巨大な敵、七つの要塞
一話分エピソードが飛んでいました。
『天空橋飛行隊』も併せて投稿しましたので宜しくお願いします。
結果的には、昨日の作戦は成功だったらしい。
敵本隊の侵攻が停滞するのは確実だと北条は言っていたが、皆に明るい表情は無かった。
アンネームドのエース、ハブーヴ。ヤツの手に掛かった未帰還者は多く、その後のデブリーフィングは終始、重苦しいまま終わった。
俺はその時の陰鬱な気分を引き摺ったまま、天空橋高校にいる。
時刻は丁度、昼休み。授業なんて無いけど、一人で無人の町内にある俺の家に籠るよりかはマシだ。
午前中は顔馴染みと校庭でキャッチボール、その後は適当に自習アプリで一人勉強。そして今は、机に突っ伏して寝ている。
「おーい、大澄。起きてるかー?」
間延びした口調で声を掛けられる。身体を起こすと、そこにはいつもツルんでいる同い年の男子生徒がいた。
「なあ、あの子ってお前の知り合い?」
そう言って彼が向いた先、教室後ろの出入り口には制服姿の瑠希乃がいた。
しかも、俺に向けて手をひらひらさせている。
恐ろしく人懐っこい笑みで周囲の生徒達を魅了しているが、彼女は昨日の今頃は空戦機動をとりながらアンネームドに向けて罵声を浴びせていたのだ。
女子はやっぱり怖すぎるぜ!
「……?」
俺は驚いた顔を悟られぬよう席を立つ。
「すごっ。東女の制服だぁ」
「大澄のやつ、あんなお嬢様とどこで知り合ったんだ?」
VR世界の中で携帯ゲームをしていた連中がひそひそと言い合っている。
俺は彼らの好奇の視線を浴びながら、ようやく教室後ろ扉に辿り着いた。
「何で来たの?」
「それはこっちの台詞よ。昨日言ったでしょ? 模擬空戦だって。ねえ、何で基地に来ないの?」
開口一番に瑠希乃は俺のサボリを叱責する。その後は矢継ぎ早に追及が浴びせられる。
おまけに後ろから向けられるのは顔馴染み達の視線。
気まずさと恥ずかしさで、今すぐ天井を突き破って緊急脱出したい衝動に駆られる。
「まあいいわ。ここじゃ鬱陶しいから、どこか無難なとこに行きましょう」
固まったままの俺に呆れつつ、瑠希乃は踵を返す。黒い長髪が滑らかに翻った。
俺は彼女の後を追って歩き出した。
二人で足を運んだのは学校の屋上だった。鉄扉を開けると迎えるのは空一杯の青色。
ジェット音を響かせながら、すぐ近くの空港から味方機が飛び立っていくのが丁度見えた。
「君がサボった演習が始まったみたいだよ」
「……すまん」
平謝りだけど、瑠希乃は若干表情を穏やかにさせた。
「別にさ。学校に来なくても単位は関係ないんじゃない?」
縁の欄干に身体を預けつつ、そんな事を問いかける。
「昨日あれだけ空戦したからね……精神的に疲れてんだよ、気分転換だ」
「精神的に……ねえ」
そう言って瑠希乃はくすりと笑う。同じ部隊内で彼女は数少ない同年代だ。それなのに完全に下に見られてるっぽい。
「お互い生き残れたわね、いい腕だったよ」
「戦闘機型は落とせたけどさ、対地戦は全然ダメだったよ。殆どテンペスト2……荒城に取られた」
彼女の労いに、俺は謙遜して答える。
敵の戦闘機型にミサイルを撃ち込んでは回避運動、その繰り返しだ。
しかし、その戦いは命を賭けた物である事に違いはなく、あの空の俺は必死だった。
「その調子で次も頼むわ。期待してるからっ」
白い歯を見せながら、小首を傾げる瑠希乃。その優しげな顔を見ていたら、
「ありがとう」
不意にお礼の言葉が飛び出した。案の定、瑠希乃はきょとんとした顔だ。
「ハブーヴが現れた時、俺は無理にでも戦おうとしてた。でも、君はそれを止めてくれたじゃないか」
「ああ……」
思い出したように小さく口を開く瑠希乃。その背中、遥か向こうで大気を切り裂く轟音が轟く。
振り返るとHFが一機、飛んでいく。ラファール、或いはタイフーンあたりを模した戦闘機だろうか? 綺麗な三角形のデルタ翼が陽光に煌めいていた。
「あのまま戦っていたら、多分俺は落とされていたかもしれない。なあ、教えてくれアイツは一体、何なんだ?」
基本、アンネームドは群体で動く。
とにかく人間の生存区域を破壊して自軍の勢力下に組み込む機械的な行動は、シンプルなプログラムに基づいている物だろう。
だが、ハブーヴだけは異質だった。アンネームドとの戦闘経験が殆ど無い俺ですら、ヤツの挙動と強さには別格の物を感じていた。
まるでランキングに名を連ねるプレイヤーのような、人間臭さに溢れた戦闘機動。
空戦好きの俺だからこそ言えるが、奴には他の多くのアンネームドのようなCPU特有の規則だった動きが無い。だからこそ、あの空で恐怖を覚えたのだ。
「大阪では多くのパイロットがハブーヴの餌食になったわ」
「大阪の空戦か」
確か、荒城が言っていた。
多くのエースプレイヤーがやられて、結果的にアンネームドにここまで押し込まれる原因になったのは大阪での敗戦らしい。
「ハブーヴ。あの機体は……ストロングホールドを守る固有ユニットなの」
「――ストロングホールド?」
聞き慣れない言葉だった。
俺の頭上に浮かぶクエスチョンマークを察したのか、瑠希乃は大きく咳払いする。
「要塞はアンネームドの本拠地の事よ。全てのアンネームドはストロングホールドから生成され、それを守る様に展開して侵攻を繰り返す」
「まるで女王蜂と巣が一緒になったみたいだな」
「まあ、そんな感じね」
俺達は二人して空を見上げた。
そこには現実と同じ美しい景色を再現しようという、ネット世界の到達点が見事に広がっていた。
「今、アンネームドは大陸と欧州を完全に制圧下に置いている……それは知ってるよね?」
「まあ、そこらへんはニュースサイトとか見てるし。大体は」
頷きながら、瑠希乃は続ける。
「群体を束ねているストロングホールドさえ落とせば、指揮下のアンネームドはバラバラになって、新しいユニットが増える事も無くなるわ。我々解放軍の目的は、この世界で存在を確認されている七つのストロングホールドを破壊する事なの」
「ストロングホールドが七つ、か。随分と詳しいんだな」
海の向こうの状況も細かく分かっているらしい。紛い物とは言え、やはり軍属とは違うな。
「現に、北米のアンネームドの活動は停滞してるわ。向こうのエースパイロット達――アメリカのプレイヤー達が北大西洋に陣取っていたストロングホールド・ヒュペリオンを堕としたから」
「マジか」
俺が驚きの声を上げると、瑠希乃は小さく息を吐く。
「その分、こちら側の犠牲も多かったみたい。アメリカが日本と連携できないのは、ヒュペリオン撃墜作戦での損失からまだ立ち直れていないからなの」
「そうなのか……」
アメリカはこの世界に転移した人間の数が一番多い。
現実と同じように一大覇権を築いていて、戦力だってきっと圧倒的なんだろう。
そのアメリカが未だに再編出来ていない、それ程までにストロングホールドの撃墜は困難を極めるのだという。
だが、彼女の話が本当ならば、人類はこの世界を生き抜く上での大きな希望を得た事になる。
「なあ。俺達に同じ事が出来ると思うか?」
もし、日本にいるストロングホールドもアメリカみたいに落とす事ができれば、俺達の明日は繋がるのではないか。
そうやって奴らを倒し続ける事で、この状況を打破する手がかりを掴めるかもしれない。
しかし、瑠希乃の表情は芳しくない。
「大阪に居座るストロングホールド・アトラスは東へ進んでいる」
ぎゅっと引き締められた唇が何か言いたげに震えていた。
「この前侵入してきた戦闘機型はアトラス隷下の個体よ。そして、ハブーヴも……」
「ハブーヴ」
そこで再び出てきた敵の名前。全てを飲み込む砂嵐を意味する言葉『ハブーヴ』
あの怪物戦闘機を倒さずして、敵の親玉も落とせない。その事実に俺は奥歯を噛み締めた。
「陸上戦力の撤退も思ったほど進んでない。彼らの再編成を待つにはまだ時間がかかる」
そこまで言葉を交わし、瑠希乃は校内へと繋がる扉に向かって歩き出した。
「その為にはまず、ハブーヴを落とすのが必須条件だと思う」
向き直った彼女の顔はどこか儚げだった。風に揺られて黒い髪が頬に注がれている。
「ああ、そうだな。奴を落とそう」
立ちはだかるのは強大すぎる未知の敵だ。それでも、俺は力強く答えてやった。