156話 その喧嘩 決着して!
「...敵に助けられちゃ、男として....立つ瀬がねぇんだよ!!!」
そんなイェーガーの叫びを無視するように、夜空は気を失っている。 体が震え、汗で全身がべちゃべちゃになっている。 脱水症状もそうだが、夜空の顔面は死人と見間違えるほど青白くなっていた。
「ふざけんじゃねぇ! ここでくたばるのァ、許さねぇんだよ!!! もう一度、俺様と戦いやがれ!!!次こそはァぶっ殺してやんだよ!!!」
しかしそんな叫び虚しく。 イェーガーが小さな段差で躓き、転ぶ。 夜空が投げ出され、地面を転がり仰向けで倒れる。 燃える木々、立ち上る黒煙にここが地獄じゃ無いかと錯覚しそうになる。
転んだ体に、嫌というほど激痛が走る。
(.......そんでも、行くしかねェだろうが)
ゆっくり立ち上がり、夜空を掴もうとするが....出血により景色が歪み、その場に倒れる。 魔力汚染が倒れたイェーガーに追い打ちをかけるように、重く...重くのしかかる。
もうダメかと...思った、その時....。
空に舞い上がる黒煙に一瞬だけ穴が空き、そこから小さな影が飛び込んできた。
「バカ空―――――ッッ!!!!!」
「お、お嬢...?」
そのまま、イェーガーも気を失ったのだった。 コレムが叫び、剣圧で炎を切り裂きながらリリスと疾風が突入してきた。
............。
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【第2層....】
「....りない...」
「汚染....解毒....たい.....」
「お兄ちゃ....お....ちゃ.....」
何かに体が揺れるような感覚があった。 火傷やらなんやらで全身が痛んでいたはずなのに、その痛みは消え....代わりに凄まじい吐き気と頭痛に意識が再び持っていかれそうになる。
「夜空さんっ!! しっかりしてくださいっ!!!!」
リリスの涙声で、夜空の意識が回復する。
「.....意識回復!!奇跡だ!!!」
迷宮救命団の団員達が、夜空をタンカーに乗せながら迷宮内を移動している。 迷宮内の移動中も、まるで救急車の中での作業のように人海戦術で最低限の治療を進めていた。 周囲には、JPヒーロークランの先遣隊や、冒険部☆一行、リリスやコレムなんかはいた。
「急いで地上の病院へ!! 魔力汚染が甚大だ!!!命に関わるぞ!!! 発熱が凄いッ、輸血をしながら体温を下げるんだ! 魔術師ッ、氷の用意を!!!」
そういえば、イェーガーは....どうなった?
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!! 私が、ワガママ言ったせいで....こんなっ、こんなっ......こんな結末ってっ!!! うわああああああああんっっ!!」
リリスが泣いてる? 泣かないでくれよ....お前のせいじゃない。
伝えてあげたいけど、声が出ない。
大勢の人に治療されながら、ふと思った。
.........どうして、あの時、俺はイェーガーを助けたんだろうと。
さめざめと泣き続けるリリスと、それを宥めるコレム。 春はもうずっと泣いてた。 温井や翔、疾風なんかは心配そうな目でこっちを見ていたが、JPヒーロークランの過半数は夜空を腫れ物を見るような目で見続ける。 『なんでこんなやつ、助けたんだ?』みたいな目だ。
疲労感か、脳が持たなかったのか....夜空の視界がまた暗くなっていく。
こうして夜空はまた気絶し、目覚めたのは約3日後の話だった。
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【迷宮救命団の拠点。 ザドラ大病院内、個室内にて】
夜空はゆっくり目を覚ます。
寝続けてぼやける視界を、ゆっくりとクリアにしていくと....。
ちょうど検診に来た、看護師に発見された。
「め、目覚めた? ....309号室の星原さん、目覚めました!! 先生ーーーッ!!!」
看護師がカルテを床に落としながら、大慌てで部屋から出て行った。 むくりと体を起こすと、一瞬フラッとした。 どうやらまだ熱があるらしい。
しばらくベッドの上でボケーっと待っていると、病室に春やら付き添いの翔やらコレムやリリスが飛び込んできた。
「夜空さんっ? 起きてるっ、起きてる!!!!」
リリスは余程嬉しかったのか、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
「まったく...心配かけさせんじゃ無いわよ、このバカ!!!」
「...........?」
夜空は状況を上手く飲み込めない。
ボケーっとしていると、春から強烈なビンタが飛んできた!!
【バチ―ン!!!】
「.........!?!?」
夜空は混乱し、『何すんじゃ!』と声を出そうとして....。
喉に痛みが走ったような感覚で声を出すのを止める。
「.......言いたい事色々あるけど、また嘘...ついたんだね。 なんで言ってくれなかったしっ、死んじゃうかと....思った....本当に思ったんだよ!?!?やっと再開できたのに!!!!」
夜空は振り絞るように、声をボソボソと....
「....わる....がっ.....た」
死地になると分かっていた場所に、春を連れて行けるわけないだろ。 と、言い訳しようかとも考えたが、声出すのがしんどいので止めておいた。
病室に遅れて、疾風と温井がやってくる。 それに続いて、担当医と思わしき年配の先生が診断表とノートをもって病室に入って来た。
「おや? おやおや、いつの間にか大所帯に....」
「ず.....ん.....ません.....」
「....声まで出せますか。 運がいいというか、若い人の回復力というのは目を見張る物があると何度も関心させられますねぇ」
「..........?」
「はぁ、そのおとぼけ顔、自身がどれほど危険な状態だったかご存じありませんね。 .....ハッキリ言って、九死に一生を得たという状態でした。 あと数分、マスクをつけるのが遅かったら死亡していましたね」
「!?」
夜空は激しく動揺する。
「落ち着いて、結果論ですが生きています。 喉に関しては汚染魔力の影響で、せきなどを大量に行ったせいで一時的に喉に炎症が発生しています。 しばらくすれば声は出せますが....一つだけ注意点を」
先生は続ける。
「今回の事故で、貴方の体にあるスキルエネルギーを生み出す機能に、多少なりともダメージが発生しました。 そうですね、あと一二度....同じような事があれば、スキルが使えないと思っておいてくださいね。 地上でも地下でも、汚染魔力には重々気をつけるように......」
「は....ぃ......」
「では、失礼します。 今後の事については看護婦に一任してありますので」
医者はそこまでいうと、そそくさと退出していった。 病室内が妙な空気に包まれ、夜空はどことなく居たたまれない感覚になる。
「......そ...ういえば。 ....イェー...ガーは?」
「あぁ、アンタ知らなかったのね。 アタシが助けに行くまで、アイツがアンタを背負って火事から逃げてたのよ....。 その後、回復ポーションだけ渡したけど、地上までは一緒に来なかったわね」
「.....まだ....迷宮....に?」
「分からないわよそんなの。 多分だけど、もう地上に出てるんじゃない?」
意外だな、リリスやコレムに見つかったら殺されるとまではいかなくても、牢屋にぶち込むぐらいの事はすると思ってたのに。
「逃がした...のか?」
「しくじったみたいに言わないで! .......昔、世話になったせめてもの情けみたいなものよ。 それに、回復ポーション数本で全快するほどの怪我じゃなかったもの。 逃げたって迷宮の外に出られるかどうか怪しい程よ?」
俺も大概だが、イェーガーも相当だったんだな。
勝ちは勝ちでも、痛み分けに近いのかもな。
リリスが一歩、前に出る。
そして夜空の前で深々と頭を下げた。
「ごめんっ、なさいっ! 私のワガママで...こんな!!」
「...........パー、ドナー...なんだ...ろ?」
「....ッ!? ......はいっ、はいっ...そうですっ!!」
リリスは目に涙を浮かべながら、何度も何度も頷いた。
「い、言いっこな..じだ.....」
「......お兄ちゃんが女の子泣かせた!!! ゴミ、クズッ!!!」
「いいわね、春ッもっと言ってしまいなさい!」
春が糾弾し、コレムがここぞとばかりに同調する。
「............お...ぼえとけ...よ」
そんな様子を見ていた疾風が、おずおずと口をはさんでくる。
「えーと、リリスさんと星原君はどういった関係なの?」
「えーと...///」
オイ待て、何を言おうとしてる。
なんで顔を赤らめる!? やめろ、温井さん居るんだぞ!?
全員が息を呑む。
「未来のお嫁さんです♡/// えへへ」
はい、終わった。
否定しようにも喉が痛くて声が出ねぇ、くそったれめ。
「ちg....むぐっ」
否定しようとした夜空の口を、リリスが優しく塞ぐ。 小悪魔のような笑みを夜空だけに向けながら、柄にもなく、したり顔でにししと笑う。 この女!策士だ!!!!
「「「「..........」」」」
コレムが呆れたようにため息をつき、冒険部☆の面々が固まる。 しばらく硬直した後、翔がワナワナと震えだし.....。
「「「「ええええええええええええええええ!?!?!?!?」」」」
看護婦がすっ飛んでくる程の大声で叫んだ!!!
翔が素早く近づき、夜空の肩を掴んで激しく揺さぶる!!
「ふざけんな!テメェ、こんなかわいい子の彼氏やってんのかボケ!! どうせ洗脳とかだろうがッ、さっさと洗脳を解いて俺っちにその方法を教えやがれ!!!」
お前、今だいぶクズ発言したの気づいてますか?
「いや、誤k....むぐっ」
リリスに再び口をふさがれた。
コイツッ、外堀を埋めるつもりか!?
「あわわっ、あわわわわわわっ! あのお兄ちゃんに...春が、春が来たァァァァ!!!!!!!」
「..........」
妹よ、お前は必ず後でシバく。
「そういえば夜空さん、指輪ってどうなりました?」
「......無く...じた」
「えぇ....」
リリスが困惑すると同時に落胆した。
......そういえば、いつの間にか無くなってたな。 イェーガーにぶん殴られてた時に、どっかのタイミングで落としたのかもしれない。 結果として、ラブコメ主人公しなくてすんだのでこれはこれで良かったのかも知れない。
正確には、夜空の腕が吹っ飛んだ時に無くなってしまったのだが、腕が吹っ飛んだという事実がよく分かっていない夜空が、その結論に到達することは無かった。
「星原君、会話してる所悪いんだけど....この後、先生が簡単でもいいから話が聞きたいって。 事情を把握できないと何もできないからって」
「..............」
まぁ、そうなるよな。
出来る事なら巻き込みたくはなかったけど、もはやその次元では無いという事なのかも知れない。 ここら辺で後ろ盾を用意しとかないと、次イスカルに襲われた時に即積みもあり得るのだ。 西大陸に行ったからって、サークル海を使ってイスカルがやってこない保証はないのだ。
夜空は...言葉に詰まる。
すると、リリスが...ゆっくりと手をあげる。
「私が、伝えますよ。 夜空さんは頭が回る人です、もうこんな事になってしまった以上、遅かれ早かれ味方が必ず必要になることも...分かっている筈です。 それに喉辛そうですし」
「.......」
「沈黙は肯定と取りますからねっ」
そういえば、リリスは大体の事情を把握してるんだっけ。 なら任せてもいいかな、自分の苦労自慢みたいな真似はあまりしたくないし、喉も痛いし.....。
「......潮時。 .....分かっ.....だ、任せ....る....」
夜空は、春の目を見れなかった。
.......春には、余計な心配をかけたくなんて無いんだけどな。
「大丈夫ですよ、誇張なんてしません。 疾風さん、私からの代弁でも大丈夫ですよねっ?」
「星原君と一緒に旅をしてきた人の言う事なら、うん、大丈夫だと思うよ。 でも、恐らく....嘘看破系の天賦持ちが事実確認しに来ると思うから、あんまり不快に思わないでくれると助かる」
「分かってますっ、事実だけを話しますっ!」
疾風に確認を取ったリリスは、疾風やコレム、春や翔と共にJPヒーロークランの拠点へと向かって行った。 病室に、何故か温井だけが残されるよく分からない状況になってしまった。
........。
気まずい。
「あ...あはは、星原っち...喉、大丈夫?」
「.....痛...い...」
「そ、そうだよね...うん....」
そういえば学校でも、一方通行な会話が多かったもんな。 おはようとか世間話に相槌打つだけとか、オウム返しとか....。
......こんな二人きりで話す....の...も?
あれ?二人きり?
夜空は、温井の顔を見る。
ここで想いを伝えるのは無粋だが、今言うべきなんじゃないのか?
==☆次回予告☆==
156話の閲覧お疲れさまでした。
次回、夜空の告白回...に、なる...のか?
それはそうと、夜空はこの戦いで様々な後遺症を負っています。 といってもそこまで重度のモノではなく、これからも続けちゃうと危ないよというタイプのやつです。 詳しい事は近々、本編にて看護師が説明してくれると思います。
次回、157話......その少年 惹かれて!
是非次回も閲覧下さい!
ではでは~