掴み取った日常(後日譚)
あの事件からもうすぐ1週間が経とうとしていた。
学園の中でザニスがあれだけ暴れたというのに、何事も無かったかのように日常が帰ってきた。
学生たちの中で事件を知ってる者なんていない。
ましてや、一緒に魔の森にいたフランでさえも違和感はありながらも事件の概要を知ってる訳では無い。
ただ、その場にいた俺とアーニャだけがあまりにも自然に片付けられた事件を不思議がってるだけだ。
いや、正確には俺だけなのかもしれないが。
「暇だね〜」
「暇だな」
「また新しい課題とか出ないのかな〜」
「サキちゃん先生が当分ないって言ってたし、ないものはないんだろ」
魔の森での魔物の討伐課題をあっさりと終えてしまった俺たちは、再びみんなの課題の様子を眺めるだけの退屈な日々に逆戻りした。
クラスメイトたちが真剣に魔力の糸をコントロールする様子を、何も考えずにじっと眺めていた。
もちろん、アーニャも一緒に。
「ねえ、アーニャちゃん。暇だよ!! なんかして遊ぼうよ〜」
「ちょ、ちょっと、フランちゃん抱きつかないで!! 暑い……」
「ええ〜いいじゃん。この温かさはフランちゃんの愛情の証だよ〜」
「あ、暑苦しい……ユーマ」
フランにグリグリと頬を擦り付けられているアーニャは、助けを求める目で俺の方を見つめてくる。
これも、もうすっかりお馴染みの光景になった。
「ほらほら終わりだ」
「え〜、あとちょっとだけ〜」
「だめだよ。アーニャが苦しそうじゃないか」
ブーブー言うフランをアーニャから引き剥がす。
苦しそうにしてるアーニャだが、本当に嫌がってる訳では無い。
2人ももうすっかり仲良くなった。
事件があってから、表には変化はなくても少しずつ変わったことはあった。
いちばん大きいことはもちろんアーニャのことだろう。
俺にとっては、ただ平和な学園生活が帰ってきただけだ。
しかし、この日常はアーニャが自分の手で勝ち取って手に入れた、新しい生活だ。
俺とは意味合いが違う。
ザニスを返り討ちにしてから、アーニャはどうやら教会からの関与が無くなったらしい。
つまり、純粋にこの学園の学生になったようだ。
もうアーニャは、教会から送り込まれた刺客ではない。
正直、アーニャを引き戻すために教会から何かしら邪魔が入ってくると思っていた。
だが、何事も、本当に何事もなくアーニャは学生として残り続けた。
アーニャに聞いてみても、ただ学園長からそう告げられただけらしい。
詳しい説明は曖昧にしか教えてくれなかったという所がいかにも学園長らしい。
『とにかく、教会側からあなたに危害を及ぼしに来ることは無いから』
学園長は自信を持ってそう語ってくれたらしい。
何を考えているのかイマイチ掴めない人だが、あの人がそう言っているのならきっと大丈夫なんだろう。
そういえば、ザニスはあれからどうなったんだろ。
別にどうでもいいけど。
「ぶ〜、アーニャちゃん、もう少し私に身を預けてくれてもいいんだよ??」
「フランちゃんはベタベタしすぎなの!!」
フランに対して全力の抗議をするアーニャ。
気づいてるのかは分からないが、彼女の声は稽古場の中に響き渡っている。
ザニスの支配から解放されたアーニャは少しずつ、自信を持って声が出せるようになった。
まずは、俺とフランから。
俺たちと話している様子を見てたクラスメイト達も少しずつ、アーニャに対して話しかけるようになって言った。
もうアーニャに対して、嫌悪感を抱いてる人はいない。
むしろ、フランとの絡み方を見られているせいで変にチヤホヤされるようになるくらいだ。
みんなから話しかけられて恥ずかしそうにしてるアーニャだが、そんな時は決まって頬を赤くする。
その表情がさらにみんなのいたずらごころを掻き立てる。
もうアーニャはただの不気味なお人形さんでは無いのだ。
「なるほど、なるほど。それは本当に良い結果になりましたね……」
「そうだろう? 何はともあれ一件落着だ」
「はい。その件に関しては本当に収穫が多かったと思います……ただ……」
「ただ?」
いつものルミアとの報告会。
事件もひと段落着いたところでルミアとも今回の内容を共有していたのだが……
ルミアは眉をひそめながら大きく一喝。
「どうしてそのアーニャちゃんが私たちの部屋に転がり込んでるんですか!!!!」
ルミアが俺の隣を指さす。
そこには平然とした顔でアーニャも一緒に座っている。
「ルミア、夜にそんな大声出したらダメだって」
「いくらユーマ様のお叱りでも、こればっかりはハッキリさせてください! なんで私たちの大事な報告会の時間までアーニャちゃんが部屋にいるんですか!!」
「なんでって……私、隣の部屋に住んでるわけだし?」
「だからって、いつまでも私たちの部屋にいていいことにはならないでしょう! 自分の部屋があるんだからさっさと帰ってください」
「……ケチ」
「なっ……!」
アーニャとルミアがバチバチやってる。
事件が終わってから、もうひとつ大きな変化があった。
それが、アーニャの言っていた通り、俺とルミアの住んでる寮に引っ越してきたことだ。
しかも、どういう訳かピンポイントに俺たちの隣の部屋に。
まあ、誰の差し金かは言わなくても想像はつく。
アーニャは元々教会で寝泊まりしていたらしい。
だから、この引越しは本格的にアーニャの教会からの離脱を意味してるようなものだった。
もうザニスと暮らさなくていいアーニャは、引っ越してきてから俺の部屋でゴロゴロしている。
「いいですか、この報告会の時間は私とユーマ様の大事な時間なんです。勝手に邪魔しないでください!!」
「いいじゃん、私だって今日あったことルミアさんと一緒に共有したいもん」
「あなたと共有することなんてないでしょ!」
「あるよ、きっと。今日の私の昼食とか」
「興味無いですよ、そんなこと!!」
アーニャの顔を見ながらルミアは頭を抱えている。
あんまりルミアに負担をかけすぎたくもないし、何かしらのルールはこれから作らないとな。
「ルミアさん……そんなに私のこと嫌?」
「嫌っていうか……そもそも、あなたはユーマ様のことを」
「それは……悪かった」
ルミアがアーニャに心を開ききれていないのはこれが原因だろう。
今がどうであれ、アーニャは1度は俺の事を殺しにやってきた暗殺者。
当事者であったルミアが、警戒を解けないのも当然だ。
まあ、本当は俺がそうでないといけないのかもしれないけど。
「ユーマ様もなんとか言ってくださいよ!」
「そうだよな……でも、俺はアーニャの変化を見ちゃってるからな」
「まったく、ユーマ様は人がよすぎるんですよ。次は守ってあげないですからね」
「その時は私がユーマを守ってあげるからね!!」
「アーニャちゃんは調子に乗らないでください!!」
俺の事を守る。
アーニャは頻りにそう発言するようになった。
なにやら、学園長から言われたらしい。
弱みに付け込まれてないか心配だが、アーニャ自身がやる気を持っているのできっと大丈夫なんだろう。
俺としてはむしろルミアとの関係の方が不安だ。
「ゴメンなルミア。負担かけちゃって」
「ま、まあ、ユーマ様は悪くないですし、これからまた決めていきましょう……今日はもう寝ますか」
「じゃあ、私ユーマと一緒に寝る!!」
「なっ?! アーニャちゃんはさっさと部屋に帰りなさい!!」
もう夜だと言うのにバタバタしてるアーニャとルミア。
ひとりぼっちだった俺の日常も随分と賑やかになったものだ。
お読みいただきありがとうございます!
アーニャ編はこれにて完結です。
ありふれた日常が、本当は何よりも欲しいものだったのかもしれない。
次回から新章にはいります!




