第8手
これがこの世界の特性。
オレ達が転移させられたわけか。
冴香は分かるがオレはどう考えても担当外だろう。
「いいわ、その勝負受けた」
一人で混乱するオレを置きざりにして、冴香は勝負の受諾を行う。
まあ、どんな条件があろうとも冴香の棋力であれば、楽勝だろう…
なにせ、あいつは…
だが、オレはまだ、冴香という女の性格を読みきれていなかった。
あいつはライフルで脳天を撃ち抜かれたら、相手をマシンガンで蜂の巣にしないと気がすまないタイプの女であることを忘れていた。
「但し、指すのは私じゃない。コイツよ。この春日井シレンが私の代わりに指すわ。代打ちよ」
冴香は再び、超級の爆弾を落としてくる。
親指でオレを指し、仁王立ちで宣言する姿には威厳すらある。
その堂々たる姿はまさに冴香の二つ名である【夜叉公主】を彷彿とさせる。
これは決定事項だ。
そう冴香の背中は語っていた。
だが、そんな眩惑に引っかかるオレではない。
蛮行を諫めるべく、彼女の側に近づく。
「おい、何、勝手に話を進めてんだよ。指すなら、お前が指せよ」
意図せず、語気が荒くなる。
いくらオレが彼女の傍若無人に馴れているといっても許容できないことはある。
「いやよ、対局料も出ないし。価値のない勝負はしない主義なの。知ってるでしょう」
オレが本気で怒っていることが分かったのだろう。
冴香にしては珍しく冗談を交えて、返してくる。
「お前こそ、知ってんだろう。オレがとうの昔に将棋を辞めたことを。あれ以来、一回も駒に触ってないんだぞ!」
「どのみち、この世界で生きていくためには当座の費用が必要でしょう。ちょうどいいじゃない、ああいう分かりやすい悪役から金銭を奪う分には心も痛まないでしょう。棋力も大したことないし、見ぐるみはいじゃいましょう」
さらっと恐ろしいことを言ってくる。
だが、それは戦うための理由であって、オレが将棋を指す理由にはならない。
オレが一切、引かないのを見て、冴香はさらに言葉を重ねてくる。
「リスクは私が背負う。万が一の絶対隷属も私が引き受けるわ。そういう契約で勝負をする。あんたは気楽に指せばいいのよ。さっきの詰将棋見たでしょう。単純な5手詰めであれだけ、時間を使っていたわ。私達の敵じゃないわ」
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