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眠り姫の歌  作者: 龍空 有王朱
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エピローグ 愛しい歌姫の眠り

 翌日ー。



「あれっ、酒田から連絡こねーな」



 部屋で熟睡しきったあと起き上がったダッチーはスマホを見て、頭を掻いた。すぐさまきぃと神にも連絡していばらの家に確認しに行くこととする。


 ライブは無事終了。最後のファンサービスではきぃがいばらを負ぶってステージ中を駆け回ったわけだが。無論少しアキは悔しい思いをする。その場では一番背の高いきぃが選出され、今回のステージで吹っ切れたいばらは最後までやり遂げた。そのままきぃは下ろさずに袖まで帰ってくると、成功を讃えるスタッフを素通りして真っしぐらにどこかにいばらを連れて行く。いばらも理解が追いついていないまま楽屋の中に下ろされた。



「・・・え?」



 いばらが動揺している間に汗を拭くタオルを首に覆うようにかけられ、引っ張り出してきたブランケットで包まれる。


 あとからメンバーもきぃの異変に気付いて追いかけてきた。



「おいもっちゃん、どうしたんだよ」


「スタッフの人も困惑して・・・」



 ダッチーとアキも中の様子を見るなり困惑する。一体なにがあったのか、キョトンとするいばらは赤い顔をして、きぃもよし、と達成感を表している。



「高熱。俺びっくりしちゃった」


「・・・俺たちも色々とびっくりしちゃったよもっちゃん」



 なんでも背負った瞬間から温度の高いいばらを早く裏に下げなきゃ、と思っていたらしい。きぃが美味しいところもいばらも攫っていったと言われたい放題で、姿が見えなくなった現場には呆気なさがあった。


 ぽかぽかと湯気が立つようないばらは熱のせいもあって今だに理解ができてないようだった。そのあとにプシューっと音を立てるように倒れ、意識を失った。


 そんなことがあり、いつも通りにアキが家に送りまた連絡する、と一晩中いばらを看ていた。しかしいつも朝には連絡が来るはずが、珍しく今朝はなんの音沙汰なし。他の二人とも合流していばらの部屋を訪ねた。



「いばら大丈夫かな。結構な熱だったよ」


「発熱ってやばくねーか? もう大丈夫、なわけねーじゃねーかよぅ」



 しかし滅法心配しているわけでもなく、きぃとダッチーは笑っていた。例により合鍵を持たされていた神が部屋を開ける。声をかけてリビングに進むがいばらどころかアキの姿もない。そしてオズが寝室に入り込めないとばかりにリビング中央に座り、尻尾だけを動かしていた。



「やっぱ酒田も居眠りしてんのか? 昨日は酒田も大変そうだったし」


「気疲れしてたんだろうね」



 そして寝室の扉をきぃが最初に開けて息を飲む。その後に覗いて叫びそうになったダッチーの口元を押さえた。神も覗いて、今までにない展開に少し面白そうな反応を珍しく見せる。


 そこには一緒にベッドで眠るいばらとアキの姿があった。ステージで抱きしめられなかった分を晴らすように、冷えピタを貼って眠るいばらをギュッと抱いてアキも熟睡していた。



「あちゃー、熟睡じゃぁんかよ」


「マジかウケる。写メ撮っていい?」



 ぱしゃり。



 その音に反応したのはいばらだった。寝ぼけてアキの腕を退かして起き上がる。ん? 今、なにを退かしたんだろう、とアキの姿を見て声を上げた。一部始終を見ていた三人もまた声を上げて笑う。三人がいたことにびっくりして、いばらはまた泣くように弱々しい悲鳴をあげた。


 突然の騒がしさにアキが飛び起きると、三人がからかいに入ってくる。



「詳しく話して。どっちからだ酒田」


「もちろん、お前からだよな?」


「えっ、え? えっと・・・!?」



 なんの報告もなしになにをやってくれてんだ、と楽しみを奪われた怒りと遂に手を出したか、という喜びを混ぜたブラックな笑みを浮かべ、ダッチーときぃはアキに迫っていた。思ったより濃い感情を露わにしてくる二人にアキはなんと答えれば正解なのか、まず冷静になった自分の気持ちすら説明できなかった。


 一方いばらは反対側で、目の前で座り込んで見つめてくる神に、自分への言い聞かせのように支離滅裂な言葉を投げかけた。なにもわかっていないのだから、そんな自分が自分に言葉を言い聞かせても余計パニックになるだけなのに、と神は心の中で毒吐く。そして言う言葉がなくなったいばらは救いを求めるように神に向かって言う。



「神・・・! なにも覚えてないよぉ!?」



 そんないばらにかける言葉はアキのことでも慰めのことでもなく、



「楽屋までちゃんと意識はあったよ」



 と真面目なのか確信犯なのか、いばらにとって的外れな答えを出すだけだった。






 いばらをいつものように部屋に送り届け、途中で買って貼り付けた冷えピタを交換した。思ったよりいばらの額は小さくて、大人用では大きすぎたようだ。子供用でもよかったかもしれない、と思いつつ、掛け布団をそっとかけた。


 知恵熱に似たものだと思う。体のオーバーヒート。頑張って、頑張りすぎて、疲れてしまったんだ。


 赤い顔から火照った吐息が幾度となく吐き出されている。うっすら湿った前髪を左右に分けながら、その寝顔を見つめていた。



 そうだ、一目惚れだ。初めてあのカラオケボックスで見たときから。



 自分に限って一目惚れなんてありえないと思っていたのに、あの歌声でノックアウトだ。なんて情けない。情けないが、情けなくても、



いばらが好きだー。



 一生懸命頑張ってる姿も、他人に優しくて自分に厳しいところも、弱いところも、歌を奏でる声も、服をつかんで頼ってくれる手も、笑顔も泣き顔も、なにをしていても愛しくてたまらない。


 いばらが成長すればするほど魅力に溢れていき、もう頑張らなくていい、と閉じ込めておきたいと思うくらいには、自分のいばらへの愛も成長していたことに気付いた。



「いばらを助けたくて、自由に生きて欲しくて・・・」



 この道じゃないんじゃないのか、と何度も誘導するように手を差し伸べた。そんなアキの姿はいばらに見えていただろうか。いつかのように、鬱陶しいと思われていただけだろうか。


 しかし今日のライブでアキは、最後の決断は腑に落ちないが正解だったのだと思う。歌を歌ういばらの瞳は、なにをしているときよりも輝いていた。その横顔を見ていたら、”守る”という言葉を巧みに利用した自分のエゴにしか考えられなくなってしまった。


 自分が悪かったのか良かったのか、間違っていたのか正しかったのか、エゴだったのかエゴじゃなかったのか、余計な御世話だったのか、いばらが喜んでくれることだったのかー・・・。


 ふと少し強めに何回か左右へ頭を振った。ずっと考えていたことで、考えが煮詰まっては振り払い、もうよそう、と思う。


 短く深呼吸をして、気持ちを入れ替えた。



「まあ、これでよかったんだな。いばらが好きだから、守りたかったんだ」



 すっきりと、上辺の綺麗なとこだけ言い聞かせるように口に出した。当の本人は眠っているから聞こえても心配ないと思って。



「・・・・・・・・・・・・ありがとう」



 ポソッと呟かれた言葉にドキッとしていばらの顔を見る。変わらず目を閉じて、疲れ切ったように眠っている。どうやら寝言のようだ。


 その寝言で言われた感謝で、今までぐしゃぐしゃに絡まっていた頭の中の糸が解れた気がした。まるで考えていたことの答えかのような、ぴったりとパズルのピースがハマる感覚ー。


 咄嗟に耐えられない胸騒ぎに頭を抱えた。もう自分は末期だ、と絶望する。



 ステージ上でタイミングを逃しただけだから、別に罰は当たらないよな・・・。



 ベッドをそっと軋ませ、眠るいばらの頭を引き寄せる。柔らかい髪に、甘い香り。優しく力強く抱きしめた。そして、顔を近付け、一瞬動きを止めてから額の冷えピタにキスを落とした。


 起きている時にちゃんと思いを伝えよう。それまではキスはお預けだ。それがいつになろうと構わない。ずっといばらの側にいられて、彼女が幸せならそれでいい。




 愛しくてたまらない歌姫の眠りを、今は醒ましたくないからー・・・。

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