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黒髪の少女パイロット

 井上と二人で階段を駆け下りる。二段抜かしで下っていく中で、俺は負傷したファントムもどきのパイロットがどうなったのか。それが心配でたまらなかった。

 一階まで下りきって、内履きのまま昇降口に出ると、丁度、青い機体が胴体着陸を敢行した所だった。グラウンド中の土が巻き上げられ、顔を覆った手に粒がびしびしと当たる。


「不時着は成功か?」

 土煙がようやく収まる。停止している戦闘機そのものに爆発する気配は見られない。

 だが、中のパイロットは? 気づけば、俺はグラウンドを一人で走り出していた。

 周囲には野次馬根性で様子を見に来た沢山の人。


「大澄! お前何してるんだよ! なあったら!」

 その中には数少ない転移以前からの友人もいたが、俺は振り返らない。

 スモークブラックのキャノピー。その中の搭乗者がどうなっているのかは窺い知れないが、死んでいるなんて考えたくもなかった。


「おい、無事か!」

 HF-4EJブルーバックの機首に足をかけて這い上がる。キャノピーを叩いて声を掛けるが反応は無い。

 よくよく覗き込むと、複座のコクピットに乗っているのは前席の一人だけだった。

 不意に、曇りガラス越しに見えたヘルメットが微かに動く。


 ――良かった、まだ生きてる!


「聞こえるか? 聞こえるなら何か反応してくれ! 今助けを呼んでくるからな!」

 声をかけ続けると、それに答えるようにキャノピーがゆっくりと開き出す。

 操縦席を覗き込むと、フライトスーツに身を包んだパイロットが横たわっていた。

 思っていたよりも小柄で操縦席の隙間にも余裕がある。


「大丈夫か?」

「んっ……はぁっ……はぁっ……」

 俺の声にパイロットが反応を見せた。マスクを外してやると、荒い呼吸をする。


「おいおい、こんな子が操縦してたってのか」

 ヘルメットを外したところで、俺は目を丸くしてしまった。

 何と、そのパイロットは女だったのだ。それも俺と同じくらいの年頃の美少女。

 はらりと背もたれに垂れ込んだポニーテール。一本一本がきめ細やかで、濡れ羽烏という言葉が似合う美しい黒髪。

 紅潮した顔には汗がびっしりと張り付いていて、悪夢にうなされた表情だが、彼女の美しさがその程度で薄れる事などなく……


「大丈夫か? クソッタレ、返事しろよ!」

 見とれていた事にハッとしながら俺は大声を振り絞る。肩を揺すり、意識を戻そうと必死だった。

「くそ、どうなってんだよ……」

 咄嗟にメニューを開き、眼の前の少女を凝視――すると、視界上の彼女にカーソルが灯る。表示されているのは《stan》(気絶)の表示。

 しかも、点滅している。


「そういう……ことか! よし、もう大丈夫だぞ、しっかりしろ!」

 点滅って事はその状態変化が解けようとしているんだ。

 そう判断した俺は、声をかけ続けたのだが……


「おい! 早く起きろよ――」

 瞬間、声が爆音でかき消される。

 思わず顔を覆い、機首の縁にしがみつく。パラパラという崩落音と、地震のような振動。


「嘘だろ……」

 振り返ると同時に、身体が冷たく固まった。

 今さっき、俺がいた校舎の一部が崩落し、黒煙を上げていたのだ。

 瓦礫の隙間には巨大な機影が突っ込んでいる。アンネームドの黒い鉄塊だ。


「げほっげほっ……助けてくれ……」

「まだ中に……中に人がいるのっ……誰か!」

 灰塵に煙る校舎から何人かがよろよろと出てくる。中には流血している人もいる。

 校舎内は避難民で溢れ返っていた筈だ。それを思い出してかぶりを振る。


「チクショウ、何だってんだよ!」

「んっ……んん」

 行き場のなくなった怒りが声を迸らせ、それが呼び水となったのか、眼の前のパイロットの少女に変化が見られた。


「おい、気づいたか? しっかり……」

「私は……」

 眉根を寄せてゆっくりと開いた瞳はまだ虚ろ。しかし、表示されていた状態異常のカーソルは既に消えている。


「あ……不時着して……くっ、まだ頭が……」

 少女が見ているのは俺の背後。崩落した瓦礫の山だった。

 徐々に彼女の瞳に色が宿っていく。これは……怒り。俺が今感じているのと同じ感情だ。


「おい、アンネームドはまだ西日本にいる筈だろ? それが何で東京の空を飛んでるんだ?」

 会話が出来ると踏んで彼女の肩を揺すると、一際甲高いジェット音。

 見上げた空にはまだ数機の敵がいて、ドッグファイトを繰り広げている最中だ。

 と、不意にアンネームドと戦っていた一機が被弾し、急降下で落ちていく。

 方向は埋め立て地の外、海面だ。


『ボレアス3、被弾! パイロットは脱出した!』

『敵機を海上に誘い込め。これ以上被害を増やすな!』

 コクピットから響く無線の声が錯綜している。


「私は……くっ、こんな時に!」

「おい、しっかりしろよ。アンタが気を落としてどうするんだよ!」

 俺は必死に彼女を勇気づける。


『市街地に落とさせるなよ。海上か高空に追立てろ』

『新宿方面に向かった部隊はどうなった?』

 無線が戦況を刻々と告げ、それを歯噛みしながら聞いている少女。


「大澄君!」

 声を掛けられ、振り返ると井上がいた。砂煙と煤でスーツはボロボロだ。


「井上さん。大丈夫ですか?」

「ああ。俺は間一髪だけど……ん? その子はパイロットか?」

 井上は驚いた顔でコクピットの少女を見ている。


『聞こえるか、瑠希乃るきの! おい、応答しろ、ボレアス4!』

上空を旋回する戦闘機はクーガーだった。無線はどうやら、あの機体から発せられているらしい。ヘッドセットを押さえて、少女がそれに答える。


「こちらボレアス4。学校の校庭に不時着……機体に爆発の恐れなし」

『そうか。それならいいが……!』

 と無線の声が急に動揺し、轟音が遠巻きに聞こえる。


「大澄君! あれを見ろ!」

 呼応するように井上が指さした上空――降下しつつある敵機、アンネームドが見えた。その機首は俺達がいるブルーバックへと向けられている。


『そっちに向かったぞ!』

 男の声が怒りに震える。見ると、上空を旋回していたクーガーが降下する敵機を追っている。


『機体は動かせるか?』

「無理ですッ!」

 少女が悲壮な叫びを上げる。

 急降下したアンネームドと、それを追うクーガーが俺達を掠め、上空に舞い上がる。


「くううっ!」

 思わず腕で顔を覆う。戦闘機が過ぎ去った事で発生する衝撃波、ソニックブームだ。


「機体はまだ生きてるけど……!」

 彼女の言う通り、機体の照準に表示されている色はまだ注意域の黄色――よく見ると損傷率は57%と表示されていた。

 このゲームの経験があるから分かる。まだシステム的にはゲームオーバーじゃない。飛べるハズなのだ。


「でも……交戦は不可能なんです! アカウントが撃墜扱いになってます! 動かないんですよ!」

 泣き出しそうな声で少女が叫ぶ。通信機越しに男の舌打ちが聞こえた。 

 しかし、俺はそれよりも彼女が告げたアカウントという言葉にひっかかりを覚える。

 そして、それこそが俺の中に新たな可能性と、決意を提示する。


「もしかして……」

「ちょっと、何する気?」

 俺は身を乗り出してコクピットの中、少女の脇に身体を滑り込ませた。

 流石に二人も座れるように設計されていないので狭い。


「どうしたって言うのよ?」

 キャノピーの手すりを掴んで半身をどけながら戸惑う少女。外の井上も事態が飲み込めず、すぐ横で呆然としている。


「……井上さん! 皆を丈夫な建物に誘導してください!」

 俺は計器を確認し、自身のメニューウインドウを前方に呼び出す。


「大澄君。一体、何を……?」

 狼狽えながら、井上が校舎の方を振り返る。


「ちょっと! どういうつもり!?」

 少女が血相を変えた顔で声を荒げた。その顔には困惑と、俺の身を案じ、諫めるような感情が見て取れる。

 今ならまだ引き返せる。井上と少女を連れて、皆と同じようにここから逃げ出せばいい。

 しかし、俺の中のもう一つの心の声が待ったを掛ける。


 ――このまま逃げ続けるだけでいいのか?


 この世界に迷い込んでから、ずっと思っていた一つの疑問。

 誰かがやってくれる、だから自分は矢面に立たなくていい。

 ただ漫然とネット世界で暮らすだけの毎日。アンネームドが迫っていると言うのに現実を見ようともしなかった。そんな逃げ腰の気持ちで、果たしていいのだろうか。

 現に今、恐れていた敵は現れ、被害は増え続けている。もう迷っている余裕なんて無いのに。


「戦います!」

 俺が叫ぶと、少女が驚いたように眉を上げる。


「何? 君は一体何を言って――」

「俺も戦うって言ったんだッ!」

 そうだ。俺はこのゲームを知ってる。

 彼女の静止を振りきり、コクピットシートにどっしりと腰を落ち着ける。


「ちょ、ちょっと……?」 

 ウインドウメニューには『接続しますか』という選択肢。迷わず『はい』を叩き押す。

 戦闘機内の計器が瞬き、電子音が全方位から巻き起こり始める。


「これは……まさか、この機体が反応しているの?」

「俺だって《ハイフライヤーズ》のプレイヤーだ!」

 隣の少女が戸惑いながら俺を見ているが、構うもんか。


「俺のアカウントはまだ撃墜されちゃいない――こいつはまだ飛べる!」

 断末魔のようなジェット音が四方で轟く中、俺は負けじと叫び続けた。



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