(9)初めてのステージ ②
案の定、十分ほどしていばらが飛び起きた。額に乗せておいたタオルを落とした。
「ライブはっ・・・!?」
「一部中止だ」
冷静に現状を伝えた。みんな、最大限のことはやってくれている。いばらが戻ってこれるように現状維持もしてる。あとは本人の意思だけだ。いばらは落ち込んでいるように肩を竦め、渡されたペットボトルを握りしめる。
「二部、やるか?」
渡された水を半分近く一気飲みして目を覚まさせる。息を吐ききって、すぐさま大きく息を吸う。
「やるよ」
その返事を聞いて、斎藤はどこかへ走って行った。プロデューサーと話して十五分後に二部開始を決定した。会場にもアナウンスが流れる。喜ぶ観客の声はこの場所では聞こえない。いばらも落ち着いてギリギリまで休める。
ソファに座って項垂れるいばらをそばで見つめ、自分が弱気になっていてはダメだと奮い立たせた。
いばら、みんな待ってるぞ。押し潰されるな、いばらなら、できるー。
精神統一の邪魔をしないように、心の中だけでひたすらに応援した。
二部の前半三曲はアコースティック仕様。アキがアコギに持ち替え、いばらと二人でステージに上がるというスタイルだった。
支度をする二人を見て、ダッチーときぃも神を引っ張ってきて聞く。
「俺たちも、上がろうか? ハードル高すぎるだろ」
「ステージのどっかにいるだけでも視線が分散されて、いばらも楽じゃないか?」
一部が中止され、二部の出だしが二人っきりで観客の視線は釘付け。しかも原因であるいばらにさらに視線は集まるだろう。
それを心配していたのだが顔を覗くと、いばらは落ち着いたいつもの笑顔で答えた。
「大丈夫だよ。予定通りやらせて」
「なにかあったら、俺がどうにか合図出すから。機転利かせてくれ。ダッチーは得意だろ」
頑張ろうとするいばらを見て、心配そうな表情を見せる三人にアキも言った。ダッチーを茶化して肩を叩く。ダッチーはおう、と小さく答えた。
差し出した手を、いばらは取って立ち上がり、三人の間を通り抜けステージに向かった。すでにアコギも立ち位置に用意してあるため、あとは場所までたどり着けばいい。ダッチーの咄嗟の行動や、スタッフの誠実な対応により、ほぼ変わらない人々がいばらの回復を待っていてくれた。姿を現すなり、安堵の声と二人の名前を呼ぶ声が響き渡る。
しかし冷静なようで冷静ではない。いばらを守れるのは今、自分しかいない。ギターを弾くことで緊張したことはないのに、いばらに伝わってしまうんじゃないかというほど、手の震えをおさえていた。その必死さで、いばらのあることを見逃してしまっていた。
エスコートするようにアキがいばらを誘導する。ステージ中央にはいばらを労ってか、椅子が置いてあった。そこに座らせて、アキは顔を青ざめた。
「いばらっ、髪留め・・・」
「落ち着いてアキ、大丈夫。知ってた」
あえて言わなかったようだ。もう、偽りの自分に頼っても仕方がないと思い始めていた。
少しずつでも、ありのままの自分をー。
ここで失敗してしまったとしても、もう一人ではない。一人にはならない。
ーいつからこんなに強くなったのだろう・・・。
だからこそ、どこまでやれるのか、賭けに出た。偽りの自分を置いて、どこまでできるのか。これでできなかったらもうやめよう。静かになにも考えず生きていこう、と。
アキはいばらをチラチラと伺いながらアコギを肩にかけた。いばらも歌う姿勢を整え、マイクを握りしめる。冷静なのか、パニックすぎて一線を越えてしまったのか。どうでもいいと思えるくらい、気持ちが落ち着いていた。わかっていることは、これは”正常”な落ち着きではなく、”異常”な落ち着きだ、と。体のほとんどが震えもしなければ、力ではない硬直をしている。
情けなくて、笑みが溢れた。
アキがアコギを弾き始める。一曲目は語りかけるような優しい声色に観客も先ほどの出来事を忘れるほどだった。しかし二曲目のブリッジで声が詰まった。中々いばらが入ってこないのを見兼ねて、アキも弾くのをやめる。観客もふたたびざわつき始めた。
この状況をどう切り抜けよう、そう考えていた矢先だった。いばら、と声をかけようとした途端、うつむいていた顔をあげて、アキを見ながらいばらは笑顔で歌い出した。引きつった笑みだったが、まさか歌い出すとは思わなくてアキも入り損ねるところだった。
いばらは踏ん張っている。これを邪魔してはいけない。二人でこの場をやりきるんだ。
いばら自身も、体から出る気持ち悪い汗を感じながら、無心に歌った。会場中を見れば、自分の歌に合わせて沢山のスティックライトが綺麗に揺れている。
横から聞こえるアキのアコギも、歌いやすいポジションでコードを弾いてくれていた。ステージ袖をチラッと見れば、他のメンバーが心配そうな面持ちでこちらを見ている。観客席に散らばるスタッフも聞き入るように仕事をしていた。