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電子の空の戦闘機

 俺の通う天空橋高校は、既に人でごった返していた。

 見慣れない制服を着ているのは近隣中学から集まってきた生徒達だ。そんな制服姿の学生転移者に混じって私服の大人がたくさん。彼らもまた周囲から避難してきたのだろう。


「落ち着いて下さい! 体育館へ避難してください。外は危険です!」

 混乱を収拾すべく、何人かが率先して避難誘導をしている。


「凄い人数だな……おい、大澄君!」

 居ても立ってもいられず、俺は走り出す。背中で井上が止めようとするが構わない。

 俺は彼らの避難方向とは逆、校内に入ってすぐの階段をそのまま駆け上る。

 手すりを掴み、踊り場で身を翻し、あっという間に屋上の扉の前までたどり着いた。


「……っ!」

 立ち入り禁止のプラチェーンを跨ぎ越え、扉を思いきり開け放つと、眩い朝の陽ざしが虹彩を貫き、翳した手のひらをどかすと抜けるような青空が広がった。

 屋上に出て、すぐの所にある給水タンクの梯子に手を掛ける。

 できるだけ高い場所から、見える場所はより遠く。欄干に体を預けて周囲を見渡した。


「何だよ、これ……」

 住み慣れた臨海地区の街並みは惨憺(さんたん)たる光景と化していた。

 渋滞になっているのは無人車がオブジェクトとして路上に放置されているせいだ。数少ない有人車がそこに詰まって、抜け出せなくなっている。

 遠巻きに聞こえるクラクションと衝突した車両が防犯ブザーを鳴らしている。

 更に、それら車がひしめき合う大通りの向こうからは、幾筋もの黒煙が上がっていた。


「…………くッ!」

 背後からジェット機の轟音が聞こえ、影が頭上を通り過ぎる。顔を覆いながら空を睨むと、戦闘機の機影が見えた。

 大きく旋回しながら高空へと昇っていく戦闘機。


「クーガーか!」

 HF-14《クーガーキャット》数多の映画で取り上げられた名機F-14トムキャットを彷彿とさせる大型戦闘機だ。

 この世界に存在する戦闘機は全て、俺がプレイしていたフライトゲーム《ハイフライヤーズ》に登場する架空機だ。現実の機種をモデルに様々な武装を施し、Gを無視したようなアクロバティックな機動で翻弄する戦闘機達。

 クーガーは翼をたった今窄めたところで、一気に上昇していった。

 その上空では、豆粒みたいな戦闘機達が追いつ追われつドッグファイトを繰り広げている。

 白い飛行機雲が複雑な軌跡を織りなし、青い空を塗りつぶしていき、俺はその光景をただ茫然としながら見上げ続ける。

 一方で、クーガーを追いかけていく黒い機影。

 戦闘機のディティールを極力そぎ落とした、のっぺりとしたシルエットだが、その姿かたちはF-16ファイティングファルコンに似ていた。

 そのボディカラーは黒一色で、キャノピーだけが怪生物の目玉のように赤く光っている。


「アンネームド……戦闘機型か」 

 戦車型、戦闘機型、アームドスーツ型――そして、それら小型ユニットを生み出す軍事施設型など。アンネームドは瞬く間にその個体数を増やし、気づいた頃には欧州・ユーラシアの転移者のコミュニティは無人の街と化していた。

 様々な兵器に擬態した奴らの目的はただ一つ。この世界からの人類の駆逐だ。

 それにしてもだ。まだ東京に侵攻するまでは時間があるとニュースで言っていたはず。


「クソ、話が違うじゃないか」

 混乱を避けるために真実が誤魔化されていたとでもいうのだろうか。しかし、思考を巡らす暇は今の俺には無い。空の現状こそが事実。それを受け入れるだけで精一杯だった。

 クーガーはどうやら上空の味方機と挟撃するつもりらしい。しゅぱっしゅぱっと音が噴き出し、白い尾を引かせたミサイルが真上に飛んでいく。

 咄嗟に逃げようとするアンネームドに命中し、爆発と轟音が空に散らされた。


「よし……!」

 思わずガッツポーズする。

 しかし、直撃には至らなかったらしい。空に起こった黒煙の塊から抜け出すアンネームド。

 錐揉み回転で降下したかと思うと後部のジェットを吹かして戦団から離れていく。

 再び可変翼を窄めてそれを追うクーガー。二機は空に更なる飛行機雲を書き足していく。


「頼む、頼むぞ……落としてくれ」

 俺は祈るような気持ちで戦闘機乗り達の空戦を眺めていた。


「おい、もう始まってるのか?」

 ようやく追いついた井上が、膝をついて大きく息を繰り返す。


「ええ! アンネームドです!」

 解放軍アライド側の戦闘機の方が数では勝っているようだ。しかし、アンネームドは縦横無尽に飛び回り、戦闘機乗り達を翻弄している。俺は拳を握り締めながら、そのドッグファイトを見つめる。

 本来であれば、俺はあの戦闘機――HFハイフライヤーの乗り方を知っている。

 この世界に転移する前、幾度となくあのVRフライトシューティングをやり込んだ。

 しかし、俺は空戦中に転移した訳でない。街体験型ほのぼのオンラインVRゲーム《ホームランド》の東京ロビーで、ボーリングに興じていた所でこちら側に来たのだ。

 それからは、もう半年以上HFから離れてしまっていた。

 今の俺は空を仰いで祈り続ける事しかできない。それがひたすらにもどかしかった。

 だが……例え、戦闘機に乗ったままこの世界に迷い込んだとして、俺にアンネームドと戦う勇気があっただろうか。

 この世界で死ねば、向こうでも死ぬ。

 誰もが死を恐れ、手をこまねき、気づいた頃には後の祭りになっていたのだ。既にこの世界でアンネームドに消滅させられた人間は数知れず。

 勿論、黙って滅ぼされる訳にはいかない。人類側にも解放軍と言う名の軍事同盟が出来上がり、アンネームドを駆逐すべく戦っている。

 しかし、彼らに任せたまま、宛てもなく外からの救出を待つだけの毎日は果たして、生きていると言えるのだろうか。

 不意に、敵の一機が包囲を抜けた。クーガーとやり合っていたのとは別のアンネームドだ。逃がすものかと戦闘機が追いかける。


「駄目だ。ここからじゃ離れすぎて見えない!」

 俺は眼の前に指を翳してメニューを開き、カメラアプリを起動する。

 元々はゲーム内でのスクリーンショットを撮る為の物だが、望遠にも優れているのでより鮮明に見る事が出来ると思ったのだ。

 視界にカメラフレームが浮かび上がり、上空の戦闘機たちの姿が拡大される。


「ああっ!」

 声を上げたのは、同じアプリで遠くを覗き込んでいた井上だった。

 彼が指さす、その先では青い戦闘機が火を噴いていた。後ろからとどめを狙って付き纏うアンネームド。


「くそ、狙い撃ちじゃないか」

 他の戦闘機が援護に向かうが間に合わない。フレアを瞬かせ、ロールを繰り返し、必死に逃れようとする青い機体。焦点を合わせると、HF-4EJブルーバックの表示が浮かび上がる。大型制空戦闘機F-4ファントムの魔改造を行き詰めた結果、人間では操縦しきれないバケモノと化した――そう設定されたHFだ。

 青い主翼の根本からは黒煙がくすぶっている。高度も急速に下がり、旋回を始めた。


「こっちに来る!」

 井上が断末魔のような叫びを上げた。

 旋回していたブルーバックが、ほぼ俺達と同じ目線にまで降下する。


「くそ、不時着か!」

 戦闘機が向かった先――それは、今まさに俺達が見下ろす先に広がる校庭だったのだ。


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