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笹の枝に願う

作者: S.U.Y

 夕食の、買い物をしなければ。その日地元のスーパーマーケットに塩見沙織(しおみさおり)が足を運んだのは、ごく普通の理由だった。

 ここしばらくは、夕食の献立に迷うことは無かった。自分の食べたいものを、作ることを長らくしてはこなかった。

 ビタミンやミネラルをバランスよく摂取でき、なおかつ美味しい食事を作る。成長期の身体にとって、それは大切なことだった。

 レシピ本やネットを使い、ずっと続けてきたライフワーク。それも、昨日で終わってしまった。

 放課後。学生にとっては、自由時間なのだろう。だが務め人にとっては、仕事の最中だった。一本の外線を、沙織は受けた。それで、その日の仕事はめちゃくちゃになってしまった。

 コンビニの弁当は、久しぶりだった。変に味が薄く感じて、大半を残した。だから、今日スーパーに来たのは、食材への謝罪の意味も、あるのかも知れなかった。

 玉ねぎが、特売だった。反射的にひとネットをカゴへ入れる。ついでにピーマンをひと袋手に取って、それは戻した。食べてもらえるようになるまで、苦労した野菜。ちらりと浮かんだ思い出は、充分過ぎる苦味をもたらしていた。かわりに、人参を加える。こちらには、思い入れは少ない。

 彩りにサニーレタスも取ってから、店内の奥へと進む。カゴの中身を考えてから、合い挽きのミンチ肉を入れた。今日は、ハンバーグ。けれど、チーズはもう入れない。多分一生、そうすることはないのかも知れない。

 牛乳も野菜ジュースも買わず、詰め替え用のインスタントコーヒーだけをカゴへ入れる。カゴにはまだ余裕があったが、レジへと向かった。他のものを見るのも、億劫になっていた。

 セルフレジで支払いを済ませて、カゴのものを買い物袋に移してゆく。あまり多く買わなくて、正解だった。膨らみの小さなエコバッグが、重たく感じる。それは、身体も同様だった。

 出口へと向かう途中、特設コーナーが目に入る。店内の天井近くに届くくらいの、大きくて長い笹が設られている。側の机には、短冊とペンが置かれていた。

『七夕の日 願いを笹に』

 幟に書かれた文字を見て、今日が何の日なのか気づいた。人生最悪の日の、翌日。それは沙織にとってそうだというだけで、世間は違う、ということなのだろう。

 ペンと短冊を手にしたのは、何となくだ。あるいは、気を紛らわせたかったのかも知れない。ほとんど考えることなくペンを走らせ、短冊を笹に吊るす。

 ゆらゆらと、頼りなく揺れる短冊をぼうっと見つめていると、少し離れた場所に誰かがやって来た。意外と、人気があるのかも知れない。合理性に満ちた現世で、こうした微かなオカルトの風味は、必要とされているのだろうか。

 考える沙織に、声がかけられた。


「名前、書いてないよ。お姉さん」


 ぴくり、と沙織の身体が跳ねたのは、急な声かけにびっくりしてのことではなかった。


「……いいのよ、これで」


 急激に動いた心臓を宥めて声を返せば、少しぶっきらぼうな感じになってしまった。だが、それは仕方のないことだ。少し高めの、少年になりかけた男の子の声。そんなものが聞こえてきてしまっては、沙織は平静ではいられない性質なのだ。だから、


「ねえ、コレ、どういう意味なの?」


 幼気な問いを投げてくるその横顔も見ずに、沙織は歩き出す。冷たい大人だと思われたのか、それ以上、声も何も追っては来なかった。

 徒歩二十分ほど歩いて自宅のアパートにたどり着き、沙織は大きく息を吸って、吐く。それまで無呼吸でいたのではと感じるほどに、呼吸は乱れていた。エコバッグをキッチンテーブルに置いてから、胸に手を当てて何度も深呼吸をする。

 胸に、不思議な疼きがあった。遠い時間に置き忘れた、痺れがあった。長いあいだ胸中を苛んできた不安と焦燥、そして真新しい傷の痛みを和らげてくる、温かな感情。

 無節操なのだろうか。思うよりも、情が薄い、ということだったのだろうか。自問の最中にも、耳朶の奥についさっきの声が響いてくるようだった。

 頭を軽く振り、沙織は買い物の中身を取り出してゆく。それからシャワーを浴びて、部屋着に着替えてキッチンへ立った。

 サニーレタスを何枚か千切り、水に浸す。人参を洗って細めに切り、ピーマンと玉ねぎはみじんに刻んだ。

 ボウルを用意し、合挽き肉と野菜を入れ、塩コショウとナツメグを少し加えて練り混ぜる。ある程度の撹拌ができたら、卵もひとつ入れて混ぜ合わせる。

 オリーブオイルを少量手に塗って、練ったものを手に取った。そうして手の間を、何度も往復させる。中の空気が抜けて形が整ったものを、油をしいたフライパンの上に乗せた。

 コンロの火を点けようとして、フライパンの上を見る。そこで、沙織の動きは止まった。


「何、やってるんだろう……」


 少し不恰好な、ふたつの肉のかたまりがあった。まだ、納得しきれてはいないのだろうか。それとも、習慣になってしまっているだけなのか。どちらなのかは、解らない。けれども、苦く切ない痛みは、もう訪れない。ラップをして、冷凍してしまおう。ふたつは、一人で食べるには多すぎる。冷静な判断が、自然に身体を動かそうとした。


「へえ、今日はハンバーグなんだ」


 ぎぐん、と沙織の動きが、再び停止する。


「え……だ、誰? どうして、ここ……んええ!?」


 恐る恐る振り向いた沙織は、二重の衝撃を受けた。いつの間にか、背後にヒトが立っている。そして、その姿は小柄であどけない少年で、黒ずくめの、まるで覆面のない忍者のような格好だった。


「変な声。カギ、開いてたよ、お姉さん?」


 くす、と冷笑して、少年忍者が玄関を親指で示す。その声には、聴き覚えがあった。


「え、えと、あ、あなた、スーパーの?」

「そうだよ。さっきの、スーパーの」

「な、何でこ、こんなトコに?」

「質問に、まだ答えてもらってないから。さっきお姉さん、途中で帰っちゃったでしょ。憶えてないの?」


 やや呆れたように、少年忍者が見つめてくる。その表情は、沙織の胸を優しく締め付ける。はふぅ、と小さく息が漏れた。


「質問……えと、何だっけ」

「短冊に書いてた、願い事の意味だよ。お姉さん……大丈夫?」


 無論、忘れてはいない。けれども、もう少し、出来れば永遠に、この少年忍者の表情を含味していたい。純粋な欲望から出た沙織の言葉に、少年忍者は理想的な返事をくれた。


「……ハンバーグ、すき?」

「なに、いきなり。別に嫌いじゃあないよ。不味くなけりゃ」

「ピーマン、玉ねぎ、人参は?」

「食べられる味なら。ねえ、質問してるの、ぼくなんだけど?」


 くぅ、と小さな音が、少年忍者のお腹から聞こえてきた。


「一緒に食べてくれたら、教えてあげる」

「……好きにしたら。でも、不味かったら食べないからね」


 羞恥に頬を染めて、そっぽを向いて口を尖らせる少年忍者。


「任せて。ちょっと、座って待っててね」


 止めどなく胸に溢れてくる感情に、沙織は自分史上最高の笑みを返す。そして世の中の全てに感謝を捧げながら、コンロの火を点けた。

 フライパンが温まってきたら弱火にして、フタをして蒸し焼きにする。その間に、サニーレタスをざるに上げてよく水を切る。皿を二枚出して並べ、サニーレタスを形よく並べてゆく。鼻歌が、自然に漏れた。

 頃合いをみてフタを開けて、フライ返しでハンバーグをひっくり返す。焼けた肉の匂いが、ふわりと広がる。コンロの火を中火にして、焦げ目がつくまでしっかりと焼く。じゅわじゅわと、良い音が鳴る。


「にふふ……」

「なに? 思い出し笑い? ちょっと気持ち悪いよ、お姉さん」

「あ、うん、ごめんね。あなたのお腹の音を思い出して、つい……ねえ、もう一回鳴らないかな? さっきは咄嗟で、録音出来なかったから」

「……死んでもゴメンだよ」


 うんざりした声が、返ってくる。それもまた、良し。心の中でガッツポーズを取るうちに、ハンバーグが焼き上がった。皿に盛ったサニーレタスの上に乗せて、フライパンに人参を投入する。ハンバーグの脂と塩コショウで軽く炒め、皿の隅に添えて置く。フライパンがまだ熱いうちにバターとウスターソースを入れて、トロ火で混ぜる。出来上がったソースとケチャップをハンバーグにかければ、完成だった。


「はい、どうぞ。召し上がれ」

「……見た目と匂いは、悪くないね。いただきます」


 軽口を叩きつつ、少年忍者が行儀良く手を合わせてから箸を取る。輪島塗りの、おろしたての箸。紅色に桜をあしらった可愛らしいデザインのそれを、少年忍者は黙って手にしてくれる。


「……見てないで、お姉さんも食べなよ。一緒に食べたかったんでしょ?」

「あ、う、うん! その、ご馳走様、じゃなかった、いただきます!」


 お揃いの箸を使い、ハンバーグを箸先で割ってみる。火は、しっかり中まで通っているようで、とろりと肉汁が滴り落ちる。

 一欠片を千切り、口へと運ぶ。肉とソースの塩気に、野菜のほのかな甘味と苦味が調和する。久しぶりの、それは会心の出来だった。


「……まあまあだね」

「〜〜〜っ!」


 頬をリスのように膨らませた少年忍者の感想に、沙織はきゅうっと胸を締め付けられる。形良い眉を緩め、つんと澄ました口元に箸を運ぶ姿を見つめていれば、それだけでご飯が戴ける。


「さっさと食べなよ。冷めたら、味が落ちるよ」

「ん、は、はいっ!」


 思わず、返事が敬語になってしまっていた。ヒトは尊いものを前にすれば、自然と畏まってしまうのだろう。世の中の真理を体感する思いで、沙織も箸を動かした。


「ご馳走様」

「い、いえ、こちらこそっ、ご馳走様……です」

「……どうしたの、お姉さん? 急に喋り方変えて」

「あ、う、ううん、何でも、何でもないですのん?」

「変な感じするから、戻して」

「あ、うん、ゴメンナサイ」


 ふたりぶんの食器を片付けて、リビングのくつろぎスペースに少年忍者を通した。ソファを勧めると、少年忍者がなんの躊躇いもなく真ん中へどかりと腰掛ける。自然に組まれたおみ足の、黒装束に隠れた見えない膝小僧。真向かいに正座して沙織は、自分に透視能力のないことを悔やむ。


「……どうして床に座るの、お姉さん?」

「フ、フローリングの冷たさが、恋しくなったの。他意は、無いのよ? ほ、ホントに」

「ふぅん。まあ、いいけど。それで?」

「コレはコレで、眼福かなぁ、って」

「……何のコトか解んないんだけど。ハンバーグ食べたら、質問に答えてくれるんだよね。また忘れたの? 呆れるのを通り越して、心配になってきたんだけど」

「心配!? はふぅ……」

「うん。率直に聞くけど、お姉さん、頭大丈夫?」

「だ、大丈夫っ! 多分……」

「自信無いんだ」

「それは、理想のショタっ子が目の前にいるんだもん」

「うん、そこだよお姉さん」

「どこ?」

「探さなくていいから。ぼくが聞きたいのは、その理想のショタっ子についてってコト。何なの、ショタっ子って?」


 視線を巡らす沙織に、少年忍者がピシリと言い放つ。


「んと、哲学的なコトかな? 話すと、多分朝になっちゃうけれど」

「純粋に意味だけ。手短にね」

「幼い少年の事だよ。私にとっては、ちょうどあなたくらいの、少年への階段を登り始めたくらいの年ごろの男の子の事なんだけれど……そういえば、あなたのお名前は?」

「……秘密。何だか教えたくない」

「そっか、残念。でも()っか。忍者コスの美少年様が、お部屋に居てくれるだけで幸せだもん」

「軽い幸せだね。それじゃあ、『理想のショタっ子に出会えますように』っていうのは」

「短冊に書いた願い事ね。早速、叶っちゃった」

「こんなので良いの? お姉さんの家に来て、ハンバーグ一緒に食べただけだけど」

「世の中にあなたが存在してて、今この空間に居てくれることは、奇跡的なんだよ? それ以上は……欲張り過ぎだよ」

「わりとお姉さんは、欲望に正直なんじゃあないかな」

「ううん。私は……どうしてだろ、あなたには、素直になれる」

「なら、言ってみたら? それ以上のコト。今日は特別な日で、お姉さんは願い事をしたんだから」


 じっと、少年忍者の顔を見る。くりくりと澄んだ大きな瞳に、沙織が映っている。エアコンの効いた室内なのに、暑く感じる。じっとりとした汗が、沙織の背中に流れてゆく。


「願い事は、叶うのかな」

「誰でも、って訳じゃあないけどね。あのちっぽけなスーパーで、短冊書いたのお姉さんが百人目だった。そんな小さな奇跡の代償で、ぼくはここにいるんだよ」

「……世の中、捨てたものでもないんだね。ついさっきまで、あんなにも暗くて重たかったのに」

「あんな顔して短冊書いてたの、お姉さんだけだよ。みんなバカみたいに幸せそうなのに」

「あなたが目にしたのが、たまたまそういうヒト達だったんじゃないかな? ちょっと待っててね」


 言って沙織は立ち上がり、寝室へと向かう。少年忍者は大人しく、待っていてくれるようだ。出会ったばかりの少年忍者。百人目というのは、方便なのかも知れない。自分だけに訪れた、至福のひととき。舞い降りた理想形のソレは、全て都合の良い妄想なのかも知れない。本当は、今も膝を抱えて泣いている自分がいるだけなのかも知れない。けれども、今はどうでも良いことだ。夢でも妄想でも、あるいは現実でも。これで、けりが着く。

 箪笥の中から取り出した物を持って、沙織はリビングに戻った。沙織の手にした物を見て、少年忍者が少し眉を動かしたが、それでも沙織は止まらない。


「こ、これに、着替えてくれたら嬉しいんだけれど……」


 言葉と一緒に沙織の突き出した物を、少年忍者はしばらくじっと見つめていた。


「コレって……水着?」


 問いかけに、沙織はこくんとうなずく。


「学校指定の?」


 沙織の手の中にある紺色の塊を指して言う少年忍者に、沙織はこくこくとうなずく。


「……それが、お姉さんの、願いなの?」

「うん……駄目、かな」

「駄目じゃあない……ちょっと理解に苦しんだだけ。ここは海でもプールでもないし」

「あ、私、向こう行ってるから」

「必要ないよ。ほら」


 瞬きする間の時間で、少年忍者が黒装束から水着にコスチュームチェンジしていた。


「早っ……」

「ぼくだって、ダテや酔狂であんな格好してるわけじゃあないんだよ。別に、見られて困るもんでもないし」

「見たら、私が困るよ。色々、抑えられなくなりそうで」


 言いつつ、沙織は水着になった少年忍者を舐めるように凝視する。黒装束の下に隠れていた身体は華奢で、それでいてお腹のあたりにはうっすらとした腹筋の割れ目らしきものが見える。つるつるとした肌には体毛も無く、ぴかぴかした膝小僧とちょこんと突き出たくるぶしも愛らしい。


「今も、あんまり抑えられてないんじゃあないかな。視線が痛いし、息も荒いよお姉さん」

「だ、大丈夫っ! ちゃんとノータッチは守るからっ! し、しししししし写メ、撮っても!?」

「……好きにしなよ。ポーズのリクエストくらいなら、応えてあげなくもないからさ」


 震える指で、沙織は何度もスマホのシャッターを連打する。カシャカシャカシャ、と連写の音が小気味良く鳴った。


「んはぁーっ! 最高ぉゔ!」

「ちょっと、お姉さん、鼻血」

「動画、動画もどうか……!」

「ハイハイ解ったから、まずはティッシュね」


 本能のままにスマホを操る沙織と、辟易しつつも付き合ってくれる少年忍者の狂乱の撮影会は沙織がハイになり過ぎてぶっ倒れるまで続いた。スマホを片手に横たわるその顔には、満悦の表情が浮かんでいた。




 スマホが、鳴っている。設定したアラームが、日本の標準時間に合わせて正確に作動したのだ。

 沙織はのろのろと指を這わせ、アラームを止める。ぼうっとした頭を振り、ソファから身を起こした。


「あれ……私……?」


 いつの間に眠ってしまったのか、記憶が定かではない。スマホの画面を見る。日付は七月八日、時刻は午前七時だ。


「シャワー浴びて、お化粧……会社」


 呟き、よろよろと立ち上がる。社会人生活で染み付いた動きが、沙織の身体を仕事へと運んでゆく。半睡から醒めれば、平日の始まりだった。

 現実は、情もなく流れている。沙織がどういう状態であれ仕事はそこにあり、こなし続ける限りにおいて沙織の生活は経済的に守られる。昨日も一昨日も、そして今日もそうだった。恐らく明日からも、ずっとそうなのだろう。

 仕事が終わり、スーパーで食材をまとめ買いした。イベントが終われば、笹飾りは跡形もなく片付けられていた。

 帰宅して、冷蔵庫に食材をしまう。ぼんやりと、昨日の出来事を沙織は考えていた。現実とは思えない、出来事だった。スマホの画像フォルダには、痕跡は残っている。動画もある。無いのは、少年忍者の姿だけだ。

 インターフォンが鳴った。モニターを見れば、見知らぬ中年女性が立っている。何かの営業か。面倒に思いつつ、沙織は応答する。あまり上質とはいえないアパートなので、居留守を使うことは出来ない。

 中年女性は、営業ではなかった。引っ越しの挨拶に来た、ということだった。隣の住人に、蕎麦を渡す習慣。どうやらまだそれは、風化していなかったらしい。


「今日から隣に越して来ました、今井です。よろしくお願いしますね」

「どうも、塩見です」


 形通りの挨拶を済ませて、蕎麦を受け取る。冷やして、ざるにした方が良いだろうか。そんなことを、考えていた時だ。


「ほら、カツヤもご挨拶しなさい」


 中年女性が言って、身体を横にずらす。どうやら、背後にもう一人、いたらしい。


「よろしく、お姉さん」


 沙織の鼓膜と網膜に、その声と姿は瞬時に焼き付いた。悪戯っぽく片目を瞑ってみせ、人差し指を唇に当てているのは、少年。それも沙織にとってど真ん中の、少年だ。


「よろしくね、カツヤくん」


 さらりと挨拶を済ませつつ、脳内ではスマホの画像フォルダに付ける名前を決め始める。七夕の、ほんの小さな奇跡はまだ、続いているらしかった。

 明日からも、楽しくなりそうだ。蕎麦の返礼を堅く約束しながら、沙織はあらぬ期待に胸を弾ませた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

今作も、お楽しみいただけましたら幸いです。

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