第3手
「7六歩〜」
「3四歩〜」
「2二角成」
「え〜いきなり、角交換はやりすぎじゃない〜」
冴香はわざと聞こえるような大声でリアクションを取る。
先ほどから執拗に目隠し将棋を強要してくる。
誰が参加するもんか。
この女の嫌いなところはこういうところだ。
オレが嫌だ。その手は許さじと言ってるのに、空気を読まずに指してくる。
オレもオレで、符号が読まれれば、頭の中で嫌でも盤面を描いてしまう。
そんな自分に腹が立つ。
こういう時は徹底無視。無関心が正着だ。
いつも以上に冷淡に、心を殺して無視に勤める。
「あんたさ、本当にもう指さないつもりなの?」
突然、立ち止まり真剣な表情で冴香が尋ねてきた。
いつもの弄りではない。
目には哀れみがこもり、問いかけた声には悲しみが潜んでいた。
「将棋なんて、今やプレイヤーの99%がAIに勝てない糞ゲーだよ。エルモやボナンザに勝てるプレイヤーがどんだけいるんだよって話だよ。競技人口の99%がAIに敗北し、AIに手筋を判定してもらう時代だぞ。対局前に金属探知機入れて、そこまでAIが怖いのかって話だよ」
そんなつまらない返しをするので精一杯だった。
答えになっていないのが自分でも分かる。
声に出すとオレの怒りにも火がついた。
何で、オレばっか苦労してんだ。
いい加減、オレの手も感覚がなくなってきた。
「ていうか、お前も少しは手伝えよ」
気付けば、しょうもないことで怒鳴っていた。
こんなことを言っても無駄と分かっているのに。
「いやよ、手が荒れる。私が駒より重たいものを持たないって知ってるでしょう」
読み通りの答えが帰ってきた。
この気位女王め。
だが、彼女がこう言うのには理由がある。
いや、正確には彼女にはその言葉を吐けるだけの資格があるのだ。
それは彼女が若くしてついた職業。
彼女が為した前人未到の偉業。
彼女が人生の全てを捧げて作り上げた奇跡。
彼女の永遠の恋人のせいだ。
オレはそのゲームが嫌いだ。
オレを敗北者にした。
オレを落伍者にした。
オレを敗残兵にした。
オレを負け犬にした。
オレはあのゲームが大嫌いなのだ。
▲▽▲
「ねえ、本当にこっちの方角であってるの?」
時折、扇子でオレをあおぎながら、冴香はオレの後をついてくる。
オレは奴隷のように木々をかき分け、2人分の道を作る。
【スマホ】の地図によると間もなく、森を抜け街道に出るが冴香には内緒だ。
もうしばらく、団扇役ぐらいはやらせたい。
オレだけ疲れるのは不公平だろう。
手の感覚は相変わらず、戻らない。
腱鞘炎にならないかだけが心配だ。
あの後、2人して森の中で睨み合っていたが、オレの方が先に馬鹿馬鹿しくなったのでやめた。
この女が引くことは絶対にない。
負けん気の強さにかけてはA級棋士並なのだ。
オレが引かないという選択肢もあったが、そうすると2人して餓死するまで睨みあうことになる。
昔は意見が割れたら、すぐに将棋で決着をつけていたが…
今はもう…
「さすが〜シレン君は直ぐに試練を受け入れますな〜」
冴香はオレに口喧嘩に勝ってご満悦のようだ。
茶化したような物言いで、煽ってこなければ、まだ可愛げもあるのだが。
「私は嫌よ、こんな世界。早く戻んなきゃ、順位戦が始まっちゃう」
冴香は誰に聞かせるでもなく、吐き捨てるように言い放った。
お前の席が有ればいいんだが…
多くの異世界転移の話だと、元の世界の自分はもう死んでるんだが…
いくらオレでも流石にそれだけは言えなかった。
読んで頂きありがとうございました。次回の投稿もなんとか頑張ります。
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次回も日曜か月曜か火曜ぐらいに投稿できたらいいなと思っています。