(8)荊棘道の糧 ④
まだフーッ、フーッ、と鋭い息を吐くいばら。濡れた目も怒りを映している。
まだ言いたいことはあるか、とばかりに息を吐き続けるいばらに屈せず言葉を続ける。
「偽りは偽物だ。本物じゃない」
「私は偽物を演じていれば本当になるって信じてるの!」
「そしたらいばらの心はどこに行っちゃうんだよ!!」
先ほどとは逆に、次はアキが怒鳴った。突然のことでいばらは反応したあとに体が硬直する。そしてその言葉を心の中で無色に反復する。
「偽りはたかが偽りだ、もうやめろ。今までの応援も、するんじゃなかったって後悔してる」
見捨てられるような言葉に、また涙がボロボロと溢れてきた。突然怒鳴られた驚きもあったかもしれない。昔の怒鳴られたことよりも、今の方が胸に刺さる。
「なあいばら、いばらが歌っている時、どこにいるんだ」
「・・・?」
「いばらの本当の心は、どこにあるんだ」
初めて見た時もすごい、と思った。あそこまで人は騙すことができて、騙されるのかと。別人のように切り替わるいばらは誇らしくもあり、怖くもあった。
そしてその疑問は、以前に医師からもたった手紙で理解する。”皆の病気”、それはいばら個人では解決できないこと。周りの理解も力も必要だということ。それを踏まえていばらを見た時、アキの中では腑に落ちないことが沢山出てくるようになってきてしまった。
いばらが歌っている間、いばらの心はどこに身を隠しているのだろう。自分の元へ来てほしいのに、暗闇よりも暗い、もっと深いところで息を殺しているんだと思うと、間違っていることをしているようで仕方がなかった。
今、目の前で泣いているいばらが愛しいんだ。
「歌っている時も、眠っている時も、今も俺の目の前にいる。本当のいばらは、君の中にいる」
ついに意味がわからず涙が止まってしまった。真剣に話すアキの顔をぼーっと腫れた目で見つめる。
「俺はいばらの味方なんじゃない。本当の君の味方だ。本当の君を守り続けるって決めたんだ。でもいつからか、目的が変わってきてしまっていたみたい。悪かった」
「・・・なんで謝るの?」
お礼を沢山言いたいのに。報いることをしたいのに。なにもさせてくれない。
その苛立ちとやりきれない思いに頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「迷惑なら、放っておいてくれていいんだよ。 ・・・違う、えぇっと・・・」
先ほどの八つ当たりのような感情を思い出し、言いたい事を訂正した。
「とっても迷惑かけていると思う。偉そうなこと言えないけど、でももう、アキのこと嫌いになっちゃいそうだから、やめてほしい」
なにかあったときに逃げ込む背中も、泣きそうになるほど美味しいご飯も、起きた時に誰かがいる安心感も、失うのが怖い。居場所がなくなることがこんなにも怖いことだと、思い出した。望まれない本当の自分が出てきて失ったことで、居場所の大切さは昔に経験している。誰もの一番に、というのはこんな自分にとって傲慢だった。恥ずかしくなった。そして他人も自分も信じられなくなった。
そんなことを今まで忘れていた。心に刻んだはずなのに。アキのせいでー・・・?
不甲斐ない。
思い思いに言いたいことを伝えたいばらに対して、アキは容赦なく答える。
「もう決めたんだ。いばらに嫌われても俺はいばらを守り抜くって」
顔を歪め、困惑するいばらをさらに困惑させてしまう事実を告げる。
「だからライブ、断ったんだ」
他人事のような真っ白な情報が脳に引っかかった。今まで体力負けしていた脳が、意味を理解しようと突然フル回転しだす。
「え・・・」
なにから聞けばいいのかわからない。それは本当ですか、なんてバカな質問はするべきじゃないのか。
「え・・・えっ・・・?」
「本当だよ。さっき斎藤さんに連絡したから」
実名が出てきて現実味を帯びた。ボーカルを続けるのか脅しで言ってるんじゃない、本当のことだ。
「えぇ・・・皆は?」
「快く承諾してくれたよ。祥太たちも、無理だと思っていたみたいだから」
わざと名前を出していばらを言いくるめようとした。しかし現実で起きていることだと実感していくと、いばらは顔色を変えていった。
「ダメだよ・・・ダメだよ! そんなことしたらっ、私の・・・!」
すべてを失う。今度こそ、もうなにもかもー。
混乱し始める視界の隅に見つけた”命綱”。枕元に置いてあるスマホに、ダイブすれば届くかもしれない。
その視線にアキも気付いて、同時に二人は動いた。




