少しくらい息抜きしてもいいんですよ?
「なるほど、編入生ですか……」
「ああ、学園長までわざわざ一緒にやってきてて、見るからに訳ありって感じだったな」
「それは確かに気になりますねえ」
ルミアは首をかしげながら、今日突然現れたアーニャについての話を聞いていた。
時刻はもうすっかり夕暮れ。
俺たちはいつものように自室で今日起こったことの報告会をおこなっていた。
俺が学園で何か問題が起こっていないか、ルミアは相当気にしているようで毎日欠かさず行っているものだ。
サキちゃん先生からの課題を与えられてからは、課題の進捗ばかり話していたが、今日に関してはどうしてもアーニャのことは伝えておかなくてはならなかった。
「アーニャですか……私も学園の事務をしていたので少しは魔導士のネットワークもありますが、そのような名前は聞いたことがないですね」
「そうだよな。クラスの誰も知らないみたいだったし」
「その子から何か話は聞いたりしていないんですか?」
「それが、アーニャって子は話しかけて来てくれるどころか、ほとんどしゃべってくれないんだよ。遠くから見ていると人形さんみたいなんだよな」
「なんですか、それ?」
やはり、ルミアもアーニャのことに関しては何も知らないようだった。
白魔導士だと言っていたし、何かしらルミアの情報網に引っかかってくれればよかったのだが。
アーニャは依然として謎の編入生という訳だ。
「しかし、こんな中途半端な時期に編入なんて怪しすぎますね」
「そうなのか?」
「そうですよ。本来、学園に入れるようになるのは春の入学式の時だけです。ユーマ様の件も学園長権限がなければ編入なんて許されていないんですから」
俺自身が編入生だったこともあって、感覚がよくわかっていなかったが、学園に所属する者としては編入生がやって来るなんて相当珍しいことらしい。
しかも、短期間に二人もだなんてあり得ないことなのだそうだ。
ルミアの表情も険しくなっていく。
「この間の襲撃の件もありましたし、何か怪しいですね」
「アーニャが敵かもしれないってことか?」
「なにも情報がないのでなんとも言えませんが……警戒をしておくに越したことはないでしょう」
「そっか」
アーニャがどういう人なのかはよくわからない。
しかし、確かに一言も言葉を交わしてくれない謎の少女に、いきなり心を開くこともないだろう。
まずは警戒して様子を見るということで俺達の意見は一致した。
「はい、ということでそろそろ30分経ちますよ」
「お、もうそんなに経ったのか」
アーニャの話がひと段落付くと、ルミアが手をたたいてくれる。
ルミアの合図に合わせて俺も集中を止めた。
この30分の間。ルミアと話しながら俺はずっと魔力の糸を出現させ続けていた。
サキちゃん先生から与えられている課題のやつだ。
すこしでも早く魔力をコントロールできるようになりたいとルミアに頼んだら、ルミアからこの雑談の時間にも魔力をコントロールする様に助言された。
「この特訓は少しでも長い時間魔力に触れ続けていることが大切ですからね。私と話しながらでも
魔力をコントロールできるようになれば、すぐに一人前にもなれます」
ルミアの助言に基づき、1回30分ごとに魔力の糸を出現させる練習を始めた。
最初のうちは魔力を一定に保つことばかりに意識が持っていかれたが、何日か同じことを繰り返していると自然と他のことをしながらも魔力の量を調整できるようになっていた。
おかげで授業の時にも上達具合が目に見えるようにわかる。
毎日ルミアがその日の成果と助言を教えてくれるので、クラスメイト達よりもかなり早く上達しているだろう。
ほんとうに、ルミア先生様様だ。
「今日は30分余裕でできていましたね。途中で魔力が乱れているような様子もありませんでした」
「ああ。少しくらいなら他のことを考えていても魔力の量を調整できるようになって来た」
「ユーマ様はもともと無意識で魔力を扱ていましたからね。体が魔力の使い方を覚えているんですよ」
いつも魔力のことになると厳しく指導してくるルミア先生が、今日はかなり優しい。
きっと生徒の上達に感心してくれているのだろうけど、なんも言われないとそれはそれで不安になってきてしまう。
「……いや、でも、やっと課題の半分をクリアできるようなっただけだからな。もっと完全にコントロールできるようにならなくちゃな」
ルミアのお褒めを糧に、俺は再び休めていた手から魔力を放出し始めた。
「え、今日の分はもう終わりでいいですよ?」
「いや、もう少しだけ頑張っておきたいんだ」
何の前触れもなく、俺がまた練習に戻るものだから、ルミアも困惑してしまったようだ。
いつもだったら、このまま明日の用意をして寝ているからな。
しかし、連続して集中していたせいか、先ほどよりも魔力の錬成がうまくいかない。
「あれ、おかしいな……さっきよりも魔力がうまくまとまってくれない?」
「そりゃそうですよ。30分も魔力を出し続けていたんですから。上級生だってそんなに集中していたら休憩しますよ」
結局魔力の糸は乱れに乱れてそのままプツンと途切れてしまった。
どうやらルミアはかなりいい限度のところで時間を設定してくれていたみたいだ。
今日はここで終わりだな。
「どうしたんですか? ユーマ様。そんなに焦って?」
「い、いや。別に焦ってなんていないさ」
「いーや、焦っています」
ルミアはじっと顔を近づけて目を離さない。
彼女にはすべて見透かされているみたいだ。
彼女の才能が【鑑定士】だからかな、ルミアは俺の小さな変化も見逃さない。
いや、違うか。
彼女はいつも俺のことを見てくれている。
だから、誰にも言っていないような焦りすらも彼女にはお見通しなのだろう。
「……やはり、この間の襲撃のことを気にしているんですか?」
「まあな」
この間の襲撃の時、俺が何もできなかった。
黒魔導士としての力を手にしたとしても、それを使いこなすことができなきゃ意味はない。
むしろ、俺を守るためにルミアたちに傷を負わせてしまう可能性だってある。
それは嫌だった。
「そんなこと、気にしなくていいんですよ? 私はユーマ様をお守りするために居るんですし」
「でも、それじゃあルミアを守れないじゃないか」
「べ、別に私のことなんてどうしていただいても!」
「それじゃダメだろ! ルミアは、大事な……弟子、なんだから」
「ユーマ様」
ルミアは俺のためだったらどんな危険なこともしてくれるだろう。
でも、俺としてはルミアをそんな風に扱いたくない。
俺にとっては一番近くで支えてくれる存在なんだ。
「……全く、ユーマ様はお人よしですね」
「そうか? ルミアにだけだと思うけど」
「ふふ、それでもです」
ルミアの頬がピンクに染まっている。
険しかった表情の彼女はいつの間にか優しい目で俺のことを見つめていた。
温かいルミアの手がそっと俺の手に添えられる。
「お気持ちすごい嬉しいです。でも、頑張り過ぎちゃだめですよ? 少しくらいは息抜きしてもいいんですよ」
「そうだな」
疲れ果てた手の平からルミアのぬくもりが伝わって来る。
思えばずっと緊張しっぱなしだったのかもしれない。
固まっていた力がほぐれていく。
「ルミア、これは?」
「マッサージです。明日も頑張るんでしたら、疲れは禁物ですから」
「そうだな。ありがとう」
ルミアのマッサージは気持ちいい。
俺たちの日課に新しい時間が生まれそうだ。
お読み下さりありがとうございます!
次回、ユーマの課題の成果はいかに。




