転げ落ちるのなんて一瞬で(ザニス視点)
くそっ!
どうして私が逃げる羽目になっているんだ。
作戦は完璧だったはずだ。
あの憎いゴミムシたちを引きはがして、アーニャに暗殺させればいい。
私はアーニャが途中でへましないように見張っているだけでよかった。
今頃私の右手には、あのゴミムシの首を握りしめているはずだった。
そのまますべての責任は学園に擦り付けて、俺は教皇に晴れて昇格するはずだったのだ。
どこだ。
どこから私のシナリオは狂ってしまっていたんだ>
ちゃんとアーニャのしつけだってしていた。
彼女が絶対に私に歯向かうことができないように、しっかりと調教だってしていたはずだ。
なのに、なんだったんだ、あの目は。
あのまま走り出していなければ、彼女は迷わずに私のことを殺していただろう。
いままで、全くそんな素振りを見せなかったというのに。
……すべては、あのゴミムシのせいだ。
あいつがアーニャをたぶらかしたんだ。
アーニャのことを洗脳して、私に歯向かうように仕込んだに違いない。
黒魔導士のやることだ。
それくらいはやってしまうだろう。
本当に、あいつは世界の屑というものだ。
「これはしっかりと教会に報告して、手を打たなければ」
まだ大丈夫だ。
幸いにも、このことはあいつら以外にはまだ誰にも見られてはいない。
これくらいのミスだったら、教会の力を使っていくらでももみ消すことができる。
アーニャだって、教会の権力を使って無理やり引きずり戻してくればいい。
動けない状態で、また一から教育してやればいいだけだ。
物分かりの言い彼女のことだから、すぐに正気を戻してくれるだろう。
「あとは、私を嵌めようとした学園側に対する処分だけだな」
今回の課題と言い、アーニャの洗脳と言い、全てあのゴミムシと学園側が仕込んだ罠だろう。
アーニャを使って私を嵌めるための罠だ。
こんなことをされていたのでは、教会側の威厳もなめられているというものだ。
一刻も早く教皇たちを利用して、学園側に圧力をかけなくては。
「へへへ、私を嵌めようとしやがって……あの学園長も目にもの見せてやるぜ」
「あら。いったい誰に目にもの見せてくれるのかしら」
「そりゃ誰って。学園長に決まっているじゃないか……って、え?」
もう魔の森の出口はすぐそこだというのに、私の行く手を阻むように立ちはだかる一人の影。
サングラスの奥から不気味に微笑むその顔は何度か見覚えがあった。
「これはこれは、ザニス神父。お元気そうで何よりです。まさかこんなところでお会いするとは思いませんでしたわ」
「これは、どうも学園長様」
何でこいつがこんなところに居るんだ。
しかも私を待ち受けていたかのように笑みを浮かべやがって。
しかし、まだ焦る場面ではない。
ここはうまくやり抜かなければ。
「わざわざ学園にまでザニス神父が何のご用事ですか? 学園に入るときには許可書を記入していただく必要があるはずなんですけど……?」
「私の大事な教え子が、課題があるというから見に来たのですよ」
「へえ、わざわざザニス神父自身が魔法を使ってまでですか?」
「さ、さあ。何をおっしゃられているのか」
「ふふ、私、これでも学園の長を務めているものでね……学園の中のことでしたらなんでもお見通し何ですよ」
空気が変わった。
こいつはすべてを知っている。
どこまで見られていた?
私が森に入ったところか?
アーニャたちとのやり取りも見られていたのか?
しかし、あの時私たち以外に気配は感じなかったはず。
大丈夫だ。
ただカマをかけているだけだ。
「はは、ついかわいい教え子を思うあまりに手を出してしまってね。これは恥ずかしいところを見られてしまいましたね」
「ええ。まさか、嫌っている黒魔導士に術を破られるどころか、大事な教え子にまで牙を向けられて逃げてきているだなんて、恥ずかしくて前も向けないですよね」
「きさまああああ!!!」
ここで挑発に乗ってはいけない。
頭ではそう理解していた。
でも、もう私は吠えずにはいられなかった。
「あらあら、どうされたのですか?」
「言っておくが、これは私の意思でやったことではないからな。黒魔導士への暗殺も、今回の襲撃も全て教皇から任務を押し付けられて、仕方なくやっただけのことだ。私は何も悪くない。そうだ、悪いのは全て私に命令を下した教皇たちだ。アイツらの命令さえなければ、私がアーニャから牙を向けられることだってなかったんだからな!!」
そうだ、私はただ上から押し付けられた命令に従っただけだ。
私は何も悪くない。
悪いの全てやつらなんだ。
「……と、おっしゃられてますが、いかがですか教皇様?」
「……え?」
学園長の背後から近づいてくるひとりの影。
普段なら聖なる光に包まれているはずのその姿が、今はただの絶望に見えて仕方がない。
「きょ、教皇様……」
「うむ、たまたま用事があって呼び出されていたのだがな。まさかこんな戯言を聞かされる羽目になるとはな」
「い、いえ、違うんです。教皇様。これは。その勢いと言いますか」
「……随分と威勢のいいことを言うじゃないか」
頭の中が真っ白になった。
これなら、いっそアーニャに殺されていた方がましだ。
「それで、教皇様。ザニス神父がああ言われていますけど、どうなんでしょうか?」
「まさか、国を代表する我が教団がそんな物騒なことを言い渡すわけがないでしょうが……すべては彼の独断でやったことですよ」
「そうですよね! まさか教皇様たるお方がそんな物騒なことを申し付けるわけないですよね! 今回のアーニャちゃんも、単に教会と学園の友好の証であって、黒魔導士をどうこうしようなんて思惑があるわけないですもんね!!」
「……うむ」
教皇様は表情こそ変えないものの、明らかにその目には怒りが宿っていた。
彼の目は私を掴んで絶対に離そうとしない。
「彼、ザニスへの処遇はこちらで持ち帰らせていただきます」
「ええ。その方がご賢明ですね……アーニャちゃんの処遇に関しては、引き続きこちらでお預かりさせていただきますね。せっかく編入してもらったんですし」
「ええ。彼女の意思に任せることにしましょう」
「ふふ。かしこまりました……今後とも良いお付き合いを」
教皇様と学園長は不気味に笑い合った後、それからは何も話さなくなった。
「では、今日のところはこれで……行くぞ、ザニス」
「は、はい!!」
私は教皇様に連れられるままに、一緒に歩き始めます。
無言の連続。
学園長の姿が見えなくなったところで、ようやく教皇様は口を開きます。
「貴様、私の顔に泥を塗ってくれたな? このままただで済むと思うなよ。死ぬより恐ろしい地獄を見せてやる」
「ひっ!!」
おかしい。
一体どこで狂ってしまったというのだ!!
お読みいただきありがとうございます!!
ザニスはいつまでたってもわからない。
次回、後日談でアーニャ編はラストです、




