図書館での語らい①
「あら、こんにちわユーマ君」
「こんにちわ。今日もお借りしてもいいですか」
「もちろん。そのためにちゃんと用意してあるんだから」
ここは学校図書館。
すっかり仲良くなった司書のリベッカさんが、受付に用意してくれている俺専用の書籍を持ってきて来てくれる。
ここ数日、放課後の時間を図書室で過ごすようになった。
サキちゃん先生からの課題がひと段落付いたことで、時間と体力に余裕ができたので、ルミアから提案されたのだ。
「はい、これよ」
「ありがとうございます」
「第3巻まで進んだのね。もうすぐ折り返しじゃない」
「完全に理解できているかはわかりませんけどね」
「いやいや、1年生の時点でこの本の内容を読み取れる時点ですごいことなのよ? 私は第1巻を読んだ時点で音を上げると思っていたもの……さすがルミアが入れ込むだけのことはあるわね」
「入れ込むなんて、そんな」
照れなくてもいいのに、なんていいながらリベッカさんは微笑む。
眼鏡の奥から見えるおっとりとして目は、図書館の空気も相まって大人な雰囲気を醸し出していた。
リベッカさんはルミアと同級生だったらしく、つい先日まではルミアと一緒に学園の事務をしていた。
なので、ルミアが事務をクビになってしまった今でも、リベッカさんとは何かと交流があるらしい。
「もう、そんなに謙遜しなくていいのに。言ったでしょう、この『魔導の心得』という書籍は、1年生じゃ何を言っているかもわからなくなるような、高度な専門書なの。ただ知識を持っているだけでも通用しない。ちゃんと魔力の素養を持っている人だけが読めるような本なのよ」
「そんな難しい本、ルミアはよく進めてきましたね」
「私だって、最初ルミアからこの本をユーマ君に貸し出してほしいって言われたときは、思わず聞き返したもの……でも、本当にユーマ君が読み進められちゃったときの方がもっと驚いたけどね」
「はあ……」
リベッカさんが褒めてくれるのだが、俺はあまり実感がわかず生返事しかできない。
今俺が読ませてもらっている本は『魔導の心得』というもので、ルミアから「魔法の勉強で一歩遅れをとっているから、勉強のために読んだ方がいい」とおすすめされたものだった。
なんでも、魔法や魔力に関する構図や系譜、その原理などが体系的に記されている専門書だという風に聞かされていた。
初めてリベッカさんに会った時は、かなり不審な目を向けられて戸惑ったものだったが、この本の正体を知ってからその理由もわかった。
この『魔導の心得』という書籍は、リベッカさんが許可したものしか読むことができない相当高度な専門書だ。
ルミアはそれをわざわざ彼女に頼んで俺に読ませてきていた。
その事実を知ったのも、つい最近のことだ。
「ルミアのやつ、何ともない様子で『ユーマ様なら読めると思っていました』なんて言ってきたからびっくりしたよ」
「ふふ。ルミアはチョコンとしているけど、相手の実力は絶対に見誤らないからね。それだけユーマ君も信頼されているのよ」
「そうだと嬉しいですね」
リベッカさんから続きの本を受け取り、俺はそのままさっそく勉強に取り掛かる。
魔導の心得はその名の通り、魔法の道に身を置くものが知るべき内容が網羅されている。
しかし、その「心得」の基準が問題で、ただ魔法に興味を持つとかそういうレベルではついてくることはできない。
この本が相手にしているのは、「魔の道を究めようとする」者だけだ。
それ以外の者は全て切り捨てるように、魔力のメカニズムを専門的に語っていた。
一年生で魔法をかじりだした知識だけでは、言っている知識だけは理解できても、その中の内容が夢物語のように見えてしまうらしい。
ゆえに、この書籍は実力が一定以上達したものでなければ読むことは許されていない。
俺は、長い間無意識的に魔素を体内に宿していた影響か、あまり困難なくこの本を読み進めることができていた。
魔力の溜め方、自覚のない状態での魔力の覚醒具合など、俺がこれまで無意識の中で付き合ってきた魔力の扱い方が専門的に記載されていた。
習うより感じろ。
それがこの本のモットーだ。
どれだけ高度な知識に身を費やしても、魔力を実際に肌で感じて扱っていた者でなければ内容は理解できない。
これが魔法を究めるための始まりの一歩なのだ。
「それにしても難しい」
10ページくらい読んだところで、思わずうめき声を上げる。
今読んでいるのは、補足編。
魔力の仕組みではなく、各属性の魔法の系譜について考察が成されていた。
魔導士のそれぞれの属性ーー赤魔法、青魔法、緑魔法、茶魔法、白魔法、そして黒魔法。
それぞれの色にも特徴があり、歴史がある。
魔力による出力の仕組みは何なのか。
なにを持って属性が決まるのか。
とつぜん変異はありうるのか。
魔力の質が変われば、その人の人格にも影響を及ぼすのだろうか。
この辺の箇所は現代でも研究の最中のようで、常に最新の考察に書き変わっていた。
魔力が体内で自動で生まれたものなのか、はたまた元祖となるような超自然的な存在により発生するのか。
この辺はそれぞれの魔導士の文化にも関係するらしく、相当確かな証拠がない限りは確証するのは難しいらしい。
ただ、しかし、確実に言えるのはどの論に寄ったとしても、有色の魔法よりも白魔法が上位に当たるとかかれていることだ。
そして、黒魔法に関してはその存在すら無視するかのように記載がほとんどない。
あったとしても「暗黒の魔法」なんてひどい言われようだ。
それだけ、こういう書籍にも教会の手が伸びているということなのだろうが。
ルミアから聞いてはいたが、改めて目にすると心が痛むな。
集中力もだいぶ切れてきたところで、体を大きく伸ばす。
本のむずかしさもあるが、さっきから全くと言っていいほど本の内容が頭に入ってこなくなった。
と、言うのも、背後からものすごい熱い視線を感じるのだ。
クラスメイトなら話しかけてくるだろうし、そんなに見つめられるようなことをした記憶もない。
「誰なんだ?」
視線の相手を見逃さないように、素早く俺は後ろに振り返った。
「ヒェッ」
「あ……」
後ろに居たのはアーニャだった。
アーニャは突然振り返った俺の顔を見て、困惑したまま固まってしまった。
「あ……あぅ」
アーニャの困った声を聞くのはこれで2度目だ。
お読みいただきありがとうございます!
次回、図書館で鉢合わせた2人の仲が急接近?!




