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わけあり編入生がやって来ました

 その少女は突然現れた。



「1-Cの稽古場はここで合っていたかしら?」


「学園長!」



 いつものようにサキちゃん先生から出された課題に取り組んでいる俺たち一同。

 調整の難しい魔力の糸に集中している俺たちの前に、学園長であるエミリーが突然乗り込んできた。


 あまりに突然の出来事に、集中していたはずのみんなの意識が乱れる。



「あらあら、課題の最中でしたか。すみませんね。でも、これくらいのことで魔力をコントロールできなくなるようでは、まだ一人前には程遠いですよ」



 学園長は、涼し気に笑いながら俺たちのことを鼓舞してくれる。

 その後、ちらりと俺の方を見て居たような気がした。



「エ、エミ……学園長、どうされたんですか?! こんな授業中にやってこられるなんて……それに、その隣の子は……?」


「別に、この学園の中を私がどう歩こうと勝手でしょう?」


「そ、それはそうですけど……」



 サキちゃん先生は、学園長のもとに駆け寄って行く。

 学園長の前に立つサキちゃん先生は、もじもじしているように見えた。


 ルミアも、この人の前に立った時は恐れ多いような態度で顔を青ざめていたが、やはりこの学園の中でのこの人の権威は相当なものなのだろうか。

 しかし、ルミアとの態度と比べると、サキちゃん先生は学園長に対して砕けた態度をとっているように見える。


 学園長は、サキちゃん先生のいい分には耳を傾けないまま、隣に立たせていた少女の背中を押す。


 学園長の隣には一人の少女が立っていた。

 背丈は学園と比べると頭一つ分くらい小さい。

 だいたいルミアやフランと同じくらいだろうか。


 オドオドしながら、稽古場の中に入って来る少女は綺麗に整えられた白い髪を光らせていた。

 うつむいて歩いている分、余計に髪の美しさが目立ってみえる。



「今日から、新しく1ーCの一員となる、アーニャです。面倒を見てあげてね」


「仲間になるって……また編入生ですか?!」


「ええ、そうよ。何か問題があって?」


「い、いえ。そういう訳じゃないですけど……突然すぎたものですから」



 学園長から紹介された突然の編入生の存在に、クラスのみんながざわつきだす。

 もちろん、俺も含めて。



「また、編入生か」


「なんだかかわいらしい子だね!」


「でも、こんな時期に連続で編入生なんてやって来るのか? ユーマ君が来るだけでも珍しかったのに」


「なんか訳ありだったりして」



 みんな思い思いにアーニャに対する憶測を述べ始めていた。

 視線が自然と彼女の方に移る。


 その横でサキちゃん先生が学園長に対して事情を説明するようにお願いしていた。

 今回の件は、サキちゃん先生も何も聞かされていなかったようだ。


 俺の編入も突然のことではあったが、朝の時点ではサキちゃん先生に知らされていたみたいだし、相当な編入扱いなのではないだろうか。


 サキちゃん先生からの質問に対して、学園長は他の人に聞こえないような音量で、サキちゃん先生に耳打ちをしていた。

 だから、彼女たちが何を話していたのかは俺たちにはわからなかった。


 ただ、わかったのはお互いともに困った表情をしているということだけだった。



「それじゃあ、そういう訳だからあとはよろしくね」


「は、はい……」



 やがて学園長はアーニャと呼ばれる編入生を稽古場に取り残してその場を去ってしまった。




「よ、よろしくね。アーニャちゃん……?」



 サキちゃん先生の呼びかけに、アーニャは静かにうなずいていた。

 うなだれた長い髪のせいで、その時はよく表情が見えなかったが、中から冷たい目がこちらを覗いているような気配がした。


 そんなこんなで、この日の課題は皆が集中が途切れる形で終了となったのだった。




 ーー



「と、いう訳で、これからみんなの一員となるアーニャちゃんです!」



 帰りのホームルームの時間で、サキちゃん先生はアーニャを紹介した。

 黒板の前に立つアーニャは、変わらずうつむいたまま真っ白な髪を輝かせていた。


 アーニャはサキちゃん先生の紹介に合わせて静かにお辞儀をする。

 ここまで、彼女の声を聞いた者はほとんどいない。


 稽古場を出た後、何人かのクラスメイト達がアーニャに話しかけに言ったが、何を話しても簡単な相槌しか帰ってこなかったらしい。



「まるでお人形さんみたい」



 彼女と話した誰もが同じような感想を持って帰ってきていた。

 だから、彼女の名前もサキちゃん先生の口を通してしかみんな知らない。



「え、えーと……アーニャちゃんは白魔導士なんですね」



 何もしゃべらないアーニャの代わりに、サキちゃん先生が必死にアーニャの説明をクラスにしてくれる。

 アーニャはそれにただうなずく。


 学園長から引き渡された時もそうだったが、サキちゃん先生は随分とこの子に対して慎重に扱っているように見える。



「このクラスには白魔導士はソワ君もいるから、仲良くしてね」


「お、おう」



 突然名前を呼ばれたソワ君は、あわただしくうなずいていた。

 ソワ君はまじめなクラスメイトの一人だ。

 いつも、俺がリベルガに絡まれるのを遠くから眺めている。


 面倒ごとにはあまり巻き込まれたくないタイプだ。


 フランソワ君はなるべくアーニャの方を見ないようにしながら、軽く彼女に会釈をしていた。

 もうすでに、彼の中の厄介レーダーが反応してしまっているのだろう。



「ソワ君じゃ、アーニャちゃんの相手はできないだろうね~」



 フランもソワ君の態度を見ながら苦笑いしていた。



「アーニャちゃん、なんだか訳ありっぽいよね」


「そうだな」



 自己紹介の場でも、アーニャは全然言葉を発しなかった。

 まるで、言葉を発してはいけないと教わって来たかのように、ただずっとその場に立ち尽くしているままだった。


 サキちゃん先生が必死に名簿に書かれている情報を読んでその場は終了となった。



「それじゃあ、アーニャちゃんはあっちの空いている席……ユーマ君の後ろの席に座ろっか」



 自己紹介をそそくさと終わらせると、サキちゃん先生はアーニャを俺の後ろの席に促した。

 またも、アーニャは一度だけうなずいて席へと移動した。



 アーニャは音を殺すように歩きながら移動していた。

 不思議なくらい静かに彼女は歩くことができた。

 目をつむっていれば、そこに誰も存在していないかのように感じられるほどの静かさだ。



 アーニャは静かに後ろの席に腰を下ろす。


 まあ、訳ありだとしてもそれは俺も同じことだ。

 できることなら俺は歓迎してあげることにしよう……



「……!!」



 アーニャが席に座ったちょうどその瞬間、俺は背中から感じる強烈な寒気に襲われた。

 慌てて後ろを振り向く。



「……え?」


「あ……」



 慌てて後ろに振り返った先には、困惑した表情のアーニャがいただけだった。


 初めて見たその表情。

 白い髪に隠されていたその顔には、本当にお人形さんのような少女の姿があった。

 青く光る瞳の奥に俺の表情が透き通って見えていた。



「ご、ごめん。なんでもない」



 アーニャはやはり小さくうなずくだけだった。

 彼女があげた小さな驚き声。

 それが、俺が聞いた彼女の最初の声だった。


 こうして、クラスに新しい仲間が加わったのだった。

お読み下さりありがとうございます!

次回はサキちゃん回。

遅くても日曜日には投稿します

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