はいつの間にか人ごみの中に紛れ、翔から逃げるようにその場を後にしていた。
「あのクソメガネの言う通りなのは、マジムカつくんだけどさぁ。 医者に任せて正解だったのかもな」
「翔っちってなんでそんなに細井っちのこと嫌ってるの?」
温井さんが翔に向かって尋ねる。
「細井ってあの真面目メガネの苗字だっけ....。 いやまぁ、色々細ェ理由はあんだけどさ、一番の理由は疾風君のやらかしチクった事だな」
「未成年飲酒だっけ? あれって誤解だったんでしょ?」
「マジ、普通分かるでしょ。 一々チクってんのウザくね?」
「細井っちには細井っちで何か考えがあるんだよ」
「よくまぁ温井はあんなメガネと仲良くできるよな~。 マジ尊敬するわ」
宥める温井の言葉を聞き流し、呆れたように笑いながら翔は言う。
「うーん、細井っちにも良さはあると思うけど」
「よく分らんべ」
「......それはそうと、さっき運んできた女の子の事知ってるみたいなこと言ってなかった?」
先ほどの会話を思い出したのか、唐突に翔は話題を転換する。 温井は、自分の言ったことを少し思い出して『あぁ...星原っちの事ね』と言った。
「星原?」
「もー翔っち、クラスメイトの事だよ?」
「そんな奴居たか?」
「私の後ろの席の男の子、星原夜空っていう名前の」
「.........あぁ! あのデブと一緒に居たオタクか!」
「星原っちが言ってたんだよ~。 お弁当は妹が作ってくれたんだって」
「弁当ォ? 新学期始まって弁当の日なんか無かったろ。 この世界に拉致られた日が弁当の日だったから.....食えなかったけどよ」
「その前日ね、間違えて妹が持ってきたんだって聞いたら教えてくれたの。 その繋がりで妹の写真ないって聞いたら、見せてくれて」
「あの女の子が、あのオタクの妹? 可愛すぎだろ、顔立ち似てねぇー-」
「あはは。 でも、なんで妹ちゃんがこの国に居るんだろうね?」
「気づかなかっただけじゃね」
翔は春が持っていた酒は疾風に預け、店主に返しに行ってもらった。 恐らく疾風は、酒を返し終わりそろそろ勇者基地へと戻ってくる頃合いだろう。
「怪我もしてたし...」
「撃たれたっぽい。 酒パクって逃げてたみたいだから痛い目みたんだろ」
温井さんは少し悩みながら、(家族にお弁当を届けるような優しい子が盗みを働くのだろうか)と、少し疑問に思った。
=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=
【スピールト軍、施設内...最高司令室にて】
「入れ」
ドアがノックされる音がして、メイリスが入室の許可を出す。 ガチャリと音を立て扉が開き、スピールト軍の軍服と胸に1と数字が印された筋肉質の男と、軍服を着こみ、胸に2と数字が印されたアホ毛がトレードマークの小さな女の子が入ってきた。 女の子は10歳と言われたら信じるくらいの子供体形だった。
「スピールト軍第1部隊隊長【アド二ゴ】、入ります!」
「スピールト軍第2部隊たいちょー【リレイ】入りますー-☆!」
筋肉質の男と、子供体形の隊長がメイリスの前に立つ。
リレイのアホ毛がぴょこぴょこ動く。
「アドニゴ、リレイ、ご苦労様だ。 早速だが、本題に入ろう....」
「わかったー☆」
リレイはそう言うと、断りなくトコトコと部屋の外へと出て行って...部屋の外から重そうなボードを一生懸命引っ張ってくる。 見つめる二人はその光景に見慣れているのか、またかというような目で見つめながらため息をついた。
「うんしょ、うんしょ....うぅぅぅっ、お、重いぃ――」
「アドニゴ...手伝ってやってくれ」
「了解しました。 おいリレイ、俺が設置するからどけ」
「うぅぅ子供扱いーッ!」
「勘違いを...俺はメイリスの姉さんに言われたからやってるだけだ」
「アドニゴ、メイリス様のこと好きだもんね☆」
「あふっ!? お前はいきなり何を言いだすか!! 姉さん違いますっ、確かに尊敬の念は抱かせてもらってますが!!」
隊長同士で仲がいいのか悪いのか分からない二人は揉め出す。 が、メイリスの咳払い一つで揉めるのを止める。
「報告をいいか?」
「「はい、すいません」」
「じゃ、第2部隊からの報告ね。 えーと、さっきメイリス様が撃ち落とした樽の中身のことなんだけど....あれは『魔力酒』、ドワーフの開発した新しいタイプの酒だったよ」
アドニゴに『オイ待て普通第1部隊からだろうが!』と、ツッコミが入るが無視する。 リレイはボードに分かりやすく絵を描いていく。
「....ひ、ひどい絵だ」
「猫ちゃん好き~」
「ここで書くなッ! それにインスト石じゃなくてインストロニウムだ!!」
アドニゴがドン引きする。
「...ご苦労、次に第1部隊から報告を頼むぞ」
「はい姉さん! 第1では取り調べ...姉さんが捕えた先ほどの連中と、先日の輩との関係性について。 だったんですけど、そのなんて言ったらいいか....」
「どうした?」
「それが....、椅子に縛り上げて情報を聞き出そうとしたんですけど、3人の内1名を除いて自害しまして」
「なんだと? 残った奴は?」
「そいつが一番問題ですね。 隷属の首輪をつけられて連れてこられたみたいで...情報の信憑性にいささか問題があり、その件で姉さんからの指示を仰ぎたく」
「隷属の首輪...か。 これまた胸糞悪いものを」
「取り外します? 専門知識を持つ人間に解析させれば、反動を起こさずに外すことは可能ですけど」
「外すか外さないかは任せる。 どっちだろうと同じことな気がするしな」
「分かりました。 一応外す方向で動きますね」
「リレイ、先ほどの内容物の詳細を」
リレイのアホ毛がピンッと真っ直ぐに伸びる。
「はーい☆ えっと、えっとね、ドワーフが開発したって所までは言ったと思うんだけど...名前の通り、魔力が大量に溶け出してるから、そのせいでスキルが強化されるみたいなんだよねー?」
スキルの強化という言葉に、メイリスが眉を動かす。
「流通量と値段のせいか...」
「流石メイリス様、有名になってない理由がすぐ分かるんだね!」
「なんでヘルカはそんなもんを求めてる?」
「...姉さん、まだヘルカと決まったわけじゃ」
最高司令官という立場であることに念を押すようにアドニゴが言い、大丈夫だと示すようにメイリスが右手を上げた。
「すまない、ここだけの話として捉えてくれ」
「でもヘルカが....スキルの強化の為にわざわざ国なんて襲いますかね」
「奴らは略奪国家だ。 それに、スピールト側だってまだ明確な証拠を掴みきれてないのも事実だからな」
「メイリス様、メイリス様っ! まだ最後に一つ報告あるよ!」
子供がはしゃぐようにジャンプをし、リレイが自らの存在をアピールする。 『動きが五月蠅い!』とアドニゴが注意する。
「勇者基地に、同じような隷属の首輪をつけた子が運び込まれて治療中だよ! どうするメイリス様っ、兵を動かして捕える?」
メイリスは情報を求めていた。
ヘルカに詰められるほどの情報を持っている人間を。
(解析するなら一人も二人も一緒だ)
「アドニゴ、リレイ」
「はい、姉さん!」
「なぁに? メイリス様」
「一人解析追加だ」
「「了解!」」
軍の隊長2名の声が響いた。
==☆次回予告☆==
39話の閲覧お疲れさまでした。
今回のプチ話は手術についてです。
この世界にも手術という概念は存在します。 作中でもあるように、回復ポーションはあくまで傷を塞いだり、骨折を治したり、内出血を止めたりする物です。 痛みは無くなりませんし、なんなら体内に異物が残った状態で傷口を閉めてしまうと、体内から壊死が始まります。
なので手術で異物を取り出したりする必要性があるんですね。
次回、39話......その風 向かい風につき!
是非次回もご朗読下さい!
ではでは~




