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天空橋飛行隊

 放課後。授業終了のチャイムと共に学校を出ると、空は夕焼けに染まりつつあった。


「……あ」

 校門を出た所に彼女はいた。


武波瑠希乃たけなみ・るきの……だっけか」

 退屈そうに俯きながら壁にもたれている制服姿の女子生徒。

 ポニーテールに結っていた黒髪は、今は腰元まで伸ばされて海風に揺れている。

 目の冴えるキャメル色のブレザーは、お嬢様学校で知られる東都女子の物だ。

 茜色に染め上げられた白い首筋に細い脚。制服姿だと女子力が強すぎる。

 とてもじゃないが、戦闘機に乗ってアンネームドとやり合う女傑には見えない。


「待ってたわ」

 立ち止まる俺に気づいた彼女はようやく顔を上げる。


「君、東女とうじょの生徒なのか?」

「そうだけど」

 瑠希乃は宙で二本指を揺蕩わせ、メニュー画面を開くように促す。

 俺は仕方なく目の前に自身のウインドウを呼び出した。


「何、フライトスーツでくればよかった?」

「いや、そういう事じゃなくて……」

 からかう口調の瑠希乃だが、口ごもってしまう。

 言っちゃ悪いが、天空橋高校はそこまで素行の良い学校じゃない。この学ランで東都女子のお嬢様と一緒にいる事すら、後ろめたさを覚えてしまう。

 しかし、当の瑠希乃はそんな事を気にする素振りもなく、軽やかな手でウインドウを叩く。


「この方が手っ取り早いでしょ。どうせこんな服、メニューコマンドですぐ変更できるし。それに、この格式高い東女とうじょの制服女子と歩けるなんて光栄に思うべきなのよ」

「自覚あんのか……」

 俺が口を尖らせると、瑠希乃は少しだけ可笑しそうに相好を崩した。


「まあね。……ねえ、君の名前を教えて」

「ああ。そうだったな」

 操作を止めていた指先でメニューを再び開く。アカウントプロフィールを送信すると、名刺のようなホログラムアイコンが浮き出て、瑠希乃の胸元へとすっと入り込んでいく。


「大澄……春人ね。じゃあ私も」

 お返しにと、瑠希乃がプロフィール情報を寄越す。現れた名刺をタッチして開くと、東都女子の二年とか、趣味は対艦戦だとかいうざっくりした自己紹介メッセージが展開される。


「趣味が対艦戦闘のお嬢様は新ジャンル過ぎるだろ……ていうか、基地まで連れていくのか?」

「ええ。君が一緒に戦ってくれるって北条さんから聞いたから。それなら戦闘機を登録しなくちゃね」

 そう言って瑠希乃は俺を連れて、住宅街の逆方向へと歩き出す。

 空港までの長い道のりを俺達はゆく。

 無機質な建造物群を通り過ぎ、視界が開けた先に四車線道路が広がっていた。

 しかし、走る車は皆無だ。

 横を見ればフェンスの壁が聳え、その向こうに平坦な埋め立て地と、遥か遠くに広がる海辺の陽炎が揺らめいていた。


「昨日は助かったわ」

 殺風景な道を延々と歩いていたら、突然瑠希乃が口を開いた。


「アンネームドは戦闘ユニットを優先して破壊しにくる。もし、あのまま気絶したままだったら……多分、私はブルーバックごとやられていた」

 淡々と、まるで記録された戦況報告を読み返すように瑠希乃が呟く。


「あの時、アカウントさえ復旧できれば、俺も何か出来るって思ったから」

「その勇気に感謝するわ」

 瑠希乃は俺の方を向き、にこりと笑う。

 本当に嬉しそうな顔。長い睫毛が伏せられて、風に吹かれて黒髪の先が俺の頬を撫でつける。


「べ、別に……こっちも死に物狂いだったから!」

 はっとして俺は一歩退いた。照れを隠すように声を張り上げるが、瑠希乃は涼しい顔のままだ。

 それが余計に俺を焦らせる。


「それよりも! 君も普段は学校……東女とうじょに通っているのか?」

「まあ、授業なんて無いけどね。全部自習よ」

 逡巡の後、親指で顎を押さえながら答える瑠希乃。何かと落ち着いた動作だ。

 やはり、同い年には見えない。女の方が精神年齢は上って言うけど、もしかしたら名門高校に通う人間というステータスの違いも差をつけているのかもしれない。


「私達の高校は転移者があまりいないの。人がいないからか、他校に顔を出しに行っている子もいるし。君の高校にもこの制服を着た人達が遊びにきたりしてない?」

「いやいや、お嬢様学校の東女が俺の高校を相手にする訳ないって。そのブレザーの生徒なんて見た事無いし、訪問者は君が初めてだろ」

 俺は首を横に振りながら答える。


「女子校に夢見過ぎよ。彼氏がいなくてガツガツしてる子ばかりなんだけど」

 少しだけ眼を細めて息を漏らす瑠希乃。この先ずっと、このお嬢様的なノリでやられるかと思っていたが、そのフランクな態度に少し安堵する。

 埋め立て地を走る無駄に広い一本道は終わり、検問所のような場所に辿り着いた。

 物々しい迷彩服を着こんだ男達が厳重に封鎖されたフェンス扉を守っている。


「お疲れ様です」

 瑠希乃は軽い会釈をして胸ポケットからパスカードを取り出し、それを見せる。


「連絡した通り、パイロット候補を連れてきました」

「おお、彼が……」

 俺達より年上の兵士達は落ち着きなく顔を見合わせる。腰元にぶら下げた小銃を見る限り、彼らはここの守備隊のようだ。

 FPSゲーのサーバーから転移してきたんだろうかと思いながら、瑠希乃の後を続き、基地内部に足を踏み入れる。

 背後からブザー音が響き、自動でフェンス扉が閉まる。


「この基地の外観……見覚えある?」

 辺りを見渡すと、無機質なデザインの建物が並んでいる。ところどころ角ばった高い箇所があり、アンテナが突き出しているのはレーダー施設なのだろうか。

 他にも管制塔や資材倉庫のような建物も見える。それら建造オブジェクト群の向こう側には、何本もの滑走路がずらりと並んでいた。


「こんな軍用基地。元の世界の同じ場所には存在しなかったよな?」

「そうね。第一、ここに広がっていたのは羽田空港だし」

 じっと見つめる瑠希乃の黒い瞳は、潤んだように輝いていた。


「この埋め立て地は、丁度、HFの空軍基地のマップと同期してしまったみたいなの」

「ゲームの世界と現実のサーバーが同期しちゃってるせいだよな?」

「ええ。ここはもうただの空港なんかじゃない。れっきとした軍事施設よ」

 そう言って儚げな笑みを浮かべる瑠希乃。


「アンネームドが狙いに来る理由も分かるでしょ?」

 夕陽を浴びながら毅然と言い放つ少女。翻した背中に、俺は思わず見とれてしまう。

 そうやって歩き続け、いくつかのハンガーを通り過ぎた所で瑠希乃が足を止めた。

 内部に入ると、昨日乗ったHF4-EJブルーバックがピカピカの状態で留められていた。


「さあ、君の戦闘機もここに出して」

「えっ」

 隣に立つ瑠希乃は、手のひらをこちらに向けて催促する。


「このハンガーに君の戦闘機を登録するのよ。早くアカウントメニューを見せて」

 ぐっと近づいた所によく整った顔があった。近くで見ると胸が高鳴る程の美しさだった。

 俺は身体を引き気味にしてウインドウを呼び出す。


「へぇ、イーグル改か。しかも、相当やり込んでるようね。よく強化されてるわ」

 表示されたウインドウに書かれた機体レベルを見て、唸り声を上げる瑠希乃。


「元々空自の戦闘機が好きなんだよ。だから、優先して育てたんだ」

 イーグルモデルのこのHFはミサイル搭載数が段違いに多い。とりあえず、こいつを強化していけば、ラストミッションまで行けるとすら言われていた程だ。


「一応、他の機体も解放しているみたいだけど、貴方イーグルしか強化してないの? ラプター系はまだロックされてるし」

 現実と同じように、HFの世界でもラプターモデルの機体は最強クラス。

 最優先で解放すべき機体を何故持っていないんだと、瑠希乃は言いたいのだろう。


「いいじゃないか……君こそブルーバックを改造しすぎだよ」

 不満げに細められる切れ長の瞳。俺は逃げるように視線を逸らし、メニューをタップする。

 ハンガー内に眩い閃光が起こり、光の格子が戦闘機のシルエットを形作っていく。

 現れたのは乗り慣れた俺の相棒、エクストライーグル。

 青灰色の基本カラーに薄っすらと波型の模様が施され、エンブレムは俺がプレイしていた時のまま、空自の日の丸をモチーフにした赤と白の二重サークル。


「そこそこ手入れもされてるみたいね」

 瑠希乃は俺のイーグルに近づくと機体底部を撫で上げる。そして、思い出したようにこちらを向くと、途端に声を尖らせた。


「あと言っとくけど、ブルーバックの改造は私の趣味よ。コストを全部あいつにつぎ込んだせいで他の機体は殆ど強化できていないわ」

「根に持つタイプかよ……」

 ムッとしたように腕を組む瑠希乃。胸元の膨らみから逃げるように俺は目を逸らす。そして、ハンガー外の青空を見上げた。


「ここでは空戦したらEXP(経験値)は増えるしパーツもドロップする。このまま生き残ってアンネームドもドン引きするようなブルーバックを組み上げてやる」

 瑠希乃は野望に燃えた瞳で彼方を見据えていた。もっとも、閉じ込められてしまった世界で対戦ランクなんかはどうでもよくなってしまっているだろうに。


「敵を倒すのが優先なのに愛機にこだわり過ぎだな、俺達……」

「はあ。人手が足りないのにね……」

 さっきまでの勢いが一転、瑠希乃は肩を落としてみせる。声のトーンも一段階下がっていた。


「そういや、戦力は足りてるのか? 奴らが東京まで来たのも、人手不足が原因とか?」

 前線の防衛網が弱体化すれば空の敵は遠慮なく侵入してくる。現実世界の戦争でも制空権の確保は最優先事項だ。


「少し前に大阪で行われた作戦で、アライドは多くのエースパイロットを失ったわ。最前線はいつでも人手不足よ。だから……来てくれてありがとう、大澄くん」

 そう言って伸ばされた手は白くか細い。北条の物とは打って変わって柔らかそうに見える。 


「お、おう……」

 思わず握手するか躊躇ってしまう。恐る恐る、彼女の手に俺の手が伸び始める。


「よう武波。どうしたんだ。彼氏に基地紹介か?」

 その矢先、北条ではない男の声。俺はハッとして手を引っ込め、声がした方を振り返る。

 そこには一人の男が立っていた。黒のランニングシャツにカーゴパンツ。顔立ちは日本人だが、染めているのか髪の色は暗い赤――ワインレッド。


「違うわよ。彼は新入りのパイロット。冗談はやめにして」

「本当か~?」

 瑠希乃が否定すると男は冗談めいた声音でからかう。


「若いやつだって聞いてたけど……へえ、こいつが」

 垂れ気味の瞳はパッチリとした二重……悔しいがイケメンで逆にこっちが羨ましくなる。


「おい、何を言ってるのか説明してくれよ」

 俺が二人の会話を遮ると、瑠希乃は右手を添えて男を示す。


「紹介するわ。彼の名は荒城督重あらきとくしげ。テンペスト隊に所属してる」

「所属って言っても一機きりのぼっちなんだけどな」

 荒城は自嘲気味に笑うと、ポケットに手を突っ込んで俺を見返した。

 互いに初対面の俺と荒城は向かい合ったまま、何となく気まずい沈黙。


「ああ、そうだ。一応言っておくと、この大澄君もテンペスト隊に入ってもらうから」

「「何っ?」」

 静寂を突き破った瑠希乃のセリフに、俺と荒城は同時に声を上げる。


「良かったじゃない。これでテンペスト隊の復活よ」

 振り向いた先の瑠希乃は今日一番、満面の笑みを浮かべていた。


「オンラインでの自動マッチングならともかく、いきなり部隊結成しちゃうの?」

「俺だって隊長失ってからは遊撃専門だったんだぞ。今更編隊なんて……?」

 ほぼ同時に叫んでいる事に気づいた俺と荒城は顔を見合わせる。


「ほら、ぴったりのコンビネーションじゃないっ!」

 互いを指さしたまま硬直する俺達を見て、瑠希乃はおかしそうに腹を抱えて笑っていた。

 コミュ障の俺がこんな軽薄そうな男と編隊を組むなんて想像もつかない。上手くやっていけるものだろうか。疑念は沸くものの、時間は待ってくれない。

 

 ――数日の間を置いて、俺の初仕事はすぐにやってきた。





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