勇者は神父と密会する(コレット視点)
ユーマのもとに謎の編入生がやって来たその晩、教会の一室では奇妙な密会が行われていた。
「それで、こいつの編入はしっかりと完了できたのね?」
「はい、そうです。コレット様。すべて滞りなく進んでおります」
部屋の中では、ソファーにふんぞり返っている一人の勇者の前に、神父と少女がそれぞれ立っていた。
神父ザニスは、へりくだるように勇者コレットの前で事の流れを説明している。
アーニャはそんな二人のやり取りをただじっと見つめていた。
「編入までしてしまえば、あとはこっちのものです。アーニャは教会が有する最強の兵器。一度はへまをしてしまいましたが、もう失敗はしません」
「こんな冴えない女がユーマの近くに寄るっていうのは嫌だけどね」
コレットは鋭い眼光でアーニャをにらみつける。
とても勇者とは思えない恐怖と威圧感に、アーニャは小さな悲鳴を上げる。
アーニャの怯える様子を気にすることなく、ザニスは話し続ける。
「いくら相手が黒魔導士だからと言っても、まだひよっこ。暗殺だけを得意として生きてきたアーニャの手にかかれば、あんな虫けらなど即殺出来るでしょう。あとは、どこでどのように暗殺するかというだけですが、これは少しばかり問題があって、できるだけ目撃情報が出ないような場所を探して実行する必要があります。学園長側は教会の動向に疑いの目をかけているみたいですが、実際の目撃者がいなければ証拠なんていくらでももみ消せますからね。あとはその最適な場所を探すだけですが……」
「ちょ、ちょっと待って」
勢いに乗ってしまってペラペラと話し続けていたザニス。
気持ちよく話していたところを、コレットに遮られたので、ザニスは一瞬だけ不快な表情を浮かべる。
「どうかなさいましたか?」
「どうしたも、こうしたも、なんでユーマのことを殺す流れになっているのよ?」
「え?」
「え、じゃないわよ。アイツのことを懲らしめた糸は言っていたけど、あいつが死んでしまったら私の奴隷に出来ないじゃない!」
「し、しかし、それでは教会としての事情が……」
「教会のことなんて知ったこっちゃないわよ。ユーマのことを死にかけの状態くらいにして持ってきてくれるならいいけど……」
コレットはゆっくりとソファーから立ち上がってザニスの目の前に立つ。
普段は魔物相手にしか出さないような殺気をザニスに向ける。
ザニスの全身から冷や汗が流れ出す。
「ほんとうに殺したら、ただじゃおかないからね」
「ひっ?!」
ザニスの口から甲高い悲鳴が漏れる。
アーニャにとっては初めて聞く彼の声だった。
「し、しかしですね、コレット様……教会としては、あんなやつをこのまま野放しにしておくわけにはいかないのでしてね」
「だから、首根っこ掴んで私のもとに持って来いって言っているんでしょう?」
「し、しかし……それでは」
コレットは大きくため息をつく。
もうザニスの言い訳は聞き飽きていた。
「あんた、一体誰に口をきいているの?」
「え?」
「神父ザニスは、一体誰のおかげでここまでの地位にまで上り詰めることができたんでしたっけ?」
「そ、それは……コレット様のご協力のおかげでございます」
「そうよね……だったら、私の言う通りにやりなさいよ」
「……最善を尽くします」
コレットは言うだけ言うと、二人を背に部屋の外へと向かう。
「絶対だからね」
最後に言葉を言い残してコレットは部屋から立ち去ってしまった。
部屋の中にはこぶしを固く握りしめたザニスと、その様子をおびえながら見守るアーニャの姿があるだけだった。
「……くそ勇者が」
ザニスは怒りで体を震わている。
教会からの要請と勇者のわがままの板挟みになっていた。
そして、その怒りの矛先は自然とアーニャのもとへと向かう。
「なにだまって見ているんだ!!」
ザニスの怒鳴り声が部屋に響く。
その声がアーニャの頭を真っ白にする。
「ご、ごめんなさい」
「いいか、謝っている暇があったら黒魔導士を殺せ。絶対に失敗するんじゃないぞ」
「で、でも……」
「でも、じゃない!! 黒魔導士を殺したとしても、お前が勢い余って殺してしまっただけだ。いいな?」
「……はい」
ザニスは鼻息を荒げながら部屋から出て行く。
部屋にはついにアーニャ1人が取り残された。
「……何しているんだろう」
1人になったアーニャはその背中を虚ろな目で見つめているのだった。
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次回、一方その頃、ユーマたちはほのぼのしているようです。




