⑵歌姫が立つ景色 ①
いばらは歌う姿だけしか見せない謎多きボーカリストとなっている。精神科に通っていることも公表されておらず、そういう体質のため多くの仕事は引き受けられないのだ。
逆にその魔性の存在がファンを惹きつける理由にもなった。ライブに出てきたいばらの価値も上がる。ライブでしかいばらと会えないのだ。
アキ達は三日間、新曲に対する音楽雑誌の取材や、各テレビ局へ送るためのメッセージビデオなど忙しく動き回った。いばらも心配だったが、家に立ち寄る暇もなかった。
そしてその仕事が終わり、翌日にリハをするといばらがひょこっと顔を出したのだ。足取りもしっかりしていて、顔色もあの時と格段に違う。Eryのご飯がとっても美味しかった、と語っていた。その明るい様子にアキは胸をなでおろす。
やはり思い過ごしだったようだ。あんなに弱々しい泣き顔を見せたからと言って、決めつけるのもよくなかったかもしれない。
「な? 元気になっただろ?」
「・・・そうだな」
神とニコニコ話すいばらを見て、ダッチーは小声でアキに言った。その時は納得せざるをえなかった。
しかしその笑顔を壊すことを言わなくてはならない。元気になったからこそー。
いばらの主な仕事はライブだ。その予定は基本、一、二年単位で決まっている。大きいライブはほとんど昨年からわかっているのだ。その時が来た、とでも言えばいいだろうか。
あまりいばらのライブ活動に負担がかからないよう、常に三ヶ月前から教えるようにしているが・・・。今回ばかりは半年前の今に伝えた方がいいかもしれない。その準備と、いばらの心境のためにも。
「いばら、少し残れるか?」
リハ終わりにマイクのケーブルを巻くいばらに声をかけた。もうどんな顔をしてどんなトーンで声をかけてくるかによっていばらもなにを言われるかわかるようになっていた。すぐに察知して怯えた表情を見せ、小さく頷いた。
◇
「二千・・・?」
「二千人だ」
リハスタジオの一角にある休憩スペースで、アキといばらが向き合って机に座っていた。打ち合わせもできるような環境で、カップで注がれるドリンクの自動販売機もある。
アキはコーヒーとストレートティーを持ってきて伝えた。いばらはコーヒーが飲めないため、ストレートティーをよく飲む。
「だから、イベント出演のあと、一ヶ月半後に千人のライブ。それから三ヶ月あけて二千だ」
「千、でも未知なのに・・・千の次は二千だなんて・・・!」
千から千五百でも会場が変わるぐらい大きいもの。それが最終的に二倍になると思うといばらは少し絶望感に近い焦りを感じる。二千のライブが終わるまで気が抜けない状態だ。
今にも泣きそうないばらに、こまった色を見せた笑顔でアキは言う。
「もっと早く伝えようか悩んだんだが・・・」
「今で、よかったと、思う・・・」
本人がそう言うのだから、早くも遅くもない丁度いい時期だったのかもしれない。ついに変なうなり声を発し始める。
「・・・だから予定ががら空きだったんだ・・・」
アキは飲みかけていたコーヒーを置いていばらを見つめた。
「千人のライブが終わったらすぐに打ち合わせが入ると思う。事務所側も大きなイベントとしてとらえているから、念入りに準備するんだ」
「うん・・・」
「大丈夫さ。いつも通りにやればいい」
「ありがとう・・・・・・」
どんなに励ましても声のトーンは変わらなかった。ただ大丈夫なように見せかけているのか言い聞かせているのか、言葉だけが淡々と変わって出てきた。
放心状態に近いいばらを見て、アキは更に気を引き締めた。