魔導を究めんとする者
魔導の道を究めんとする者には乗り越えなくてはならない壁がいくつか存在する
その第一の壁はすなわち、己の中に宿った魔力という力を受け入れることだ。
はじめは何事もなく力を受けれ入れたとしても、必ず迷いが生じるときがやってくる。
遅かれ早かれ、誰にでも。
しかし、そなたはその時を恐れてはならない。
それは、魔導の道を究めるものにとっての通過儀礼のようなものだからだ。
この壁を乗り越えた者だけが、新たな魔導の神髄へと足を踏み入れることができるのだ。
「また難しい一文から始まったな」
「これ、『魔導の心得』の中でもかなりの名文として紹介されている一文だよ」
「そうなのか?」
「うん。教会の壁にもここの部分がそのまま彫られてた」
「魔導の心得」第5巻の巻頭を読みながら、俺とアーニャはそんなやり取りをしていた。
第1巻から読み始めたこの本も、ようやく最終巻までやってきた。
一読したから、それですべて終わりというわけではないけれども、やはり分厚い書籍をここまで読み込んできたというのは一種の達成感もある。
それもこれも、課題を一足早く終わらせて自由な読書時間が生まれたおかげだ。
後は、横にいるアーニャ先生とフラン先生という二人の解説官の手によって補足が入っていたことも大きい。
「それにしても、だいぶ抽象的な内容だな。乗り越えなくちゃいけない壁、だなんて」
「第5巻は、どちらかというと魔導士としての生き方みたいなものを説いている記載が多いからね」
「そういうのって、最初に習うものじゃないのか?」
「一通り、魔法についての知識を得た後で読むからこそ刺さるものがある……んだと思う」
アーニャは自信なさげに言っていたが、だいたいそういうことなのだろう。
魔力についての可能性、力強さを知ったうえでその使い道についてもう一度語る。
魔力を使って悪事をするやつなんて、ろくな人間がいないからな。
本当に。
「おい、おめえら。今日ものんきに読書の時間かよ」
さっそく本を読み進めていこうとしていた時に、俺らの頭上に汗臭い影が浮かぶ。
こいつはいつも、いいところでひょこっと顔を出す。
「リベルガ、課題はもういいのかよ?」
「あ? ちょっと休憩してるだけだよ」
課題の魔力のコントロールのためにヒイヒイ言っているリベルガが、休憩という口実で俺たちに茶々を入れに来た。
リベルガは、肉体強化の魔力の使い手なこともあって魔力のコントロールには人一倍苦労している。
剣技一本でここまでのし上がってきた剣士としての天才である彼だが、魔力のコントロールとなればまた話は変わってくる。
力いっぱいに暴れれば何とかなるわけではないこの課題は、彼にとっては大きな壁といってもいいだろう。
「俺だって、魔力の糸くらいは出せるようになったんだよ」
「おお! ちゃんと糸になってるじゃないか」
「しかし、この後がどうしても続かねえ。まだ普通の糸を剣で飛ばした方がうまくいきそうだ」
リベルガはイライラした表情は浮かべながらも真剣だった。
剣士として、いや、剣士という肉体強化の属性を持っているからこそ、魔力の必要性は直に感じているのだろう。
ルミアも、肉体強化にとっては魔力を扱えなきゃお話にならないといっていたからな。
「で、お前らはサボって何読んでたんだよ……って、これなら俺も知っているぞ」
「リベルガでも、この一文は知ってるんだな」
「まあ、いろんな石碑とかに刻まれてるからな。って、俺のこと馬鹿にしてるだろ?」
「いやいや、そんなことは」
リベルガは難しい本は読まない。
そんな彼でも知ってるということは、相当有名な一文というわけだ。
俺ももう少し外とのかかわりがあれば知っていたかもしれない。
「リベルガ君でも本が読めちゃうなんてすごいね~」
「てめえ、フラン! 完全に俺のことを馬鹿にしたな!」
リベルガの怒りをぶち上げたのはフランだった。
ずっと横で眠っていると思ったら、急に目覚めてリベルガをおちょくる。
何でも、課題で苦しんでいる彼の表情が好きみたいだ。
「だめだよ、リベルガ君。ここで今は授業中なんだから、みんなの集中を途切れさせないようにしないと」
「誰のせいで怒ってると思ってるんだよ」
「きゃ~リベルガ君。こわ~い」
目の前で繰り広げられる茶番にはもはや誰も突っ込まない。
最初はリベルガの怒鳴り声に、びっくりしていたアーニャもあくびをしながら眺めている。
「いいよな、フランは何も迷いごとなんてなさそうでよ。お前もこの本の内容くらい、真剣に考えてみたらいいんじゃないのか?」
「やだな~リベルガ君。私はいつだって真剣に物事を考えていますとも。私のこの天才的な魔力を用いて、世界をどのように救ってあげようか!ってね」
「へっ、よく言うぜ」
その後、リベルガはサキちゃん先生につかまって課題へと引きずり戻されていった。
フランはリベルガの背中を見つめながら、まだ眠そうに笑っていた。
ーーー
「ちゃんと考えているよ。私だって……」
フランの小さなささやきは、ただ空気となって消えていった。
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