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この人はいったい何を見つめているのでしょう(サキちゃん視点)

「エミリー様!!」



 自分でもびっくりするくらい威勢のいい声と共に、私は学園長室の扉を押し開けました。

 時はもう放課後で、学生たちの喧騒も落ち着いている時間だったので、私の声が学園の中にこだましていないか、後になってから心配になってきました。


 でも、この時はまだそんなことは気にも留めて居ませんでした。

 学園長であるエミリーさんは、そんな私の圧など気にしないご様子で涼し気に紅茶をたしなんでいるところでした。

 その余裕がさらに私のいら立ちを駆り立てていました。



「あら、サキちゃん先生。いったいどうしたんですか?」


「どうしたもこうしたもないですよ。いったい何なんですか、あの不気味な編入生は!!」



 そうです。

 今日、私がここまで乗りこんできた理由は他でもありません。

 突如として押し付けられた、アーニャという謎の編入生の正体を知るためです。


 学園長であるエミリー様は、いつも私に厄介ごとを回してきます。

 それも、基本的に特大級の面倒毎ばかり。


 前回のユーマ君の件もその一つでしたが、ユーマ君の時ですら前日には情報が知らされていました。

 でも、今回のアーニャちゃんの編入に関しては、それすらも聞かされていません。

 そんな状態で、編入生を受け入れろと言われても納得できないのは当然です。


 それに、彼女には気になることが沢山あります。



「彼女は一体何者なんですか? 編入してやって来るとは言われても、彼女自身はほとんど言葉を発しないし」


「慣れない環境で怯えているのよ、きっと」


「それに、白魔導士だとは思えないほどのあの不気味な魔力はいったい何ですか? 幼い顔した少女が出せる魔力じゃないですよ、あれは」


「それだけの逸材だってことでしょう……?」



 エミリー様は私の質問を適当にはぐらかします。

 彼女はすべての事情を知っているはずです。

 今回ばかりは引くわけにはいきません。


 私はついに、本当に聞きたい質問に踏み込むことにします。



「それに、エミリー様自体が私に耳打ちしてくれたあの情報……教団側か送られてきたっていうのはいったいどういうことなんですか?」


「……」


「いくら相手が教団側の人間だからって、あんないわくつきの編入生を入れたら混乱は間違いないですよ」



 自分でも少しずつ語気が強まっているのがわかりました。

 それだけ納得できていないということです。


 エミリー様の目を絶対に逃さないように見つめ続けます。


 私の怒りが彼女にも伝わったのか、エミリー様も諦めたようにため息をつきました。



「私だって突然だったのよ」


「え?」


「昨日の夜、突然向こう側の教皇がここまで乗りこんできたの。それであの少女を編入生として迎えるように通達してきたのよ……しっかりと1-Cってクラスまで指定してね」



 学園長の口から出てきたのは、飛んでもない大御所の存在でした。

 教団側の教皇といえば、国の政治にも関与してくる中枢の一人です。



「あなただって、学園と教会の関りくらいは知っているでしょ? 教皇自らの頼みを無下にしたなんてなったら、学園側の権威にもつながってしまう。最悪の場合、国に亀裂すら起こしかねない問題よ」



 こっちだって迷惑してるの。なんて独り言を言いながらエミリー様も困った顔をしています。

 私も、勢いでつついてみた先がとんでもない存在にたどり着いてしまい、頭の中が混乱して来ていました。



「そ、そんな、教皇様が出てくるような存在って、あの子……アーニャちゃんは一体何者なんですか?」



 私の中で、アーニャちゃんの存在が厄介な編入生から一転、恐怖の対象に変わっていきます。

 今日一日の中で失礼な態度をとっていなかったか、自分の行動をついつい振り返ってしまいます。



「おそらくは、教団側が送り込んできた暗殺者ってところかしらね」


「え?」



 暗殺者?

 ここまでの話の流れからさらに飛躍した発言に、耳を疑います。



「ええ。それもかなり腕利きの」


「それって、噂で耳にする……暗部というやつでしょうか?」


「ええ。国の中枢機関ですもの。それくらいきな臭いものは持っていて当然でしょう」



 さらりと国の闇に触れるエミリー様。

 学園側だって、国に対する影響力に関しては教会側に劣らないものがあります。

 そのトップを一人で守り続けているこのお方は、やはり背負っているものが違う。



「でも、そんな暗殺部隊が学園にいったい何の用事があるんですか?」


「……あなた、この間学生寮付近で起きた爆発事件って知ってる?」


「爆発事件、ですか?」


「ええ。事件というよりかは、学生寮の付近で魔力同士の小さな衝突があったというだけなんだけどーー幸か不幸か、みんな寝静まっていた時間だったから目撃情報はほとんどなかった」



 なんでエミリー様はそれを知っているのでしょう?

 そんな疑問が頭に浮かびますが、だまってかき消します。


 彼女は、この学園を統べる者。

 学園の中で起こることは全てお見通しなのです。



「その衝突がどうしたんですか?」


「その事件の魔力……白魔法のものだったのよ」


「それって……」


「ええ。誰もが寝静まっているだろう時間に、ひっそり学生寮に向かって攻撃を仕掛けた。おそらくは誰にもばれないように結界まで張ってね……あいつらが好きそうな手口だわ」



 エミリー様はため息をつきます。

 もしかしたら、その事件が起きた時点から何かきな臭いものを感じていたのかもしれません。

 彼女自身も、こんなに早く物事が動くとは思っていなかったみたいですが。



「その襲撃事件、どうなったんですか?」


「幸い、()()()()()がいたおかげで暗殺は免れることができたわ。そのおかげでちゃんと敵のしっぽまで残してくれたわけ」


「だから、今回は直々に刺客を送り込んできた、という訳ですか」


「そう言うことね」



 大体の事情は分かりました。

 分かりたくはないけど、国を巻き込む大きな陰謀がうごめいているみたいです。


 でも、教団側がわざわざ暗殺者を送り込んで仕留めたい相手なんていったい誰なんでしょう?

 クラスは1-Cをしているということは、私のクラスの中ということ。

 しかも、わざわざこの時期に送り込んでくるなんて……



「ユ、ユーマ君ってことですか。そのターゲット?」


「まあ、そう言うことになるわね。教会側も黒魔導士の存在を嗅ぎつけちゃったみたいね」


「た、大変じゃないですか。早くなんとか手を打たないと」



 頭の中が一気に先生モードに切り替わります。

 ユーマ君の魔力は凄まじいものがありますが、魔導士としてはまだ見習いレベルです。

 そんな状態で、プロの暗殺部隊から狙われでもしたら、いくら黒魔導士の力と言っても負けてしまいます。



「もう少しこのままにしておきましょう」


「……え?」



 しかし、エミリー様は涼しい表情のまま落ち着いていました。



「な、なにを言っているのですか?」


「だから、あの子はもう少し泳がせておきましょうと言っているの」


「教団側のプロの暗殺者なんですよ? こうしている間にもユーマ君の命が危ないかもしれないんですよ?」


「それは大丈夫よ。編入初日から暗殺して私に目を付けられるようなヘマは奴らもしてこないわ」


「でも、それでもいつかは……」



 ユーマ君の存在はエミリー様がずっと入れ込んでいます。

 だからこそ、どうして彼女がこの状況を放置しようとしているのかが理解できません。



「あなたは、何を考えているのですか?」


「彼はこの世界の希望よ」


「ずっとおっしゃってますよね」


「そう。こんなところで死ぬようなことがあってはだめなのよ」



 エミリー様の意図はそれだけでなんとなく伝わってきました。

 彼女は、かなり酷なことをユーマ君に課そうとしているみたいです。



「ほんとうに死んじゃうかもしれませんよ?」


「そうしたらそれまでだったってことよ。それに、その為にあなたが居るんでしょ?」



 エミリー様は楽しそうに私を指さします。

 もしかしたら、全ては彼女の手のひらの上なのかもしれません。

 彼女が見つめている先に、何があるのか、それは私にはわからないみたいです。



「あなたにとっても、悪い話ではないでしょう。彼……黒魔導士はあなたの主になるかもしれない人なんですから」


「それは……」


「そうでしょ? サキ・リリ……」



「それ以上、その名は口にしない約束です」



 エミリー様のサングラスに私の姿が映ります。

 気が付いたら、彼女に向かって魔力を放とうとしている私がいました。


 サングラスに移る私の目は紫色に光っていました。



「ふふ、そうだったわね」



 エミリー様は、そんな私の姿を見てただ楽しそうに微笑んでいました。



「あと、サキちゃん。あなた、学生たちの前で私の名前を口走ろうとしていたわよね」


「え、そ、それは……」


「学園の中では”学園長”と呼ぶこと。いいわね?」


「は、はい……」



 最後にお灸をすえられてしまいました。

 やはり、この人には敵いません。

お読みいただきありがとうございます!

次回は久々の彼女の視点。水曜日投稿予定。

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