⑶反復記号-first time- ③
なにも動じない神を見てダッチーは小言を吐きながらポテトを一本つまんだ。口に放り込んだ時点でやっと神が、
「あ、僕のポテト」
「えっ、そこが反応ポイントなの?」
思わずアキが反応してしまった。この二人のやりとりが意外だったらしく、また息の合ったダッチーときぃが爆笑する。
「いいね明貴ちゃんっ、俺好きだわ」
「なんだかんだ言ったけど、かみたつもお変わりなくでよかったわ」
ひぃひぃと息をする二人と、未だ何事もなくストローを咥える神を見据えて、アキはなんだか嬉しくなった。このメンバーでこれからやっていくとなると楽しみで仕方ない。出会ってまだ間も無いのに、根拠のない自信が湧いてくる。
昼過ぎでもあったが起きてなにも食べていないというダッチーはアキの分のハンバーガーと飲み物を買って席に戻ってきた。そこからやっとバンドの話になる。
「俺たちの周りは、音楽をやってるやついなくてよ。それこそ俺と龍也だけだったから、二人でずっとジャム」
「へ〜マジか、今度聞きてえな。リズム隊のジャムも聞いててかっけぇって思う」
コップを傾けながらコーヒーを振ってかき混ぜるきぃは、頬杖をついて言った。その顔はとても楽しそうな笑みをこぼしている。食べかけのハンバーガーを持ちながらダッチーも言う。
「確かにかみたつはそこら辺のベーシストよりは頭一つ分違うよな。今度は俺も混ぜてよ!」
「おう、やろやろ!」
「翔太のあのチョーキング好きじゃない」
「・・・」
一気にダッチーの顔色が変わる。褒めているのに貶し返されるのは、怒りどころか悲しささえ覚える。その空気を変えるようにきぃは話題を変える。
「それでさ、なにやるの? 四人でインスト?」
「熱いサウンドの歌モノ」
メンバーが揃っていないのに歌モノと断定するダッチーに顔をしかめる。最後の一口を口に放り込む友にアキは呆れた。
「翔太、お前・・・」
「ストップ。それ以上言うでなぁい」
一気に飲み込み、ダッチーは指を舐めながらどや顔でアキを制す。
「今何時?」
「十四時半くらいじゃないか?」
「お、っとと・・・」
すぐにスマホを取り出して操り始めるダッチーに三人は顔を見合わせる。椅子を傾けて揺ら揺らと揺れ、ガタンと元に戻した。
「あ、もうすぐそこみたいだね」
「は?」
「どういうこと?」
アキときぃが聞き返してもダッチーはニコニコするばかり。誤魔化しているつもりなのだろうか。その笑顔を神は冷たい目で見据える。その後にアキときぃも信用のない視線を向け始める。
ダッチーの思うことがイマイチ分からなすぎて、またいつもの冗談かなんかだと思う。
それに勘づいたのかダッチーが慌てて訂正をする。
「違う違う! ボーカルだよ、ボーカル」
「え、ボーカルって誰だよ」
「知らないけど」
「知らないってなんだよ」
「やっほー、ダッチー久しぶりー」
聞き覚えのない女子の声がして一斉に振り返る。そこには流行のオシャレを取り入れた際どいミニスカートを履く子が手を振っていた。アキときぃと神が顔を見合わせている中、ダッチーがつられて手をあげる。
「はーいえりちゃ〜ん! 今日も可愛いね!」
「うわ・・・まだチャラいのね」
とても親しげに話している二人を交互に見て首を傾げる。するときぃが指を鳴らし、立ち上がる。
「ああ! もしかして君が・・・!」
「お、年上イケメンじゃん。これがメンバーでしょ? いばらが羨ましいわ」
また一斉に目が点になる。また話が勝手に進んでいく。知らない名前も聞く。君は誰、と言いたいところなのにさらに誰かの名前が出てきたのだ。
パッとしない表情をする三人の顔を見て、彼女はダッチーに訊いた。
「なに、まだ言ってなかったの?」
「いや、ちょうど今言うところで」
「お楽しみにしたかったんでしょ?」
「そうとも言う〜」
コロコロと変わる表情は確信犯だ。俺たちは遊ばれている、とふたたび三人は顔を合わせた。険悪な雰囲気を感じたダッチーは誤解を解くように立ち上がる。
「違う違う〜! 本当にお楽しみにしたかったの! ってわけで、行くぞ」
「行くぞ!」
タッグを組んでいる二人が先に席を離れる。動揺している時間なく二人は店を出た。
「は、え、もう、なんなんだよ!?」
残りの食べ物を口に詰め込んで二人を追いかけた。突然の来客、移動に困惑するばかりだ。前を歩く二人はカップルに見えるくらい仲がいい。