妖怪いちたりない
突然だが、俺は妖怪に憑かれている。実際にこの目で見たことはないのだが、確実に憑かれていると言っていいだろう。その妖怪の名前は「妖怪いちたりない」。俺が勝手に名付けた。こいつの影響を初めて体験したのは俺が7歳のときである。
小学校の夏休み、俺は家族と一緒に○○遊園地にきていた。1番人気のアトラクション、○○ジェットコースターは高さ40mから真っ逆さまに落ちて、そのまま一回転するというもので、俺はなんとしてでも乗りたかった。俺はワクワクしながら家族と順番待ちの列に入ろうとすると、入口にいた係員に呼び止められた。
「お客様、お子さんの身長を測ってもよろしいでしょうか?」
そう言うとそいつは長い棒を俺の背中に合わせて、じろじろ俺を見て言う。
「119cmですね。申し訳ありませんが、こちらのアトラクションは120cm以上の方のみとなってまして…」
俺は身長が1cm足りなくてジェットコースターに乗ることができなかった。涙が枯れるほど号泣したのを覚えている。
俺が10歳になったとき、こんなこともあった。
体育の授業で運動会の選抜リレーの選手を決めるために50m走の記録をとっていた時のことである。俺はクラスの中でもかなり足が速いほうで、それなりに自信があった。選抜はクラスから1名で、俺と争いになりそうな奴のタイムは8秒40だった。俺は全力で走った。コンディションも、まあ良かったと思う。
タイムは8秒41だった。俺は選抜選手にはなれなかった。
俺は13歳になり、地元の中学校に入学した。俺は親からお小遣いが貰えるようになった。もうすぐ発売するゲーム機があったので、お手伝いもしながらちょっとずつ貯金した。
発売日の朝、俺は開店前から店の前に並んでいた。この日を逃すと、いつ買えるかわからないのだ。いよいよ開店時間となり、俺は急いでレジまでかけつけた。
「新発売のゲーム機下さい!」
「新発売のゲーム機ですね。かしこまりました。こちら1点で32970円になります。」
中学生にとっては大金であったが、俺はこの日のために貯金をしてきたのだ。俺は財布の中からお金を出す。
「えーと、ひい、ふう、みい…」
数えてみると32969円だった。俺はまたしても1足りなかったのだ。
ゲーム機は買えなかった。
俺は数字が絡むとどうもダメみたいだ。
そんなこんなで俺は18歳になった。俺は"妖怪いちたりない"のせいで散々な目にあってきた。細かいものを挙げるとキリがない。
そしてつい先ほど、またしても"妖怪いちたりない"が俺の邪魔をしてきた。
大学受験に失敗したのだ。第一志望、第二志望、第三志望、全て1点足りなくて、不合格。
もううんざりだ。俺は家を飛び出した。行き先は決まっている。除霊専門の神社にいくのだ。もし大学受験に失敗したらお祓いに行こう、ともとより決めていたのだ。
俺は△△市にある△△神社に来た。そこには、これまでに500体以上除霊してきたというK氏がおり、俺は事前にメールで伝えていた通り、すぐにお祓いをすることとなった。
「やはり、俺はよくないものに憑かれているのですか?」
「はい。私がこれまでに除霊したものの中でも、類を見ないレベルです。急いでお祓いをする必要があります。」
俺はK氏の指示通り、礼装なるものに着替えた。そして、お祓いが始まった。
K氏は呪文のようなものを唱え、俺は正座をして"妖怪いちたりない"が消えてくれることを祈り続ける。
30分が過ぎた頃だろうか。俺は肩の荷が降りたような感覚を得た。お祓いが終わったのだ。
「無事にお祓いすることができました。」
K氏の言葉に俺は安堵する。
「ありがとうございます!」
感謝してもしきれない。ついに俺は解放されたのだ。やっと俺は自由になったのだ。俺は感無量であった。
「お会計なのですが…」
ああそうか。浮かれていた。しかしもう会計でいちいち怯えることもないのだ。なぜなら、もう"妖怪いちたりない"はいないのだから。
「合わせて56000円になります。」
えっ。意外とするんだな。そのくらいは持ってた筈だが…
俺は財布の中身を数える。えーと、ひい、ふう、みい…
55998円しかない。
嘘だろ。
2円足りない。