バイバイザニス
「ひっ……! や、やめてくれ!!」
俺に魔法すらも破られてしまったザニスは、急に表情を変えて後ずさりを始めた。
それまでの強気な姿勢はもうひとかけらほども残っていない。
「私はただ、教皇たちから黒魔導士の様子を見てくるように言われただけだ!」
「それでアーニャを無理やり動かして、俺を殺そうとしたってわけか?」
「私はそんなことは言っていない! アーニャに様子を見てくるように依頼しただけだ。お前を殺そうとしたのは、アーニャが勝手にやったことだ! 私は何も知らなかった!!」
ここまで来てあまりにも苦しい言い訳を並べるザニス。
コレットにすり寄って来てる時点でお察しではあるのだけど、本当に自分の保身しか考えていないみたいだ。
「アーニャ、あんなこと言われてるけどどうなんだ?」
「私、そんなこと知らない。あの人にやれって言われた」
「……だってよ、ザニスさん?」
「おい、アーニャ! なに適当ぬかしてるんだ!! 貴様、自分がどういう立場にいるのかをよく考えてから発言をしろ!!」
アーニャ相手には強気になるザニス。
強い奴にはこびへつらい、自分より下だと思った者にはとにかく強く当たる。
お手本のようなくずだ。
それにしても、自分の立場か。
確かに、ちゃんと一回わからせた方がよさそうだな。
「なあ、ザニスさんよ。お前、ちゃんと自分が置かれている状況分かっている?」
「な、なんだ」
「自分でさんざん罵った相手には魔法を打ち砕かれ、駒のように扱っていたアーニャには裏切られた。いま、この場所でお前の味方をしてくれる人なんて誰もいないぞ?」
「そ、そそそ、そんなこと」
ザニスはまだ現実を受け止めきれていないようで、視線をずっと泳がせている。
アーニャの心が彼から離れた以上、もう彼を守ってくれる者は誰もいない。
わざわざコレットがこいつをかばいにやって来るとも思えないしな。
「お、おい。アーニャ」
ザニスは震えた声でアーニャの名を呼ぶ。
しかし、相変わらずその口調は強い。
「孤児院にいるお前を誰が拾ってきてやったと言うのだ。私が拾ってあげなければ、今頃お前はどうなっていたのかわからないんだぞ? 誰がお前に部屋を与えて、ここまで育ててやったと思っている? その恩を返すべきじゃないのか?」
「……」
アーニャは黙り込んでしまう。
もう10数年も一緒に居る仲だ。
さすがに何か思うところはあるのだろうか。
「な、私がしてやったことを思い出せ?」
「確かに、ザニス神父にはいろんなことをしてもらった」
「な、そうだろう!」
アーニャはゆっくりとザニスのもとへと歩を進める。
「修行だ何だって言って無理やり魔力を増強する特訓をさせられたり、物置部屋みたいな部屋に閉じ込められたり、任務の度にたたき起こされて怒鳴られたり……ほかにもたくさん思い出がある」
「え、アーニャ?」
アーニャの声も震えている。
でも、これは今までの怯えている様子ではない。
やっとザニスに対して思っていることを言えるようになったんだ。
「不思議だよね。あなたを目の前にすると、これまで抑えていた魔力が一気に噴き出して来るみたいなの」
「う、うわあああああああああ」
アーニャに手を向けられると、ザニスは情けない声で叫びながら逃げ出した。
さっきまでの威厳はどこへ行ったのやら、こんなのではもう神父もやっていけないだろう。
アーニャは、そんなザニスの背中をじっと眺めていた。
「追いかけなくていいのか?」
「いい……あんな人、ころしても意味ないし」
アーニャは無表情にそう答えた。
これまでのザニスとの思い出は、きっとアーニャにとってもまだ整理し切れないだろう。
仮にも、育ての親みたいなものだからな。
でも……
「ユーマ」
「どうした?」
「早く『魔導の心得』を読みに行こう」
今、目の前で笑っているアーニャの気持ちはきっと本物なんだと思う。
少なくとも、これは彼女自身が勝ち取った表情なんだ。
「あ! やっと見つけた!!」
「フラン……!」
「も~、こんなところにいたのか。めちゃくちゃ探したんだよ……って、何かあったの?」
「ちょっと、厄介な敵と遭遇してただけだよ」
「え、何それ? もしかして、課題の主ってやつ?」
「違うよ。フランちゃん。もう解決したから大丈夫」
「アーニャちゃん!!」
アーニャはもうボソボソと話すのをやめていた。
フランも目を丸くするほどに、今は明るく話している。
もう、アーニャは不気味なお人形さんではない。
「ていうか、まだ課題が残っているんだったな。さっさと奥まで行こうぜ」
そうして、やっと合流した俺たちは森の奥へと進んで行った。
もちろん、課題の魔物なんてあっという間に倒したことは言うまでもない話だ。
お読みいただきありがとうございます!!
何気に50話目でした。




