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図書館での語らい②

「……よお」


「あぅっ」



 不意なことで鉢合わせてしまった俺とアーニャはお互いに気まずい空気が流れていた。

 図書館の中なのだから、言葉を交わさないことは別に変なことではないはずだ。

 しかし、それを差し引いても俺たちの間に流れている空気は居心地が悪かった。



「珍しいな。アーニャがこんなところに居るなんて……」


「……」



 試しに会話を投げてみるが、アーニャはどうにも固まってしまったようで返事がない。

 視線は完全にどこか違うところを向いていて、心ここにあらずという感じだった。


 アーニャはたまたま図書館にいて、俺と鉢合わせたことで固まってしまった。

 ……なんてことはないだろう。


 もし、俺の姿を見つけてしまったのならば、見つからないようにそそくさと立ち去ってしまえばいいだけだ。

 しかし、本を読んでいる最中にもずっと背後から何者かの視線を感じていた。

 きっと、アーニャのものだろう。


 変な詮索はしたくはないが、彼女が何を考えているのかは気になる。



「何か、探している本でもあったのか?」


「……?!」



 このままではどうにも埒が明かないと考えた俺は、立ち上がってアーニャの方に踏み込んでみることにした。

 アーニャの表情にも明らかに動揺の色がうかがえる。

 今度は声も出さずに、一歩後ろへたじろいでしまう。


 さすがにこれはやり過ぎたか。


 困惑した彼女の表情を見て、若干の後悔を感じる俺だったが、次の瞬間何かに気づいた彼女の表情が一変する。



「ね、ねえ。それって『魔導の心得』?」


「え? あ、ああ。知っているのか?」



 俺が手に持っていた「魔導の心得」を見つけた途端に、アーニャは何事もなかったかのように声を発した。

 今までの困惑したような詰まった声ではない。

 なんとも楽しそうに声を弾ませながら、すらすらと話していた。


 彼女の声は透き通るような幼い声だった。

 それこそ、お人形さんのような。



「う、うん。私この本大好きでね。今でもずっと読んでるの。特にこの3巻の魔法の根源はね、読むたびに新しい考察が入れ替わっているから、どんどん魔の深淵に近づいている感じがして飽きないんだ。半年くらい前までは精霊共助説みたいなのが有力だったのに、今じゃまた人間の中の魔素を唯一の起源にしようとしたりして説が争っていたりしててね! それから……あっ」



 アーニャは本の内容を話し始めると、もう止まらなかった。

 これまで堰き止めていた言葉が全てあふれ出ていた。


 目をキラキラと輝かせたアーニャは、ぎこちなく離れていた俺との距離もいつの間にかすぐ近くまで縮めている。

 一度も合わせてくれなかった視線も、本の魅力を語るときだけは一点に俺の目を見つめていた。


 しかし、話の途中で彼女もようやく正気に戻る。



「あ、ご、ごめん……なさい」



 我に返ったアーニャはまたぼそぼそと口ごもらせながら、何とか謝罪の言葉を述べた。

 元に戻ってしまったが、せっかくアーニャが言葉を出してくれた大事な機会。

 このチャンスを逃したくない。



「いいって。気にするな。それよりも、もう少しこの本の話を聞かせてくれないか? 俺だけだと難しくてわからないところも多くって」


「え…………?」


「ダメ、かな?」



 突然の俺の誘いに困惑するアーニャ。

 しかし、彼女も「魔導の心得」の魅力には抗えないようだ。



「す、すこしだけなら」


「ほんとか! ありがとう」



 俺はアーニャを向かいの席に座ってもらった。

 困ったような表情を浮かべるアーニャだったが、その足取りは少しだけ軽そうに見えた。


 それから、アーニャは「魔導の心得」に関するいろんな知識を教えてくれた。


 体の中でどんなところに魔素がたまりやすいのか

 魔素から魔力に変わる中でどのような形質の変化が起こっているのか……

 有色の魔法はもとは白魔法が起源となって生まれた説があるのだとか……


 本が目の前に無くてもスラスラと内容を語ることができていた。

 正直、「魔導の心得」に乗っている内容よりも詳しい内容を彼女はすでに習得しているのだろう。


 楽しそうに魔法に関するアレコレを語ってくれるアーニャを見ていると、サキちゃん先生からの課題を一発でクリアさせることが出来たのも納得できる気がした。


 もう彼女は、今では俺の前で言葉を発することに何も抵抗感がない。



「いつごろからこの本を読んでいたんだ?」


「ち、小さい時から」


「本当かよ?! こんな難しい内容を」


「読むように与えられた本がこれしかなくて……気が付いたらずっと読んでた」



「魔導の心得」の内容以外の話をするときのアーニャは俯きながら言葉を発していた。

 目も合わせてはくれない。

 しかし、それでも小さな悲鳴しか発しなかった少女とこうやってやり取りできているだけでも、大きな前進だ。


 それにしても、小さい頃から「魔導の心得」を読み与えられる過程なんて、アーニャはいったいどのようにして育ったのだろう。



「ど…………どうして、この本を読んでいるの?」


「え? 俺か」



 何度かアーニャは言葉を詰まらせながら、俺にも質問を投げてきた。

 うつむいていた視線もグッと俺の目を見つめる。


 やはり、一年でこの本を読んでいる者というのは珍しいのだろうか。

 そう思っていたら、斜め上の質問が飛んでくる。



「く、黒魔導士には、こんな書籍なんてなくたって別にいいでしょ」


「え? あ、ああ」



 彼女は俺のことを知っている。

 俺が黒魔導士であることも、その力がどういうもなのかということも。


 うっすらとだが、離れていたピースが繋がっていく。


 だがしかし、それとこれとは今は別の話だ。



「だからこそ、読まなくちゃいけないのかな」


「でも、そんな力なくたって別に……」


「そこまで知ってるんだったら聞いているんだろうけど、俺はずっと勇者の遊び道具にされてきてたんだよ。死にたくても死なせてくれない、生き地獄だ」


「え……」


「たまたま俺はこの地獄から抜け出すことはできたけど、力がなくちゃ、せっかくできた大事な仲間たちもまた失うかもしれないからな。できることはしておきたいんだ」



 アーニャの顔がまた固まった。

 彼女がどこまで知っているのかはわからないが、少々重い話をしてしまった。



「なんて、暗い話をしてごめんな。とにかく、できることはしておきたいんだ」


「う、ううん」



 それだけ言うと、アーニャは立ち上がってしまった。



「ご、ごめん。きょ、今日は、もう……」


「おう。ありがとう。いろいろ話聞けて助かった」



 アーニャ下を向いたまま、そのまま部屋から出て行ってしまった。


 明日は、俺の方からアーニャをさそってみようかな。

 そう思い、再び、読みかけのページに目を落とした。

お読みいただきありがとうございます!

次回、アーニャの心境はいかに(アーニャ視点です)

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